プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

制作 : 大塚 久雄 
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  • Amazon.co.jp ・本 (436ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003420935

感想・レビュー・書評

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  • 「宗教改革は人間生活に対する教会の支配を排除したのではなく、従来とは別の形態による支配に変えた」というのがMウェバーの信仰と社会層分化における考えである。
    従来とは別の支配とは、本書で論じられるプロテスタンティズムに他ならず、特にカルヴァン派を中心とした改革派を指す。

    改革派の資本主義の精神は、純粋に「適応の産物」として論じられる。
    貨幣獲得が「天職」として経済的合理性を与えられた世界観における当然の帰結と結論づけられるのである。
    カルヴィニズムで有名なのは「予定説」である。以下に一部を抜粋する。

    「神の至高の導きを推し量ろうとしても無意味であるとともに、神の至上性を侵す事になる」
    「人間の功績あるいは罪過がこの運命の決定にあずかると考えるのは、永遠の昔から定まっている神の絶対に自由な意志を人間の干渉によって動かしうるとみなすことになり、あり得べからざる思想なのだ」

    この考えの延長上にキリストについての解釈が存在する。

    「キリストが死に給うたのもただ選ばれた者だけのためであり、彼のために神は永遠の昔からキリストの贖罪の死を定めていた」

    この「予定説」であるが、カルヴァン派の信徒たちは自分たちが選ばれている人間かそうでないか、常に不安な状態に陥る。そのため信徒は救いの確信を自らがつくりだすという技術的手段によって救いについての不安を取り除くといった行動に出るのである。
    救いに対する疑念は悪魔の誘惑とされるため、一心不乱に労働に勤しむのであった。
    その場合、職業には道徳的基準・生産する財・収益性が重要であった。

    ちなみに、この考え方は当時から批判が多かったらしい。イギリスのジョン・ミルトンは「たとえ地獄に堕されようと、私はこのような神をどうしても尊敬することはできない」と言い放ったという。

    キリスト教敬虔派が来世の確信を得るための禁欲的な戦いを続けるのとは違い、カルヴァン派は現世にあるままで救いの悦びを味わおうとする方向に傾く。
    そしてこの感情の高揚が激しい場合、信仰は端的にヒステリー的性格をおびるようになる。感覚的な宗教的恍惚状態と「神を離れた状態」として感じられる精神的虚脱状態との交替によっておよそ冷静なピューリタンとは思えない正反対の結果を呼び起こすという。
    この宗教的神秘体験は、「懺悔の苦闘の後に到達する突然の回心」と定義づけられ、神の恩寵獲得のための合理的企図の対象とされ、後には恩恵貴族主義につながる。

    Mウェバーは、これら一連のカルヴィニズムの流れについて、以下のように結論づけた。
    「世界を呪術から開放するという宗教史上のあの偉大な過程、すなわち古代ユダヤの預言者とともにはじまり、ギリシャの科学的思考と結合しつつ、救いのためにあらゆる呪術的方法を迷信とし邪悪として排斥したあの呪術からの開放の過程は、ここに完結をみたのだった」


    最後にルターの「天職」及び「予定説」に至ったプロセスは以下の考え方によるという。
    「ルターは歴史的な客観的秩序は神の意思の発現だと考え、後には人間生活の個々の過程のうちにも神の摂理を強調するようになった。
    神の摂理は、聖慮(みこころ)という思想に照応し、各人の具体的な職業は神の導きによって与えられたものであるという考えに至る。
    ルターは宗教的原理と職業労働との結合により、新たな原理基礎をうちたてたのである」

  • 入学前に読んで、なんとなし、「そうなのか」、と言う感じで飲みこんだ気でおりましたが、とんでもない。あの時は、わからないということの意味を、わかるということの意味を、まったく分かっていなかった。エレジー。
    今回縁あって、ウェーバーの研究者である鈴木宗徳先生のゼミに参加。約2カ月にわたって本書を輪読した。
    ウェーバーはとにかくアツい男である。「閉塞感(本文で「殻」と)」を許さず、「閉塞感とは何か」を問い正す。本書では当時の資本主義世界の雰囲気を「今の資本主義はぬるくなっとるけど!もとはプロテスタントの洗礼された生活から生まれたものなのだ!彼らは目的合理的だったのだ!」と、今の≪非宗教的な≫資本主義の方が、どこか『宗教っぽい』との見解を示す。
    そして、「閉塞感」とは閉塞感を決めてかかることに原因があるのであり、それがなにか「わかった」時点で負けなのであり、じゃあどうしたらいいのかと言うところで、「あとは自分で考えろ!」ということなのだ。
    どうしたら『宗教っぽく』なくなるのかということを、宗教に問う。なんとも、ロックである。これと同じようなエッセンスを持ってる日本の哲学者で言ったら・・・矢沢栄吉とイチローさんですかね!という持論を持つに至った。宗徳先生は笑ってくれた。
    法政大学で開かれた国際シンポでウェーバー研究の超代表的な存在である折原浩先生と話す機会があった。なにひとつ学問的な話はしてないのだが、とにかく「熱くなれ!」と熱く語られた。ということは、つまりそういうことなのである。そこから先は言葉にならない、してはいけない。とにかく熱い「何か」なのだ。しかし語らねばならない。何かを示さねば動き出しもしない。その矛盾の向こうにこそ、目的地はある!そして!ビールをついでもらった!嗚呼!乾杯!
    僕が宗教っぽくなくなる日は、遠い。

