日本の弓術 (岩波文庫)

制作 : Eugen Herrigel  柴田 治三郎 
  • 岩波書店 (1982年10月16日発売)
3.90
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  • Amazon.co.jp ・本 (121ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003366110

作品紹介

的にあてることを考えるな、ただ弓を引き矢が離れるのを待って射あてるのだ、という阿波師範の言葉に当惑しながら著者(1884‐1955)は5年間研鑽を積み、その体験をふまえてドイツに帰国後講演を行なった。ここには西欧の徹底した合理的・論理的な精神がいかに日本の非合理的・直観的な思考に接近し遂に弓術を会得するに至ったかが冷静に分析されている。

日本の弓術 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • それが撃ってる、弓を

  • 奇特なドイツ人哲学者が奇跡的に弓術を志し貴重な師匠に出逢い、その体験を帰国後講演したものを邦訳した奇書。この薄い文庫本の存在そのものが本書でも何回も繰り返される「非有の有」みたいに感じられます。堅牢な論理を背景に持つ学者が神秘的合一に魅入られ精神修養に立ち向かい理解より体感を重視する過程に煩悶していく様子が明瞭な言語で綴られていきます。哲学者のドイツ語を昭和初期の重々しい翻訳している文体もこの本の「らしさ」なのかも。しかも作者、星飛雄馬のようにまっすぐに悶え苦しんでいるし。ページ数の割に非常に濃厚で深淵です。戦前の武道を通したドイツ人の「Discover Japan」は今のわれわれにとっても日本をもう一度、知るきっかけになると思います。例えば6年後に行われるスポーツの祭典オリンピックにむけてわれわれは「的を狙わずに自分自身を狙いなさい。」にみたいなプレゼンテーションを世界に向けてできるのでしょうか?理屈関係なく何かに打ち込みたくなる熱い読書でした。

  • "am grössten" 薄いけど深い本。「弓は的を射るものである。的が目的物である。射るからには、その目的物に当てることを考えなければならない。弓は意識的に(absichtlich)射るものであるはずだ。」と考える西洋哲学者が「当てようと思わない射、当てようとしない離れ、すなわち意識的ではない(unabsichtlich)射がある」ということを実体験から実証していく話。

  • 【推薦文】
    ドイツ人著者オイゲン・ヘリゲルは弓術を通して日本文化を学んでいく。技巧よりも精神を重んじる武道の姿勢に戸惑いながらも、五年間に及ぶ辛抱強い修行の末に日本文化の一端に触れる。異文化理解の難しさを感じさせる本書は、多文化社会の現代人こそ読むべき一冊だ。
    (推薦者:機械物理工学専攻 M2)

    日本を日本人が学ぶとき、国外の方の叙述の方が圧倒的にわかりやすいことがある。30分あれば読めるこの本もそんな一冊で、弓術を通して日本的「精神」が言葉にされていく。ドイツ人哲学者が感じた大正期の日本。いきいきとしたその描写の中に、きっと新たな発見があるはずです。
    (推薦者:地球惑星科学科 B2)

    【配架場所】
    大岡山: B1F-文庫・新書 080/Ia/661

  • 淡々とした古風な文体とヘリゲルの真摯な視線により、ヘリゲルの師である阿波氏の思想に引き込まれていく。

    弓術よりも思想的・スピリチュアル的な方面で推薦されているのを見て手にした本。ページ数も多くはなく、少し古い本ではありますが読みやすいので気軽に手に取れます。近年よく耳にする「ゾーンに入る」という現象について、私は幼少期に習っていた楽器の演奏でそれを体験したことがあり、あれはなんだったのかと考えていてこの本に辿り着きました。
    のちに別の本で知ったところによると、ヘリゲルは阿波氏の思想を正確に理解できる
    人でありながら、帰国により道半ばになったと阿波氏自信が残念がっていたとのこと。この本が阿波氏の思想の全てではないので、その点については気に留めておいた方が良いと思います。

  • 「弓と禅」の元になる講演を訳したものに、小町谷氏の文章が掲載されている。周辺のことを日本人の立場から語っている点で面白かった。こちらは講演ベース、「弓と禅」は著書としてそれを発展補足したような感じかな。中身の印象としてはよく似ていると思います。手頃で読みやすいので本屋で見かけたら是非。日本人と外国人との精神、感覚の比較なんかとても面白かったし、日本の精神を再認識するのに論理的なヘリゲルの観点は再現性が高いと思います。

  • ドイツ人の哲学者が日本で阿波研造に弟子入りし、五年間で阿波先生から弓道五段の免状を頂く。有り得ないドラマの陰に、有り得ない苦悩と解脱への努力。阿波先生もヘリゲルも、中島敦による「名人伝」の領域に達している。それは神の領域。

  • 読了。5星をつける。このこと自体、本の趣旨に反することかもしれない。いい本に出会えて幸せだ。奥さんに薦めよう。

  • 今年読んで良かった本の1,2を争うかも。

    ドイツ人が日本の弓道家に弟子入りして、
    日本の深淵なる禅を学ぼうと試みたという話。

    弓を射ることは弓と矢とをもって射ないことになり、
    射ないことは弓も矢もなしに射ることになる。

    身震いがした。

    薄い本ながら内容は非常に濃いものになっている。
    余裕のある字間で書かれた文章には雰囲気があり、
    高潔な世界観がうかがえる。

    阿波師範が語られる精神世界は
    現代の日本において遠いものになってしまっている気がするのが残念だ。

    日本人としてのアイデンティティを再認識させられる名著だと思う。

  •  論理的かつ合理的といわれるドイツ人である著者が日本の弓術から日本人に根付いている禅の精神を分析した本です。

     現代の日本では弓道という単語を耳にする機会はありますが、弓術と言う単語を耳にする機会は少ないと思います。まず、この2つの違いはどのようなものなのでしょうか。この本によると、弓術は的を射る一種のスポーツであり体を鍛え筋肉で弓を引くものだと述べられています。一方で弓道は的を入ることが目的ではなく精神修行の一種であり、精神で弓を引くものだと述べられています。著者が弓術という単語を使用しているのは著者にとって自分の弓はまだ弓道の弓に達しておらず、的に当てようとするスポーツであると言う気持ちがあったため弓術という単語を使用しているのではないかと思います。

     この本では日本語は文章の裏に隠れた意味が多くあり、西洋人にとってはそれがわかりづらいとあります。この隠れた意味を読み取ることこそが禅ではないかと思います。そして、禅の終着点は己を消して流れに身を任せる状態、いわゆる無心であると思います。己を消すには己を知らなくてはなりません。その手段が日本の道とつくものではないかと思います。弓道、柔道、華道、茶道など様々なものがありますが、全てにおいて型というものが重要視されています。これは己の身を律しようとすることにより、自分の身の隅々を知り、最終的に自分の心を知ることが可能だからではないかと私は考えています。

     この本の著者は西洋の方です。西洋の方から見たら日本の武道は理解しづらいものなのかもしれません。著者は日本に滞在し武道を学ぶことによって日本人を理解しました。他国を理解するには本や映像を見るのではなく現地に足を運ぶことが重要であると私は考えています。西洋に一度も行ったことがないのに西洋哲学を語ることは可能なのでしょうか。東洋に行ったことのない人間が東洋の考え方を語ることは可能なのでしょうか。私は現地の風土や香りなどを知ることなくその土地の文化や考えを語ることは難しいのではないかと思います。だからこそ、この本の著者のように実際に現地に赴き、その土地の文化を学ぶフィールドワークのような行動が大切なのだと思います。

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