- 岩波書店 (2003年8月19日発売)
本棚登録 : 3404人
感想 : 154件
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784003368916
みんなの感想まとめ
哲学と論理の深遠な関係を探求するこの書は、命題の本質や真理条件についての独自の視点を提供しています。著者は、言語と論理がどのように世界を構成するかを考察し、思考の限界とその背後にある真理を問い直します...
感想・レビュー・書評
-
論理哲学論考
著:ウィトゲンシュタイン
訳:野矢 茂樹
岩波文庫 青689-1
難書 雰囲気しかわかりませんでした、第一、数学に出てくる用語でも、意味がよくわからない
論理式の展開についてゆけないです
■論理哲学論考(本文)
第一感、岩波文庫にしては、行間がゆったりしていて見やすいというものでしたが
次に、第二感、なんじゃこれは、番号と文章がひたすら、巻末までにならんでいる
つまり、「論理哲学論考」はネスト構造(入れ子)になっている、一連の命題と思われる
1 世界は成立していることがらの総体である
1.1 世界は事実の総体であり、ものの総体ではない
1.11 世界は諸事実によって、そしてそれが事実のすべてであることによって、規定されている
…
7 語りえぬものについては、沈黙せねばならない
そして、4.xxx ころから、数学の集合論と、論理記号が含まれるようになる
数学ではなく、定義があいまいな言葉を対象として論理を扱うので、違和感がありました
目次には展開されていないので、本書の構造を見出しのレベル1と2のみ記載すると以下のようになります
1.世界は成立していることがらの総体である
1.1 世界は事実の総体であり、ものの総体でない
1.2 世界は諸事実への分解される
2. 成立していることがら、すなわち事実とは諸事態の成立である
2.1 われわれは事実の像を作る
2.2 像は写像されるものと写像の論理形式を共有する
3. 事実の論理像が思考である
3.1 思考は命題において知覚可能な形で表される
3.2 思考は命題で表現される
3.3 命題のみが意味内容をもつ
3.4 命題は論理空間の中に一つの領域を規定する
4. 思考とは有意味な命題である
4.1 命題は事態の成立・不成立を描写する
4.2 命題の意味とは、事態の成立・不成立の可能性と命題との一致・不一致である
4.3 要素命題の真理可能性は、事態の成立・不成立の可能性を意味している
4.4 命題は、要素命題の真理可能性との一致・不一致を表現したものにほかならない
4.5 いまや、もっとも一般的な命題形式を提示することができると思われる
5. 命題は要素命題の真理関数である
5.1 真理関数は、一列に順序づけられる
5.2 諸命題の構造は互いに内的関係にある
5.3 すべての命題は要素命題に真理操作を施した結果である
5.4 ここにおいて、「論理的対象」すなわち「論理定項」は存在しないことが示される
5.5 いかなる真理関数も、要素命題に次の操作を反復適用した結果である
5.6 私の言語の限界が私の世界の限界を意味する
6. 真理関数の一般形式はこうである [数式が入る]
6.1 論理学の命題はトートロジーである ※トートロジー 同語反復
6.2 数学とはひとつの論理学的方法にほかならない
6.3 論理学の探究とは、(可能な)すべての法則性の探究にほかならない
6.4 すべての命題は等価的である
6.5 答えが言い表しえないならば、問いを言い表すこともできない
7. 語り得ぬものについては、沈黙せねばならない
もともと、哲学とは、論理であるから、わざわざ論理哲学としなくてもいいとおもっていましたが、論理記号をつかった哲学という意味なのでしょうか 数を扱う論理学が数学であるのに比して、言葉を扱う論理学が論理哲学論考と理解しました
ウィトゲンシュタインの時代は以下とされています
前期 論理哲学論考 略して論考
中期 哲学的文法、青色本
後記 哲学探究 略して探究
■ラッセルによる解説
・ウィトゲンシュタインが扱っている問題とは、ある事実が他の事実に対するシンボルとなりえるためにはそこにどのような関係が成り立っていなければならないのか⇒論理的問題であり、彼が扱いべき問題と解いています
・記号体系に関して論理学は2つの問題を扱っている
①いくつかのシンボルを組み合わせたときに、それが有意味なものとなりナンセンスにならないための条件は
なにか
②シンボルないしシンボルの組み合わせにおいて、その意味あるいは指示対象が一つに定まるための条件は何か
・これまで哲学的なことについて書かれてきた命題や問いのほとんどは誤っているのではなく無意味である
・彼は、言語表現を幾何学における射影になぞらえている
・記号体系に関する理論を、「われわれは事実の像を作る」と主張するところから始めています
・事実の論理像が思考であると言っています
・哲学の目的は、思考の論理的明晰化である 哲学は理論ではない、活動である
哲学の本質は、解明することにある
・ラッセル氏は、論理哲学論考を数学的に改良を必要なものとし、有限の数しか扱えないといっています
・困難が特に際立ってくる問題は、一般性の問題といっています
目次
凡例
論理哲学論考
序
バートランド・ラッセルによる解説
訳注
訳注補遺 論理記号の意味について
訳者解説
索引
ISBN:9784003368916
