自由論 (岩波文庫)

著者 : J.S.ミル
制作 : John Stuart Mill  塩尻 公明  木村 健康 
  • 岩波書店 (1971年10月16日発売)
3.60
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  • レビュー :43
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003411667

作品紹介・あらすじ

イギリスの思想家ジョン・スチュアート・ミル(1806‐73)の代表的著作。言論の自由をはじめ、社会生活における個人の自由について論じ、個人の自由の不可侵性を明らかにする。政府干渉の増大に対する警告など今日なお示唆を与えられるところ多く、本書をおいて自由主義を語ることはできないといわれる不朽の古典。

自由論 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 社会が個人の自由に干渉する際、道徳や慣習が判断基準となるが、これは多数派の定めた基準に過ぎず、不当に干渉される原因となっている。



    個人の自由に干渉する事が正当となるのは、その干渉が自衛を目的としている場合だけ。



    社会全体の利益を考えると、国や多数派の安定を守るために個人を抑圧するのではなく、より自発的な個人を発展させる事。



    個人に与えられる3つの自由領域

    1.思想の自由

    2.嗜好と目的追求の自由

    3.団結の自由



    ある一つの問題に対して意見が対立し、世論や政府が権力を使って、少数派の意見を禁じようとしている場合に考えられる3つのケース。

    1.規制された意見が正しかった場合(少数派が正しい場合)

    人は周囲や尊敬している人が皆同じ意見である時に、自分の意見が完全に正しいと感じる。この無条件に信頼してしまう事を「無謬性の仮定」と言う。しかし、「世間」というものは社会のほんの一部でしかなく、人と同じくらい間違いを犯しやすい。そして、異端と見なされた意見が排除される傾向になると、人々は異端とみなされる事を恐れ、大胆に考え抜く事を控える。結果的に、国民全体の知識欲が低下し、真理の探究が滞り、その社会は衰退する。

    2.規制された意見が間違っている場合(多数派が正しい場合)

    本当に正しい意見であっても、あらゆる可能性を考えた上で十分に議論されなくなると、人はその意見の決まり文句だけを覚え、重要な意味を忘れる。事の本質を理解せぬまま、やがてあらゆる知恵や知識が形骸化され、実生活に役立てられない。

    3.どちらも一部が正しい場合

    日常で最も多いケース。物事は多面的であるが故に、論争で調整するしかない。多様性を認める事で健全な状態を維持する事ができる。



    人類の知性の発展の為には、思想と言論の自由が必要。



    人は自らの力を発揮する為に、考えて行動する事で成長する。それが多様であるからこそ個性なのであり、個々人があらゆる方向に成長する事で新しい発想が生まれ、ひいては国の発展へと導く。



    強者も弱者も同じように権利を尊重しあい、全ての人々の幸福が守られてこそ真の良き社会と言える。



    個人の自由の原則は、判断能力が成熟した大人でなければ適用できない。



    相手を思いやるが故の「善意の専制」も、個人の判断能力を奪い、主体性を失わせてしまう。

  • 扱っている話題が幅広く、見識の広さを感じさせる。しかし、楽観的な人間観がどうしても気になる。啓蒙が必要であるという議論の背後には、啓蒙というのは成功裏に成し遂げることができるものであり、また同時に、それは万人にとって幸福を与えるものなのだ、とした前提がある。これは本当なのだろうか。彼自身、文明化については疑念を提示しているが、これは啓蒙自体にも提起し得るものではなかろうか。

  • すごく難しかった。

  • 大学新入生に薦める101冊の本 新版 (岩波書店/2009) で気になった本。

  • ブックマートにて古書で購入。日付は不明だがかなり昔だろう。第一章の冒頭に、この論文の主題が意志の自由でなく市民的・社会的自由だとの記載があり、「思てたんと違う!」となったがとにかく読了。原題が『On Liberty』でFreedomではない点からも、本源的自由というよりは抑圧からの解放に向けて論じていることが判る。ベンサムの功利主義は嫌いなのだがこっちはさほど嫌悪感も抱かず読めた。あと編集者による〈あとがき〉が実に感動的。

  • 国家と個人の関係に関する古典。
    非常に難解。

  • 【内容】
    個人の自由。その擁護と意義。
    本書の焦点は社会的自由であり、意志の自由(自由意志)ではありません。
    まず議論の前段階として第1章で社会的自由の変遷に触れつつ本書の概要を示し、議論の限定により問題を浮彫にする第2-3章では思想の自由とその実現であるところの個性を扱い、最後に第4-5章で社会による圧力や実際的な問題に多く絡めた議論をして終わり。

