ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説 (岩波文庫)

制作 : 城塚 登 
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  • Amazon.co.jp ・本 (189ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003412411

感想・レビュー・書評

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  • 「ユダヤ人問題によせて」ではユダヤ人の置かれた状況を通じて、19世紀の国家のありかたを提言するものとなっています。また、プロレタリア革命という思想を創造する前のマルクスの思想を知る手がかりでもあります。
    当時のドイツはヘーゲルの国家観を理想としつつも、政治的社会的に統一から隔たった状況にありました。特に領邦の各所に生活するユダヤ人は統一の妨げの代表的な存在だったことでしょう。
    本書でマルクスから批判されているブルーノは、ユダヤ人の脱ユダヤ教の必要性を説いています。キリスト教者も同様に宗教を棄揚することで、国家を近代的な中性国家にさせようとしています。
    マルクスは反対にアメリカの例を挙げ、各人が多様な宗教を信奉しながら、中性国家を創造する可能性を説明します。そして宗教に限らず、財産や、身分、教養、職業などの特殊性の存在と、普遍的存在としての国家を世界に並置します。
    これは明瞭に国家と市民社会の別を意識するが故のことです。マルクスは市民社会を利己主義の領域、万人の万人に対する戦いの領域と考え、宗教を含めた様々な特殊性を詰め込みます。
    ここまではいかにも優等生的ですが、以降が面白い。その市民社会の領域が商売や貨幣が重きをなしていることで、いかにもユダヤ的であるというのです。ついには、ユダヤ人の解放は、ユダヤ教からの人類の解放だと明言します。また、最後にもう一度、ユダヤ人の社会的解放は、ユダヤ教からの社会の解放であるとも。後の資本主義社会への批判の萌芽が、ユダヤ教と絡めて見られることは興味深い事実ではないでしょうか。

  •  共産主義における経済体制を確立する以前のマルクスが、民族や文化について分析した一冊。特にヘーゲル法哲学批判序説は、マルクスが公に自身の名を用いて書いた初めての論文だ。
     しかし私が注目したいのは前者のユダヤ人問題に寄せての方。ユダヤというだけで学者になれなかったり、社会的に大成できなかったりした天才は過去多く存在する。ドイツならばケルゼン、フロイト、ジンメルなどが最たる例だろうか。マルクスが批判・分析したかったのは、そうした当時のユダヤ人差別の風潮がどこから来たもので、これからどこへ向かうのか、そしてどうそれを解釈し修正すべきなのかという点に終始しているように見える。彼自身ユダヤ人であることから考えると、純粋に、学問的な意味を除いてでも読むべき匿名論文だと思う。

  • 「ドイツにとって宗教の批判は本質的にはもう果たされているのであり、そして宗教の批判はあらゆる批判の前提なのである。」(p.71)から始まるヘーゲル法哲学批判序説は、執拗に、人間の頭を押さえつける宗教、社会の批判を敢行する。それは、人間が国家を、社会的結合を創り、維持しているにもかかわらず、当の国家、当の社会的結合のために個人は存在するかのようにそれらは錯覚させ、その最たるものが宗教だからだ。ゆえに、マルクスは次のように言う。「批判は鎖にまつわりついていた想像上の花々をむしりとってしまったが、それは人間が夢も慰めもない鎖を身にになうためではなく、むしろ鎖を振り捨てて活きた花を摘むためであった。宗教への批判は人間の迷夢を破るが、それは人間が迷夢から醒めた分別をもった人間らしく思考し行動し、自分の現実を形成するためであり、人間が自分自身を中心として、したがってまた自分の現実の太陽を中心として動くためである。宗教は、人間が自分自身の中心として動くことをしないあいだ、人間のまわりを動くところの幻想的太陽にすぎない。」(p.73) 夢も慰めもない鎖(『資本論』においてそれは貨幣であり、資本)をふりほどくこと、言い換えると、人間の自由を確保すること(自己を原因とすること)、これこそがマルクスの倫理観である。そしてそれは、哲学、政治、経済とさまざまな領域に論及したマルクスが終生変えなかった姿勢である。人間が迷夢から醒めるまでマルクスは読まれ続けるであろうし、読まねばならない。

  • 『ぼくらの頭脳の鍛え方』
    文庫&新書百冊(佐藤優選)152
    国家・政治・社会

  • 知識が足りなくて理解できなかったことのほうが多いけど、刺激的だ。
    国に当てはまることは、個人や家族のあり方にも当てはまるのかな。

  • 「ユダヤ人問題によせて」「ヘーゲル法哲学批判序説」「1843年の交換書簡」を収録。市民社会と政治社会の分離を鋭く指摘した「ユダヤ人問題によせて」、ヘーゲル批判に依拠しつつ、プロレタリアートの史的意義を明確にした「ヘーゲル法哲学批判序説」。いずれも、マルクスの優れた実際的・哲学的理論を示すものである。

  • 非常に感銘を受けた本であった。
    政治的解放とは何か、宗教的解放とは何か、それに対するマルクスの考えである。

    「本来のキリスト教国家とは、国家が無神論で、民主的な国家がキリスト教国家である。」という言辞には、恐れいった。宗教に対して政治的な態度を取る国家が、キリスト教国家らしいのである。まあ、手段として国家を用いなければならないわけではないから、ということらしい。

    また「1843年の交換書簡」でも、「専制とは非人間化された人間の思想」であるとマルクスは語っている。確かに人間の止揚や宗教の止揚とを唱えたマルクスらしいとも。

    「建前上は参政権に対する政治的要件が撤廃されたとしても、私的には残る。そして政治的国家はそれを根拠として動く。」というのは、まことに今もなお適用できる。勿論財産的にすべての人間が平等でなければならない、とは今すぐに云わないが、何が滋賀の手段によって解決せられるべきだとは思うが・・・。
    これがプロレタリア革命に依る共産主義社会の実現に向かう理論となるのであろう。

    マルクスの文章は(約の問題もあるのかも知れないが)、大変読みづらいので、字面を追ってめくっていけば、跡から理解できることもある。
    この本は解説で非常に分かりやすい内容の説明を行っている。これによって理解が深まる(ような気がする)。

  • 自問自答形式の文体は、マルクスの好きなスタイルであろうか。
    訳文でも、「マルクス独特の言い回し」に触れることのできる一冊。

  • 宗教は阿片っていうのは、この論文。

    ユダヤ人問題によせての方がクール。

    ヘーゲル法~では、プロレタリアートによる革命というものを前面に押し出していて、これをいかに成し遂げていくかということが、マルクスの課題になったのかなという印象を受けました。

  • バウアーに対する批判という位置づけのユダヤ人問題によせて、ではあるけど、私にとっては徹底した無神論者の立場からキリスト教および、ユダヤ教を批判したバウアーの存在というのは、非常に興味深く感じた。

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