存在と時間(二) (岩波文庫)

著者 :
制作 : 熊野 純彦 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 101
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (560ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003365151

作品紹介・あらすじ

「存在」の意味を根底から問い直した、二〇世紀最大の哲学書。本巻では、「世界内存在」としての「現存性」の基礎的分析の一環として、「共同存在」である「ひと」のあり方に注目。「不安」「気づかい」「実在性」などを手がかりに、現存性の全体構造、真理の存在に迫る。画期的新訳。

感想・レビュー・書評

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  • 第2巻は、第25節からです。

  • 岩波ブックセンターで購入しました。
    (2014年2月13日)

    読み始めました。
    (2014年4月11日)

    第四章の第二七節
    「日常的な自己存在<ひと>」は、
    すさまじいですね。翻弄されます。
    「ハイデガー、やばいっす」
    (2014年4月23日)

    読み終えました。
    (2014年9月7日)

  • 梗概2 は1と違って、結構難儀。

  • (一)(二)を読み終え、(三)を読み中であるがここまでの感想をここに記しておくことにする。何せ最終巻の(四)は12月に発刊予定らしいので。

    前半。これからどこへ向かうのか、どの程度の距離なのかが予想しにくく、呼吸がし難かったほどである。果てしない。読み進めていくうちに、ハイデガー自身もその辺りの見通しはついていないのだろうな、と感じたわけだが。
    何が明らかになればいいか、何について分析してゆくべきかについての問題や伏線が散りばめられていく。
    当たり前、自明なこととして私たち大人が見過ごして受け入れていることにこそメスを入れる。「なぜ“ある”のか?」「“ある”とは?」と疑問を投げかける。ハイデガーのみならず、多くの哲学者は童心を抱えたままなのだろう。詩人の多くもそんな気がする。

    (二)に突入したあたりからようやくその全容が見えてくる。「こういう感じなのね」という感覚知が私の中に立ち上がってきた。
    一文一文の意味は理解しがたいのであるが、それでも読み進めることで総合的に「わかる」ようになりはじめる。繰り返し主語になる語がある。ハイデガーの文体に慣れ始める。ある語のハイデガー的な使い方とその含意、機微を次第に掴めるようになってくる。長大な本、文章にはそういう傾向があるなとも思い至る。一を聞いて十を知る、とはなかなかいかないな。

    折り返しの三巻からは少し別のアプローチが始まる。おわり、死、未済、全体性の話題。『存在と時間』の“時間”側の領域に突入したようだ。

    ※※
    肯定の表現のみならず、否定的な説明をも駆使している。ある特定の事物がAであることを主張する場合、それではないこと、つまり「Bではないこと」をも付記する。たとえ読者がBであると誤解する可能性が小さくても、である。
    これがあまりに繰り返されると説明過多になる。だからと言ってこれが少ないと軽薄な言説になってしまうことだろう。

    具体例を挙げるケースが少ないため、その例証が強く印象に残る。道具としての存在における「ハンマー」。全体性とおわり、完成のあたりでは「月」の満ち欠けや、「果実」の未熟、完熟を例示していた。

    つくづく感じるのは哲学の面白さと役に立たなさ。
    役に立たないからこそ、哲学は哲学なのだろうし、それだけで面白い。
    哲学者はたいてい気難しい顔をしているけれども、私には愉快で痛快にも思える。語弊を恐れずに言うとお笑い芸人と同一視している。

  • 岩波文庫 080/I
    資料ID 2013200074

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