出版社:岩波書店
判型:文庫
ページ数:280ページ
定価:850円(本体)
発行年月日:2003年08月
発売日:2003年08月19日第1刷
発売日:2015年05月07日第20刷詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
これまで読んだ中で最も美しい哲学書。カントは時間や空間をア・プリオリであるとしたが、著者は記述ので形式を与えるものとして捉えようとした。要素命題のすべての可能性が真になる真理条件をトートロジー、すべての可能性が偽になるものを矛盾と呼ぶ。真理操作とは要素命題から真理関数を作る方法である。命題の本質を提示することは、あらゆる記述の本質を提示することであり、世界の本質を提示することである。しかし要素命題は名の合成であり、ア・プリオリに挙げることは出来ない。論理によって決定される問いは論理のみにより決定される。論理を理解するために私達が必要とする「経験」は「何かがある」というものである。私達の日常言語のすべての命題は、実際、そのあるがままで、論理的に完全に秩序づけられている。私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。思考し表象する主体は存在せず、世界に属さない。それは世界の限界である。ア・プリオリな法則は存在せず、一つの論理形式の可能性をア・プリオリに知るのである。永遠を時間的な永続としてではなく無時間性と解する時、現在に生きる者は永遠に生きるのである。答えが成り立つのは、ただ、何ごとかが語られうるところでしかない。生の問題の解決を、ひとは問題の消滅によって気付く。かくして「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」。
-
正直、脳が溶けるほど難解。
人類は言語の枠組みからは出られず、
前提、つまり言葉が無ければ論理を立てられない
語り得ぬものについては、沈黙せねばならない -
実際のところ全く歯が立たなかったので
解説YouTubeなどを見て再読
-
実際のところ本文はほとんど読んでいない。「高校生のための『論考』出前講義」を読めばだいたい読んだ気持になれる。(笑)
「はじめに言葉ありき」の西洋と矛盾を含み言葉には頼らないことに真理を見言い出す東洋を比較する上で記号論の元祖とも言えるこの本の存在は実に大きいと思う。
コンピュータのプログラミングの教育をウケているがその基本的なところはこの本の影響を色濃く受けているということが改めて分かった。 -
命題論理構造を哲学に持ち込こまんとする試み。論理式をメモりながら読むと面白い。数学もわかる理系の哲学者におすすめ。そういった人には読んでいると快感に襲われるでしょう。
ただ、彼の失敗もすぐに気づく。才能があるだけに惜しい。恩師がラッセルでなければよかったのだが。 -
思考に限界を引くには、我々はその限界の両側を思考できねばならない。従って限界は言語においてのみ引かれうる。そして限界の向こう側は、ただナンセンスなのである。
哲学の目的は論理的明晰化である。
哲学の仕事の本質は解明することにある。
もちろん言い表しえぬものは存在する。それは示される。それは神秘である。 -
やや読み飛ばしながら。概要は以前より未熟ながらある程度は知っているものを、きちんと読もうと思って手に取ってみたら案の定難しかった。20世紀西洋哲学における言語論的転回の主軸であり、相対性理論にも似た巨大なインパクトを持つ。古代ギリシアのテセウスの船など、子供が如何にも世界に対して眩暈し夜も眠れなくなるような問いに、一撃で一蹴する完結な回答を与えた。子供たちは安眠できるだろう。短い、断定的な各一行が美しく文庫本が付箋で汚くなった。大抵の問題は本書を理解すればすんなり解が得られる。ただし口数は減るだろう。
-
-
大きなところから細かいところへ、すぐに浅いところへ戻るものもあれば深く細かく入り込んでいくところもある、ということが章立てのように細かく振ってある番号により可視化されている。そのおかげで何を問題にしているのか、何が気に入らないのか、どこで説明に苦慮しているのかが分かる。語られている内容よりもむしろ、ウィトゲンシュタインあるいは哲学者という人たちがどのような考え方をしているのかを、つぶさに見ることができたところが面白い。
-
いちばん最初に読んだ時は 得体の知れない興奮を感じたけど、ひさびさに読むと色々と考えつつ読んだのか難しく感じた。でも短い言葉の数々から構成される本のスタイルは刺激的で、魅力的な言葉が突然飛び込んでくる感覚がある。
-
何回読んでも難解な本ですが、ようやくこの本の提示するスコープが見えてきたような気がしました。
①成立していることがら(=事実)から構成要素に分解する。
②それらの可能な組み合わせ(=事態)を記号(=像)にマッピングする(=命題)
③命題についていろいろ語って思考の限界を探る。
④語りえないものについては、沈黙しなくてはいけない。
正直なところ、解説を読まないと、何を言っているのかさっぱり意図がつかめないです。でも、解説を読んだ後で流し読みしてみると、そういうことか!という発見があります。
この本は、解説本を読んだ後にまた再読したいです。 -
著者「俺以外の異論は認めない(キリッ」
-
1 世界は成立していることがらの総体である。
2 成立していることがら,すなわち事実とは,諸事態の成立である。
