窮乏の農村 踏査報告 (岩波文庫 白150-1)

  • 岩波書店 (1982年6月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (244ページ) / ISBN・EAN: 9784003415016

みんなの感想まとめ

経済活動を通じて描かれる農村の厳しい現実と、そこに生きる人々の姿が鮮明に描かれています。著者は1934年の大恐慌の影響を受けた農民の生活を詳細に記録し、彼らが直面する困窮や苦悩を掘り下げています。この...

感想・レビュー・書評

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  • 本書では世界恐慌後の農村の窮乏が生き生きと描かれている。聞き取り調査という手法による限界はあるものの、確かにこういう事言いそうだなと言う役人や農業従事者の証言は当時の実感をよく伝えているのであろう。
    特に生糸は世界的に需要が減少し、価格が暴落したことによる農村への影響が非常に大きかったというのは印象的である。特定の商品に依存した経済の抱える問題が端的に表れている。そこへ政府の掲げる経済救済策は、一時的な雇用創出と中長期的な農業の構造再編である。雇用創出といっても一部の資本家にだけ都合の良い事業が行われ激しいピンハネが当然のように行われるのが描かれる様は、今日よりもさらに露骨で醜悪ですらある。しかし、別の観点からは、いまだ未整備のインフラを整備することは、将来の経済発展を準備するために必要な投資であり、それ自体が労働集約産業からの資本集約型産業への転換でもあった。炭を焼くための木を取る入会地も、人や牛馬による運搬も、いずれ消えゆく運命にあった。資本の論理によって説明することも可能ではあるが、人は楽な方を選ぶ物であるからして、それだけでは説明できないことも明らかであろう。
    一方で、行政の果たす役割は今日と同じでほとんど何もない。中央は各地方の特質に合わせた計画が必要であり、また、地方の自発性を重んじるとともに地方同士で切磋琢磨することがよりよい施策につながると嘯いて地方に対策を押し付け、地方は地方でそうした中央の見え透いた思惑を見抜いて形だけ計画を策定して地元の事業者と結託して補助金をせしめようとする。結果としては、もともと意欲的な農家によって自発的に行われていた「先進的」取り組みを全国へ紹介して、横展開を図ったという成果を挙げたと中央が主張して事業は成功裡に終わるのである。多角化やブランド化に成功する農家もあることにはあるが、そういった成功例は一部の富農や中層以上の農家にすぎず、中小零細農家や小作農の窮乏は何も変わらず、むしろ口車に乗って融資を受けてしまった人々の生活苦はひどくなるばかりである。地方は救済策を行うにも資金がなく、中央は個人の窮乏は地方の問題であると責任転嫁をする。農政家はやる気の有無に関わらず何もできないままである。
    筆者はこうした農村の実態を、悪玉を見つけ出す責任論に堕することなく、ただ事実として描き出している。それは誰の言葉が正しいとするでもなく、問題の本質を見出し、構造的な課題を発見しようという態度である。著者の得た情報は断片的であり、偏りのあるものであるが、そこから慎重な推論が重ねられており、限界も認識した上で誠実な議論を行なっている。あまりに誠実がすぎ、インタビューでうっかり聞き忘れてしまい悔やまれるといったことも正直に書かれているが、これはある種のユーモアでもあろう。人を惹きつける文体もまた本書の魅力である。

  • 外見上ではわからない、経済活動から見た農村の様子が綴られる。
    こうして読み進めると、農家がそれぞれひとつの自営業者として養蚕を集中的に行ったり、組合をつくって運営したり、銀行から融資を受けたりと苦労をして資本主義の荒波を乗り越えようとしている様子がわかる。

    当初の狙いに近いと思われる階級闘争的な観点からこの報告を見ることもできるし、右傾化する社会的背景として見ることもできる。日本の国家改造論が社会主義的な色彩を帯びるのは、おそらく農山村が資本主義の浸透による債務の増大や破産などを背負ってきたからだという理解ができる。
    1920年代から30年代の日本の国家としての歴史的選択のひとつひとつの背景には、このような農山村部の課題が常につきまとっていたことを忘れてはならない。

  • 1934(昭和9)年の日本の農村の困窮状況についてのルポルタージュである。著者は労農派の農業経済学者として歴史に名を残しているが、今日ではごく一部の人にしか知られていないであろう。当然、社会主義革命への関心がこの著作成立の背景にあるのだが、そんなことは気にせずに、当時の社会状況、政治状況を理解するために大いに参考となる。昭和モダニズムの時代と並存したこのような農村部の実情がどの様な関係にあるのか、その後の日本社会のファシズム化の背景としてどのように農民層を理解するか、考えさせられることは多い。

  • 猪俣津南雄は、121年前の1889年4月23日に新潟市に生まれて、68年前の1942年1月19日に52歳で亡くなった経済学者。

    今ではもうほとんど忘れ去られた感じのかつての労農派のマルクス主義経済学者ですが、こうして岩波文庫に入っていて今でも読める情況にあります。

    それもひとえに、この本が、普通は経済学者とは机上の空論を弄ぶだけの人であるはずが、その当の経済学者の猪俣津南雄が、青森県から岡山県までの2府16県におよぶ農村を踏査して、大恐慌の真っ只中(昭和9年・1934年)にある農民の困窮した生活の悲惨さ根深さをえぐり出した貴重なルポルタージュであるからです。

    76年を経て大きく変化した社会に住んでいる私たちには、ただ唖然とするしかないような現実がそこに展開するのですが、大多数が農民だった時に、餓死し人身売買せざるをえない現実を、政府も制度も誰もなすすべを持たない役に立たない存在だったことです。私たちがそのころに生きていたなら、確実に飢え死にしていたか、女郎屋に売られて売春婦になっていたか、どこかの炭鉱で奴隷のように働かされていたか、そのどれかだったはずです。

    猪俣津南雄が、ただの経済学者ではなく偉大だったのは、調査して分析してその処方箋を企図した上で、さらに農民運動への支援・連動を実行したということです。

    それがゆえに、この調査の3年後に、治安維持法を用いた弾圧=人民戦線事件で荒畑寒村や山川均らとともに検挙されて2年後に病死してしまいました。

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