学校と社会 (岩波文庫)

著者 : デューイ
制作 : John Dewey  宮原 誠一 
  • 岩波書店 (1957年7月発売)
3.50
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  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003365229

作品紹介

学校とは暗記と試験にあけくれる受動的な学習の場ではなく、子供たちが自発的な社会生活を営む「小社会」でなければならない。このような観点からデューイ(1859‐1952)は、伝統的な学校教育に大胆な批判を加えた。自ら創始したシカゴ大学付属小学校での体験から生まれた本書が、戦後わが国の教育改革に及ぼした影響ははかり知れない。

学校と社会 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 「進化論という観念の影響をうけて、精神は個人的な、独占的な所有物ではなくて、人類の努力と思想の所産を代表するものであるという考え、…」(p.117)

    メンデルの法則は基本的性質は代々伝えられると言い、進化論は環境によって変化すると言い、生物学者が「遺伝子」について色々と悩んでいた頃?ピアジェとヴィゴツキーが登場する前夜.電子が見つかり,量子力学が生み出されつつある瞬間.そして一次大戦に突入してゆく空気.

    人類が世界の見方を変えるのは,様々な分野で相互作用し,ほぼ同時にやって来る

  • 久しぶりに読んだが、ここからプラグマティズムという理論をすぐ理解することは簡単であろうか?

  • 新書文庫

  • ぃやー、何より論旨が明快で分かりやすく、スピーチの収録だけあって口語で理解も容易なので、☆4つにしてみました。

    なんか、古い人だけど、今にも普通に通じること言ってる。それがなんか新しかった。
    確かに、今やっていることっていうのは、必ずしも新奇なことばかりではなくて、あくまで、当時は先進的だったかもしれない考え方ももとにしながら、一部はいつの間にか当然の考え方になりながら、やってきてるんだものなぁ、と、なんとなく再認識。

    というか、やはり、物事、最近はもうどんどん細分化されていて、それがゆえに、細かい目先のことに囚われがちだけれども、実はこういう「哲学」みたいなものを理解していると後の全ての理解が早いし、分かりやすい、また、物事の軸になるから良いなぁと改めてこれも思いました。
    最近、実験系の単発の情報ばっかり読んでたから。


    さて、言いたいことは。
    つまりまとめると・・・

    子どもたちは社会的見地から教育されるべきであり、その担い手が学校。学校は、読み書き、算だけのためにあるわけではない。真の児童中心主義を考え、子どもたちが学習の中で「経験」しながら学べるようにすることが必要。彼らの興味が向く方向に自発的に探求させる、考えさせると、真の知恵がつく。学校はそのための環境を整える。実験室思想。
    そして、社会と学校はつながりを持つべきであるし、学科同士は「これは~のため」というように明確に区切られるべきでもない。

    道具主義
    (すべての観念は行動のための道具であり、思考は人間と環境との相互作用、環境を統制する努力の中から生まれ、かつ進化するとする説。→頭のなかの哲学ではなく、実際生活上の問題解決を目指すための哲学を目指した=common manの哲学)。

  •  社会とは、共通の線に沿い、共通の精神において、また共通の目的に関連してはたらきつつあるが故に結合されている。一定数の人々ということである。この共通の必要および目的が、思想の交換の増大ならびに共通の統一の増進を要求するのである。こんにちの学校が自然な社会単位として自らを組織することができない根本的理由は、まさしくこの共通の、生産的な活動という要素が欠けているからである。(pp.26-7)

     伝統的な学校教室には、子どもが作業するための場というものがほとんどない。子どもが構成し、創造し、そして能動的に探究するための作業場・実験室・材料・道具が、いやそういうことに必要な空間さえもが、大部分欠如している。これらの過程と関係のある事物は、教育上においてはっきりと認められた地位さえもたないのである。(p.47)

     4つの興味―談話、すなわちコミュニケーションの興味、探究、すなわち事物を発見する興味、物を製作すること、構成の興味、および芸術的表現の興味を念頭に浮かべながら、われわれは次のようにいうことができる。これらの興味こそは自然の資源であり、投資されざる資本であって、子どもの活動的な成長はこれらの興味をはたらかせることにかかっている、と。(p.63)

