無限,宇宙および諸世界について (岩波文庫 青 660-1)

著者 :
制作 : 清水 純一 
  • 岩波書店
3.15
  • (1)
  • (3)
  • (6)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 63
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003366011

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • ジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)は、スペイン統治時代のイタリア・ナポリ近郊ノラに生まれ、父は自由都市の常備軍兵士であった。若いころ。ナポリに学び、17歳のときドミニコ会に入会、人文主義の影響をうけ、トマスやアリストテレスを学ぶ。1571年にはローマによばれ、法王から賛辞をうけた。つまり、「良き修道士」だったが、76年あたりから異端の嫌疑をかけられ、逐電する。当時はトレント公会議(1543-65)の後で、63年から異端審問強化の布告がでており、64年から67年にローマで焚刑になった「異端者」は30名を超えていたそうだ。ちなみに「焚刑」というのは「魔女」や「異端者」に適応された処刑法で、煙で窒息しないようにトロ火で「壮麗に」焼き殺すのである。『魔女狩り』岩波新書によると、しまいには早く死ねるように「薪をもっと摘んでくれ」と哀訴するそうである。「異端」の宣告は教会が行うが、こういう汚れ仕事は世俗の君主の仕事であった。カトリックの暗黒面である。ブルーノは隠しもっていたエラスムスの書物などを部屋に残し、ローマ、ジュネーブ、トゥールーズ、パリ、ロンドンへ流れ、ここで駐英フランス大使の館で客分になった。大使がパリに戻されると、同行してパリへ、すぐにドイツへ旅立ち、マールブルク、ヴィッテンベルク(宗教改革の本山)、プラーハ、フランクフルト、チューリッヒなどを放浪、1591年にモチェニーゴに招かれイタリアへ戻った。空席だったパドヴァ大学教授の椅子をガリレオと争ったとされる。ガリレオは翌年パドヴァ大学の教授に就任するが、ブルーノのほうは、91年、モチェニーゴの裏切りにあい、異端審問所に引き渡された。その後、8年間、ローマのサン・タンジェロ城に幽閉され、1600年2月17日、「花の広場」で裸のまま縛られ、「焚刑」となった。処刑前に「裁かれている自分よりも裁いているあなた方のほうが真理の前におののいているのではないか」と言ったそうだ。『無限、宇宙および諸世界について』(1584年)は、ロンドンの客分時代に書かれ、六部に分かれる。最初は手紙の形で総論をのべている。つづく部分は「第一対話」から「第五対話」である。対話には、フィロテオ(ブルーノの代弁者)、エルピノ(フィロテオの弟子)、フラカストリオ(フィロテオに好意的)、ブルキオ(アリストレス主義者)がでてくるが、ほとんどがフィロテオの長口上である。ブルキオは第四対話で怒って去る。「第五対話」で哲学者アルベルティーノがやってきて、得意そうに1ダースの質問を一気呵成に投げつけるが、フィロテオにあっけなく説得されてしまう。内容をまとめると、コペルニクス体系からアリストテレスの宇宙論を徹底的に批判した書物といえる。アリストテレスの宇宙論では地球は宇宙の中心であり、惑星や恒星は入れ子状になった複数のガラス状の天球(圏)に貼り付いて回転しているとされた。これが惑星の運動や日周運動やらを表現するので、それぞれ回転速度が複雑に異なるし、巨大な天球の一つが一日一周するので、猛スピードで回転しなければならず、やはり不自然なのである。ブルーノはコペルニクス体系から、地球の自転と太陽中心説を唱える。しかし、コペルニクスではまだ「天球」が保存されていたのに、これを「空想だ」と切って捨てた。ブルーノによると、宇宙は果てしなく広がる無限の空間で、「宇宙」(universo:無限空間)と「世界」(mundi:それぞれの惑星の周りの一定の空間)を、ストア派に依拠して峻別する。また、重さは相対的なものでしかないから、本来の場所にあるものは重くも軽くもない(無重力の表現だろう。アリストテレスによれば重い土の元素は宇宙の中心に集まり、これが地球である)とした。地球などの星は全て「生物」(これはアリストテレスもいう)で、自らの「内在原理」で動くから、同類元素が引き合うということはないし、「自己保存原理」で「自由」に旅をする。星は「生物」だから、新陳代謝があり、アトムを集め排出する(したがって、アトムの組み合わせの重複から輪廻転生もあり得る)。さらに地球以外の「諸世界」にも人類がいるとして、異星人の存在も肯定した。「異端」とされた理由は「宇宙無限説」と「輪廻の肯定」である。教会というのは唯一神の聖霊に導かれているとされるから、ほかにも「世界」があると特権がなくなり、教会は「カトリック」(普遍の意)と名のることすらできなくなる。指導力にも疑問をもたれ、宗教改革派にもつけ込まれるだろう。「輪廻」は「最後の審判」を否定してしまうものだ。現代では「宇宙戦艦ヤマト」でも「無限につづく大宇宙」と言い、まあ、よくある話だが400年前に言ったら、ひどい殺され方をしたのである。ガリレオと比べるとブルーノは数学を低くみていたようで、当時のデータは何もでてこない(ティコらによる1577年の彗星観測から月より上の世界にも変化があるとする説は利用した)。みんな「哲学」の話である。それから、アリストテレスを「乞食学者」(ギリシア思想のいろいろな学説を批判摂取しているので)と言ったりし、言葉がきつい。ガリレオのようにカトリックの「正統」から十分な反論を引き出さず、作中のアリストテレス主義者が無様に説得されてしまう。こういった所が教会からすれば頭にくるのであろう。しかし、「焚刑」を正当化することはできまい。プラトン『ティマイオス』、ストア派の世界観をまとめているとされる、ルクレーティウス『物の本質について』、「異端者」であるニコラス・クザーヌス『知ある無知』などの引用もでてくるが、イスラムに近い南イタリアの文化的風土から魔術・錬金術・ユダヤ思想なども影響を与えているそうだ。注釈には、15世紀からあった「皮膚移植」(兵士の整形手術、本人の腕の皮膚をはり付けた)のことが書いてある。面白い本だが、著者の運命は悲惨である。ちなみに中国では『晋書』に「宣夜説」があり、無限宇宙論は4世紀の虞喜に遡る。宇宙がほんとうに「無限」なのかは今でも議論がわかれる所だろう。ビッグ・バンのときは有限だったのだろうし、膨張しているからには拡がりつづけるにしろ「宇宙の果て」はあるようにも思う。

  • 1月の明通寺読書会 中島晢演さん担当の本です。ちょっと難しそう でも昨夜 終了したが yさんも来てくれて 楽しい読書会でした。哲学 宗教のお話しが多かった

  • ジョルダーノ・ブルーノはコペルニクスの地動説を擁護し続け、教会から異端判決を受けて自説の完全撤回を求められたが、それを拒絶したため火刑に処された。当時、宇宙は有限であると考えられていたが、ブルーノは無限であると主張した。

  • こういう対話篇ってヨーロッパにいっぱいあるけど、対立者がなんかあっさりと主旨替えしちゃうので、うさんくさいような印象しか持てない。
    「無限」概念の再定義という意味で、歴史的に意義ある本だとは思います。

全4件中 1 - 4件を表示

ブルーノの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ウンベルト エー...
フランツ・カフカ
ウンベルト エー...
マルセル モース
ウィトゲンシュタ...
有効な右矢印 無効な右矢印

無限,宇宙および諸世界について (岩波文庫 青 660-1)に関連する談話室の質問

無限,宇宙および諸世界について (岩波文庫 青 660-1)を本棚に登録しているひと

ツイートする