懺悔道としての哲学 田辺元哲学選II 田辺元哲学選 II (岩波文庫 青694-2)

  • 岩波書店 (2010年10月15日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (528ページ) / ISBN・EAN: 9784003369425

みんなの感想まとめ

自己の内面を深く見つめる懺悔道の探求が描かれた作品で、特に過去の出来事や無力感、罪悪感を通じて哲学が展開されています。著者は戦争という厳しい時代背景の中で、自己否定から肯定への転回を経験し、その過程を...

感想・レビュー・書評

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  • 最近真宗の僧侶時代に起きた過去の出来事を精算したり、その上で自分の念仏観についてまとめてみたりしていくなかで、どうしても慙愧(ざんぎ)あるいは懺悔(ざんげ)ということが頭の中に課題としてチラつくようになりました。
    だからという訳でもないのですが、長らく積んだまま読めなかった田辺元を読もうと思い、手に取りました。

    んー、くどい。
    懺悔道とはこういうことだと手を替え品を替え似たような表現でしつこく説くわりには、表現が高等的というか論理的であろうというこだわりゆえか、なんとも頭に入ってこない。

    ただ、今の私には、読めなくはない本でもありました。

    まぁ、戦争中の言論統制下でほとんど言うべきことを言えず、むしろ戦地に赴く教え子たちを立場故に鼓舞すらしてしまった。
    そういういろんなことに対する無力感、罪悪感があったんだろうとは、思います。
    平和のためには自分の哲学・思想はなんの役にも立たなかったという絶望感。そして自分の力の無さに膝くず折れたときにようやっと刺してきたのが、阿弥陀の大悲だった、ということの長い表白なんだろうと受け取りました。

    おつかれさまでございます。
    まぁ、ゆっくり休みましょうや。

  • 「種の論理」から一転。今度はいきなり親鸞である。この大転換は凄い。太平洋戦争で自己の哲学の無力さ、社会に対し何か言いたいけど言えないという挫折感から、田辺元はいきなり「自己否定」の懺悔道に入る。
    しかも絶対的な自己否定から肯定へと転回もするらしい。このへんはやはり「止揚」の論理学への執着か。
    こういう自己否定を見ると、時代背景とあわせて「敗者の論理だ」とか「敗北史観」とか、近頃の右傾化したしったかぶり論者は言うのかもしれない。
    しかし田辺元は戦争勝者であろうと、どこの国であろうと、懺悔は必要だとしており、もっと普遍的な理念であるようだ。

    徹底的な自己否定、という点ではおおいに私に興味深かったが、本文ではあいかわらず絶対媒介だのという「論理」にこだわりまくっていた。実は「懺悔道としての哲学」の序文がわかりやすい上に、内容をよく要約していて、よかった。

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著者プロフィール

1949年生まれ。京都大学名誉教授。京都大学大学院文学研究科およびドイツ・ボーフム大学哲学部ドクター・コース修了。哲学博士。専門は哲学・日本哲学史。著書『哲学のヒント』(岩波新書)、『はじめての哲学』(岩波ジュニア新書)、『大正史講義【文化篇】』(共著、ちくま新書)など。

「2022年 『西田幾多郎『善の研究』を読む』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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