     教養とは、想像力が屈伸性において、範囲において、感入の度合において成長して、ついに個々人のいとなむ生活が自然の生活と社会の生活によって滲透されるにいたるような、そのような想像力の成長のことをいうのである。自然と社会とが教室のなかに生かされるとき、学習の諸々の形式と道具とが経験の本質に従属させられるとき、はじめてこのことがそのとおりになる機会が生まれるであろう。そして教養ということが民主主義の合言葉となるであろう。(pp.77-8)

     他人が尋ねるであろうところの問題にたいする、すでに出来上がっている解答を記憶することのためのものである。いっぽう、真の、反省的な注意は、つねに判断・推理・熟慮をふくんでいる。すなわちそれは子どもが自分自身の問題をもっており、その問題を解決するための関係材料を探求し選択することに能動的に従事し、その材料の意義と関係を―すなわちその問題が要求するような解決の道を考察することを意味する。問題は自分自身のものなのである。(p.180)

     もし歴史教授の目的が、子どもをして社会生活の価値を評価し、人間相互間の有効な協同を助ける諸力、およびこれをさまたげる諸力を想像をとおして看取し、社会生活を助長させるところの、またはこれを阻止するところの事物の種々なる性質を理解することを得させることであるならば、歴史を提示するばあいの最も本質的なことがらはその提示を運動的・力動的たらしめることである。歴史は、結果或は影響の集積、すなわち生起したことのたんなる叙述としてではなくて、力にあふれた、活動しつつあるものとして提示されねばならぬ。歴史を学習するということは、知識を蒐集するということではなくて、いかに、そしてなぜ人間はかくかくのことを為したか、いかに、そしてなぜかれらはその成功をかちえたか、或はその失敗をまねくにいたったかについての躍如たる画像を構成するために知識を使用するということである。(p.184)

  • イタリアの幼児教育(レッジョ・エミリア保育)が参考にしたというデューイ理論。
    日本の教育も近代から現代にかけて少しずつ、デューイ理論の最終形態へ傾倒してきたように思う。
    現代の子どもが、どのような理念の教育をうけ、その教育内容、教育指導方法に至った理由をどれだけの国民が知っているだろうか。
    流動的な社会が、教育に期待するのは、その時代の社会に適合する人間を育てる事だ。
    流動的な要請に応えて、子ども達は今日も教育されている。
    子ども達を思えば、流動的であるが故に振り回されて、教育された時代の要請と卒業後の社会の要請が異なっていては意味の無い変革だ。それによる意欲的な学びを疎外してはならない。やはり一貫した理念が必要だと思う。それにヒントを与えてくれるのが、デューイなのではないか。

  • 今まで読んだ本の中で一番面白い。
    言葉にできていなかった違和感を100年前の偉い人が言葉にしてくれていて、とても勉強になる。
    教師やるなら必読だなーと思う。

  • 教育学の古典を読もうと本書を手に取ってみた。

    これだけではデューイが何を言いたかったのか、真意までは分からないと思う。

    おおまかな子ども中心の教育の考え方は何なのか、把握する程度なのかな。

  • <閲覧スタッフより>
    シカゴ大付属小学校での実験に基づく教育論。「学校」とは、受動的に暗記や試験勉強をする場ではなく、子どもたちが自発的に社会生活を営む場。責任ある民主主義社会のメンバーを育てよ、という教育の基本理念を掲げた名著です。
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    所在番号:文庫||371.2||テシ
    資料番号:10083620
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  • ポール・ラングランの生涯学習論の先駆けともなるデューイの学校及び教育論。不断に変化する社会において社会の一機構として学校が果たすべき役割とは何かという事を考察している。社会と学校との有機的な関係という思考の基盤となっている道具主義の思想は日本の戦後教育に多大な影響を及ぼし、今日の教育観の礎を為している。

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