3 事実の論理像が思考である。
4 思考とは有意味な命題である。
5 命題は要素命題の真理関数である。
6 真理関数の一般形式はこうである。[p,ξ,N(ξ)]※否定
7 語りえぬものについては,沈黙せねばならない。 -
三・〇三一
かつてひとはこう言った。神はすべてを創造しうる。ただ論理法則に反することを除いては、と。──つまり、「非論理的」な世界について、それがどのようであるかなど、われわれには語りえないのである。 -
「1.13 論理空間の中にある諸事実、それが世界である」
「6.4311 永遠を時間的な永続としてではなく、無時間性と解するならば、現在に生きるものは永遠に生きるのである。視野のうちに視野の限界は現れないように、生もまた、終わりを持たない」
「6.45 限界づけられた全体として世界を感じること、ここに神秘がある」
「6.521 生の問題の解決を、ひとは問題の消滅によって気づく(疑い抜き、そしてようやく生の意味が明らかになったひとが、それでもなお生の意味を語ることができない)」
「6.53 誰か形而上学的なことを語ろうとするひとがいれば、そのたびに、あなたはその命題のこれこれの記号にいかなる意味も与えていないと指摘する。これが、本来の正しい哲学の方法にほかならない」
この論理哲学論考は徹頭徹尾読みやすく、しかも理解が容易な書です。筆者が迫ろうとしたものそれ自体は、指摘されれば極めて明確でハッと気付かされるもの。論理学の考え方や記述の方式に慣れていないと少しとっつきにくくはあるかもしれませんが、説かれている中身は大変わかりやすい。
本書は頭からお尻まで丁寧に順を追って読む必要がある本で、とてもじゃないですがつまみ食いで理解するのは無理でしょう。上に記した言は、個人的に何回も読む中で特に腹落ち感あるものとなっているのですが、これだけ取り出してもまぁそうかなというだけで、本書の論理は見えてきません。「6.45 限界づけられた全体として世界を感じること、ここに神秘がある」の一節はまさにそれで、我々の日常言語にすでにそのような論理的完全性がある中で、何故直感的に正しいと感じられたり、「そのようにある」と思われることを我々が認知できるのか、極めて深遠な謎に思えます。
繰り返しになりますが、本書は箴言集ではありません。あまりに有名な最後の一文「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」も、これだけ「知って」いても「理解」していることにはなりません。キーワードをかいつまんだファスト解説書や解説動画で理解した気になるのはあまりに勿体なさすぎます。野矢茂樹先生の訳も丁寧です。ぜひ食わず嫌いせず、耳学問ではなく一度通読することをオススメします。 -
● 2024年後半か2025年1月に登録していた。たぶん茂木健一郎さんのYouTubeで知った著者。
● 2025年2月22日、YouTubeで「本を読むこととお金持ちになること」と検索して出たショート動画「保存必須!賢くなれる本3選」のコメ欄で、皆がおすすめしてた本。
コメ欄より:論理哲学論考
https://youtu.be/zW1jx6LS4ko?si=EpTXRbzGwUm9u9fN
●2025年9月28日、グラビティの「INTJの星」の質問ひろばの質問で「最近読んだ本は?マイベスト本があればそれ も教えてください。」に対して、この本をあげてる人がいた。
「最近またウィトゲンシュタイン『論考』読んだ。好きすぎる笑。」 -
ピエール・アド「ウィトゲンシュタインと言語の限界」後に再読。学生時代に1度、社会人のまだ若い頃に1度読んでいるが、今回改めて自分の読みの浅薄さを思い知らされた。丁寧に読むとかなりの時間を要する著作なのに、あまり読むのに苦労した記憶がないのだ。野谷茂樹氏の訳者あとがきに「『論考』という著作は妖しい光を放っている。読む者を射抜き、立ち止まらせ、うっとりさせる力を擁している。それはおそらくすばらしいことなのではあるが、危険でもある。うっとりしながら哲学することはできない。」とあるが、若い頃の僕はまさに『論考』の詩的かつキャッチーなセンテンスにうっとりし、それだけで何事か重要なものを把握したような錯覚に陥っていたのだ。それはもちろん僕だけではなかろう、本書からあの「語り得ぬものについては沈黙せねばならない」という命題のみを形式的に取り出し、「未だわかっていないものについては結論を出してはならない」などという陳腐で卑俗な読み替えを適用し、それをもって本書の主題だとする例に数多出くわすのだから。
以前読んだ時は、クライマックスの命題6.4あたりからそれまでの理知的な論調から離れて、「倫理」「美」「神秘」「永遠」などの形而上学的な色彩の言葉が並ぶのに面食らい、なぜウィトゲンシュタインがそのような論理的なものから遊離した(と当時の僕には思えた)概念をこの段に及んで持ち出すのか、と訝しんだ記憶がある。だが上記「…と言語の限界」を経由した今ではそうは思わない。世界を「完結した総体」として「永遠の相のもとに」捉えると、そこには確かに論理では語り得ぬものが浮かんでくる。「倫理」や「美」「神秘」は、「物自体」のように全くリーチ不可能な形而上学的概念ではなく、言語の形式では表現できないが確かに我々に示されるものであり、だからこそ畏敬の念を伴って表されるものなのだ。
著者プロフィール
野矢茂樹の作品