    【類別】
    哲学、政治学、社会学、経済学に関連。
    功利主義(実利主義)及び古典的自由主義、西洋哲学の立場から。

    【源流】
    A・d・トクヴィル、W・v・フンボルト、J・ベンサム。
    一部、対置し示されるのはA・コント。

    【着目】
    多数者の暴虐(多数派の専制)、思想及び表現の自由、危害原理、愚行権、多様性、個性の養成、教育、公共の福祉に関する議論を含みます。
    宗教や一部啓蒙的思想に踏みこむ箇所もありますが、少なくとも前者についてはその構造を抽出しつつ例として扱っているためさほど違和感を覚えないのではないでしょうか。キリスト教が多く取りあげられるので、それに対する俯瞰的あるいは分析的な読み方をお奨めします。
    また、訳注が頁231-271と充実し且つ平易な表現で述べられているため、本文を読みづらく感じはするもののそれでも読みすすめたい人には訳注へ軸足の置かれた読み方をお奨めします。

    【備考】
    このレビューは第61刷に基づいています。
    率直に述べますと、本書の翻訳について拙さを感じる点が多少ありました。ただし原文を確認していないので、本書の訳文に限った問題であるとは断言しません。ともあれ古い訳を読みたいわけでないならば本書はお薦めしません。

  • 2013.5.12 読了

  • 他者危害の原則には頷けるところが多い。売春や薬物のような「不道徳」なものを合法化した上で重税を課すことでコントロールするのは有効だと実証されているわけだし(酒、煙草など)。

  • 編者の「あとがき」によれば、ミルの『自由論』は、明治初期の自由民権運動に少なからぬ影響を与えたということだが、ミルが掲げた自由の理念は、残念ながら現代日本においてきちんと理解され、普及しているとは言い難い。

    「他人を不快にする自由は認められない」というのが、日本人の最大公約数的な“自由観”だが、ミルによれば、快・不快の概念は個人の自由を制限する原理たりえないという。個々人の自由の実現や意見の発表は、他人の不快感を誘発しないことには不可能であることしばしばである。我々は、我々自身の自由を享受するために、他者の自由も認めなければならないし、それによって引き起こされる“不快感”を甘んじて耐え忍ばなければならないのである。

    我々日本人は「表現の自由は無制限ではない」などと安易に口にしがちである。しかし、絶対不可侵の内心の自由を保証するために、表現(言論)の自由がいかに重要で、手厚く保護されなければならない権利であるかが本書を読めば理解できる。現代社会においては正しいということがわかりきっている“常識”でさえも、なぜそれが正しいと言えるのかを常に問い続けるために、アンチテーゼとなる反対意見の存在を認めなければならない。それはその“常識”を共有する側の人々にとっての利益ともなる、とミルは説く。

    ミルは、自説を述べた後に必ず、想定される反対意見を挙げ、それに対する再反論を述べている。丁寧な議論の進め方は、ミルの思想の説得力と論理的明快性を補強して余りある。思考を整理したり、文章を書いたりする上でも大いに参考になると思う。

    文章全体の組み立て方も素晴らしいが、一つ一つの文に込められた、アフォリズム的な力強さも魅力的。以下にいくつか引用する。

    “仮りに一人を除く全人類が同一の意見をもち、唯一人が反対の意見を抱いていると仮定しても、人類がその一人を沈黙させることの不当であろうことは、仮りにその一人が全人類を沈黙させうる権力をもっていて、それをあえてすることが不当であるのと異ならない”(p36)

    “かつては一般に信じられていた多くの意見が現代によって拒絶されていることが確かであるように、現在一般に信じられている多くの意見が、未来の時代によって拒絶されるであろうことも、同様に確実なのである”(p41)

    “人々が自由なる論議を肯定する主張の妥当であることを承認しながら、しかもこのような主張の「極端に押し進められる」ことに対しては反対するというのは、実に奇怪なことである。彼らには、挙げられた理由が極端な場合に対して有効でないかぎり、いかなる場合に対しても有効でないことがわからないのである”(p47)

    “真理は常に迫害に打ち勝つという格言は、多くの人々が次ぎ次ぎに繰りかえして終に普通のことになっている虚偽――しかも、すべての経験によって反駁されているところの、甘美な虚偽の一つに他ならないのである。歴史は迫害によって沈黙させられた真理の実例に満ちている”(p60)

    “或る事柄に関してもはや疑問がなくなると、その事柄については考えることを止めてしまうという人類の宿命的な傾向は、人類の誤謬の半ばを生み出す原因である”(p89)

    “およそ進歩なるものは、一つの部分的な不完全な真理の上にさらに真理を付け加えるはずのものであるが、その進歩でさえ、多くの場合に、一つの部分的真理の代りに他の部分的真理を置きかえるに過ぎない”(p95)

    “彼が、他人の注意と警告とに耳を傾けずに、犯すおそれのあるすべての過ちよりは、他人が彼の幸福と見なすものを彼に強制することを許すの実害の方が遙かに大きいのである”(p155)

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