時間と自由 (岩波文庫)

著者 :
制作 : Henri Bergson  中村 文郎 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 378
レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (311ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003364598

作品紹介・あらすじ

ベルクソンの哲学的出発を告げた時間論の古典的名著。「意識に直接与えられた」現実を純粋な時間的持続とみなす立場から、自由の決定論と非決定論の双方を"時間の空間化"として批判した。時間意識の緻密な分析を通して具体的現実の復権と真の自由の顕彰を図った20世紀初頭の思想動向を代表する記念碑的労作である。新訳。

感想・レビュー・書評

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  • 私の科学万能主義への信仰を最終的に打ち砕いた本、だったと思う。前半の時間概念の構築は非常にスリリングであるが、後半の運命論の論駁はやや冗漫で退屈を感じさせる。しかし、ここまで徹底的に分析することが、当時の風潮をくじくには必要だったのかもしれない。

  • 18/04/18。

  • 哲学とは事象をより根源的に分解し、本質を分析的に開示していくプロセスに醍醐味があると考えていた。その手法は難解なテーマを解きほぐし解釈することで発見につなげる。その意味で、本書は具体的な対象を難解に定義した語句を駆使して本質に迫ろうとしているが、難解さの深みにはまっていく。内面と外面、質と量、時間と空間、意識と物資、自由と必然という二元論で議論が組み立てられているが、混沌と溶け込んでいき不消化感が残る。

  • フランスの哲学者ベルクソン(1859~1941年)が1888年にソルボンヌ大学に学位論文として提出した著作。原題は『意識に直接与えられたものについての試論』。
    本書の主題は、序言に「多くの問題のうちから私たちは形而上学と心理学とに共通の問題、すなわち自由の問題を選んだ」と書かれている通り、「自由」、そして「時間」である。
    ベルクソンは、まず、量的多寡の区別ができるものとそうでないものを分け、区別できるものを「大きさ」で示し得る「量」(=「空間」)、区別できないものを「強さ」で示す「質」と明確化した。そして、「時間」とは前者と後者の両方の側面を持ったものとして、以下のよう述べている。
    「要するに、自由に関しては、その解明を要求するすべての問題は、それと気づかれることのないまま、「時間は空間によって十全に表されうるか」という問いに帰着する。これに対して、私たちはこう答えよう。流れた時間が問題なのであれば、然り、である。流れつつある時間が話題になっているのであれば、否、である。ところで、自由行為は流れた時間のなかではなく、流れる時間のなかでおこなわれるものである」
    即ち、時間には、時計で測定できる「物理的時間」(流れた時間)と、それぞれの人間が感じる「心理的時間」(流れつつある時間)があるが、人間が自由であり、より良く生きるためには、流れつつある、今この瞬間を大切にすることが大事なのだと言っている。
    この二つの時間については、後に、前者は「ニュートン時間」(更には、相対性理論を考慮した「アインシュタイン時間」)、後者は「ベルクソン時間」と呼ばれるようになったという。
    同時代の大哲学者カントは、「時間」は科学的なものであり哲学の対象ではないと考えたというが、それに真っ向から反論し「生の哲学」と呼ばれたベルクソンの思想は、従来にも増して「生きる意味」を問われる現代において、大いに参考となるものだと思う。
    (2012年12月了)

  • さくっと結論だけ。

    経験学派は外延的なものを内包的なもので、空間を持続で、外在性を内的諸状態で再構成しようと試みる。この点で物理学が心理学を補完する。

    把握していると思っている現実の自我そのもの諸状況も、大抵下界から借りたある形式を通して知覚され、その反面、下界は私たちから借りたものをそうやってわたしたちに返す。

    事物に適応できる諸形式は全く創造物というわけにもいくまい。それは物質と精神との妥協から生じなくてはならない。

    物質現象相互の真の関係を決定するためにわたしたちは知覚や思考の仕方のうちで明らかにこれらの関係と矛盾するものを捨象するが同様に、自我をその本然の純粋さで凝視するために心理学は下界の明白な刻印を帯びたいくつかの形式を除去ないし修正しなければならない。

    強さ。持続。意志的決定。
    心的諸事実は質的多様性
    空間は強さ、量

    多様性ーある数を構成するためには空間の直感が要求される。
    これらの単位が動的に加わりあって、さきに質的多様性と呼んだものを形成してゆく浸透と有機的一体化との過程が要求される。

    数あるいは個別的多様性も妥協の結果。
    広がりと延長とを分離する。

    わたしたちは自ら行動するよりもむしろ行動させられる。自由に行動するということは、自己を取り戻すことであり純粋持続の中に身を置くこと。

    数学的認識は時間のうち同時性しか、運動そのもののうち不動性しかもたない。

    自由の問題は継起と同時性、持続と広がり、質と量を混同する錯覚のうちにある。

    内的自由も外的条件を考えざるを得なくなる。

  • 山崎正和ご推薦バージョン

  • むむむ、むずい……
    結論からまた読み直したい。
    哲学的言語に潜り込んでいる述語の空間性、それに対抗するものとしての持続の観念。そこから偶然とか自由・決定論の問題を論じる……よう分からん!

  • ベルクソンの読書会をしようという話をしていたため、どんなものかと思い読み始めた。わたしたちは普段、時間というものを空間と結びつけることで認識しているが、本来時間とは空間とは別ものである。その本来の時間を純粋持続とベルクソンは呼ぶ。そして空間と結びつけて時間を考えるが故に我々は決定論に陥るが、空間と時間を完全に分離した純粋持続を認識することでわれわれは決定論に陥らない自由について考えることが可能となるという話であった。
    ジュンク堂などのような大きな書店に行くとベルクソンはニーチェとともに生の哲学というコーナーに配置されている。生の哲学ってなんやねん、もう少しましな分類方法があるやろと思っていたが、生の哲学に配置されている意味もなんとなく分かった気がする。例えば、言葉、微分、イデアといった固定的なものを退け、常に動いているもの、変化しつつあるもの(時間と自由においては純粋持続)に本質があるとする姿勢を指して、ベルクソンは生の哲学者に分類されているのであろう。

  • 現代の時間論は、一方では相対性理論に代表される自然科学の新展開に刺激されると同時に、他方では生きている人間の体験の流れを重視しています。この二つの側面を併せ持つのがベルグソンです。彼の学位論文『時間と自由』は独創的な哲学書で「純粋持続」という新しい考え方を打ち立てました。

  • 果たして僕は本当に読み終わったのだろうか…
    いや、読み終わってないだろう(反語)
    とりあえず最後のページに辿り着いた。
    前半の意味のわからなさはドフトエフスキーの例のアレ状態。
    「意識に直接与えられたものについてのエッセー」
    読めば読むほど一方通行だらけの迷路にはまっているような気分になります。

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