ある巡礼者の物語 (岩波文庫)

制作 : Ignacio de Loyola  門脇 佳吉 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 47
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (241ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003382028

作品紹介・あらすじ

スペイン・バスク地方の貴族の子として生れて武術の修行に励んだ勇敢な青年騎士イグナチオ(1491‐1556)は、その後、数奇な運命をたどってヨーロッパの歴史を大きく変革するほどの人物にまで成長する。本書は、彼が晩年に口述し、カマラ神父が筆記した自伝。抑制の利いた語り口で、その成長過程が明晰に描かれている。

感想・レビュー・書評

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  • 16世紀にヨーロッパで活躍したイエズス会の聖人イグナチオ・デ・ロヨラの自伝です。晩年の口述筆記らしいです。時期は中世スコラ全盛期ですが、イグナチオ・デ・ロヨラは神学者ではなく神秘主義の指導者のようです。

    「祈る」ということについて考える中でアントニー・デ・メロの著作に影響を受け、主著『霊操』を読んでみようと思ったところ、岩波文庫版品切れのため代打として読んでみました。

    自伝なのでむしろあれこれ抽象論が書いてある(と思われる)『霊操』よりも読みやすいかと思ったのですが、ヨーロッパのあちこちを巡り歩いている割に視覚的表現も内面描写も極めて淡白で、ストーリーの起伏も乏しく、楽しい本ではありません。要するにストーリー全体が自分の意志とか視点を起点になっておらず、すべては向こうから一方的に来る感じなのです。

    もちろん「巡礼者」さんは単にボーっとしていて怠惰な放浪生活を続けた結果運命に翻弄され・・・というわけではありません。自ら考え行動するという「求める人材」的振る舞いでいえば100点です。突き詰めています。ただ、その考えとか行動とか、どれもこれもが何らかの力によって、腹の奥を突き動かされた結果、自らのうちに生まれたエネルギーの発露であるようにみえるのです。

    強烈な意志の強さ、しなやかさ。「巡礼者」に生まれつき備わっていた、あるいは自ら鍛え上げることによって磨かれた「能力」のようにみえます。それを自己陶冶の結果と考えることもできなくはない。しかし自由意志は他のよく似た(ただし外的な)力と線引きして区別することが難しい。本書の記述からは、「巡礼者」の考えや行動は当人の力とは別の何か大いなる力によって生まれている、とわたしには思われるのですがそれを証明することもまた難しい。

    ええと、祈るとはどういうことだったかという素朴な質問からはじまった巡礼読書、でも余計にわからなくなってきました。続いてカルメル山を登攀します。

  • イエズス会の初代総長イグナチオ・デ・ロヨラ(1491-1556)が没年まで口述筆記させた自伝である。ロヨラはスペイン・バスク地方の出身でロヨラ城主の13人の子の末子、宮廷人として育てらた。15歳のころ、カトリック両王(イザベル1世女王とフェルナンド5世)の会計監査院長の小姓になり、26歳までは廷臣、騎士であった。30歳のとき、パンプローナの戦いで足に重傷を負ったが命をとりとめる。治療中によんだ『キリスト伝』『黄金伝説』に感化され、回復後、館をでて放浪する。まず、マンレサでドミニコ会修道院の世話をうけ、祈りと苦行の生活を始める。この年、1522年、ルターが『新約聖書』をドイツ語訳、マゼランが西回りで世界一周をした。苦行をしていたロヨラはいろいろな霊をみて激しい動揺を感じたが、河畔で「神から大きな照らし」をうける。ここから安心を得て、エルサレム巡礼に旅立つ。バルセロナ、カエタ、ローマ、ヴェネチア、キプロスをへて、1523年、巡礼を果たす。エルサレムで聖地を尋ね、当地で「霊魂たちの世話」することを、エルサレムの修道院に願い出るが、修道院は困窮、トルコとの情勢が不穏で、誘拐された修道者の身代金を要求されていたので帰るように命じられる。1525年、バルセロナで文法を学び、同志を得る。アルカラに移り人文学を学び、説教を行い、異端審問にかけられたり、投獄されたりする。サラマンカに行き、ここでも異端審問と投獄にあい、パリ行きを決意、1528年、パリ大学で勉学をはじめ、慈善病院に住む。施しをうけにフランドル(ベルギー)へいき学費を得て帰還、仲間に霊操(心霊修行)をさずけ、ザビエルと同室になった。32年文学士、34年哲学修士、モンマルトルで仲間と誓いを立てる(イエズス会創建)。35年哲学博士、この年、スペインに帰る。1537年、仲間とヴェネチアで再会、モンテ・カッシーノで神聖ローマ帝国大使オルティスに霊操を授けたりする。1539年「従順の誓願」をモンマルトルの誓願に加え、会憲草案を準備、40年、ザビエルを東インドに派遣、イエズス会が公認される。1541年、初代総長になり、ユダヤ人の改宗を試みたりした。基本的にローマで宣教や教育を監督、1552年『会憲』公布、1556年7月31日死亡。「聖人」の伝記なので、俗な感覚では理解できない点が多い。基本的に特別なことをしようという意志に燃えていた。ロヨラは苦行のはてに、河畔で「自然」をみて神を照らされ、ここから少し落ちついた人になるが、ロヨラに関わった人は次々と放浪の旅にでたり、修道院に行ったりし、普通の生活をしていられなくなるから、異端の嫌疑をかけらえるのである。当時はスペインに「照明派」という異端がいて、哲学・神学を軽蔑、自己の宗教体験を絶対視、祈祷を軽視、静寂主義を主張、教会を否定した。ロヨラは自分の宗教体験から修行法をあみだし、人に授けてしまうので、照明派に近いのではないかと思われるのである。ただ、ロヨラその人は正統な権威には従順で、牢屋が壊れても脱獄しなかったり、出頭を命じられれば自分から出向いたりした。神のために投獄されるのをむしろ喜んでいた。いろいろ旅をするが、戦場をつっきたり、物乞いをしながら、神を信じて一銭も持たず旅をつづける。まあ、はた迷惑な人である。だが、なんというか度胸はある。信仰というのは神を信ずる度胸なのかもしれない。「イエズス会」はロヨラがみた示現にもとづいていて、神が息子であるイエスの仲間としてロヨラたちを受け入れたことから名付けられ、ラ・コンパーニャ・デ・イエズス(イエスの友の会)が正式名称である。

  • フラニーとゾーイーっていうサリンジャーの小説の中で「巡礼の道は続く」ってのがあって,その本がどういうもんか知らないけど,タイトルが似てるなーと思って購入.
    イエズス会をつくったイグナチオ・デ・ロヨラの自伝.
    巡礼者の物語.
    軽く読んではいけない.
    同じ部分を何度も読み返したりした.
    真剣に人生について考えたいときに読むといいかも.

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