  • 現代ではプロテスタンティズムの精神は失われ、それが結果として作り上げることになった資本主義のみが残ってしまった。初期プロテスタントは決して近代資本主義を形成することを意図しなかったこと、スポーツ、遊戯に喩えられるような、営利活動に邁進する人類が歴史の頂点に立っているという自惚れに対する著者の批判?が印象に残った。

  • 【再読】初めてこの本を読んだのは大学2年生の時。日本語なのに最初から最後まで何が書いてあるかさっぱりわからなくて辛かった。“一冊の本を理解するためにはその本を読むだけでは十分でない”ということを教えてくれた転機となる本。以来、「自分がどの程度まで来たか」ということを確かめるために、繰り返し読んでいる。今回は「どこがわかってどこがわからないか」がはっきりしたのでそれだけでも大収穫ではなかろうか(笑)宗教改革にまつわる理解が圧倒的に乏しく、でも受容のプロセスと近代資本主義の精神は大分掴めるようになったみたい。

  • (2015.06.15読了)(2002.03.23購入)
    「世界を変えた10冊の本」池上彰著、でこの本が取り上げられていたし、他でも取り上げられたりするので、読んでおくことにしました。
    読んでみたけど、まったく内容が把握できませんでした。解説を読んでも、お手上げです。
    プロテスタンティズムの倫理というのが題名に入っているので、プロテスタントという言葉が文章の中にでてくるだろうと思うのですが、ほとんど出てきませんでした。(見直してみると、頭の方には、割と出ていますね。後半にはあまり出てきません。)
    出てくるのは、カルヴィニズムとか、ピュウリタンとか、ルッターなどです。
    これらは、プロテスタントに対立するものだと思って読んでいたのですが、逆だったようです。これらが、プロテスタントだったようです。キリスト教の宗派に関する常識が皆無だったようです。プロテスタントに対立するのはカトリックなのですね。
    『新約聖書』『旧約聖書』を読んだからと言って、キリスト教についてわかるわけではないということなんでしょう。現実の宗教は、教会にあるのであって、『聖書』にあるわけではないということでしょう。『聖書』には、儀式や作法について書いてあるわけではありません。
    「プロテスタンティズムの倫理」も『聖書』には、書いてないことなのでしょう。書いてあるなら、プロテスタントもカトリックの関係ないでしょう。

    【目次】
    訳者序文
    文庫版への序
    著者序言
    第一章 問題
     一 信仰と社会層分化
     二 資本主義の「精神」
     三 ルッターの天職観念―研究の課題
    第二章 禁欲的プロテスタンティズムの天職倫理
     一 世俗内的禁欲の宗教的諸基盤
     二 禁欲と資本主義精神
    訳者解説
    主要索引

    ●良心的(54頁)
    労働者の「良心的であること」のなさが、資本主義の発達を妨げる主要な原因の一つとなっていたし、今日でもある程度そうだ。資本主義には、訓練のない「自由意志」の実行者たちは労働者として役立たないし、また、およそ厚顔な態度に終始する実業家も役に立たない。
    ●簡素な生活(65頁)
    人は「生まれながらに」できるだけ多くの貨幣を得ようと願うものではなく、むしろ簡素に生活する、つまり、習慣としてきた生活を続け、それに必要なものを手に入れることだけを願うにすぎない。
    ●神のために(152頁)
    人間のために神があるのではなく、神のために人間が存在するのであって、あらゆる出来事はひたすらいと高き神の自己栄化の手段として意味を持つにすぎない。
    ●神の栄光(293頁)
    明白に啓示された神の意志によれば、神の栄光を増すために役立つのは、怠惰や享楽ではなくて、行為だけだ。したがって時間の浪費が、なかでも第一の、原理的にもっとも重い罪となる。
    ●労働(304頁)
    「ひとは生きるために労働するだけでなく、労働するために生きているのだ。労働の必要がなくなれば、苦しく思うか、あるいは寝込んでしまうだろう。」
    ●神のために(310頁)
    肉の欲や罪のためではなくて、神のためにあなたがたが労働し、富裕になるのはよいことなのだ。
    ●ピュウリタン(331頁)
    ピュウリタンは劇場を排斥したし、また、愛慾的なものや裸体などをあらゆるところから一切閉め出してしまったが、こうなると文学においても芸術においても過激な主張は止まるところを知らなかった。

    ☆関連図書(既読)
    「日本資本主義の精神」山本七平著、光文社、1979.11.05
    「職業としての学問」ウェーバー著・尾高邦雄訳、岩波文庫、1936.07.15
    「職業としての政治」マックス・ヴェーバー著・脇圭平訳、岩波文庫、1980.03.17
    (2015年6月16日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    営利の追求を敵視するピューリタニズムの経済倫理が実は近代資本主義の生誕に大きく貢献したのだという歴史の逆説を究明した画期的な論考。マックス・ヴェーバー(1864‐1920)が生涯を賭けた広大な比較宗教社会学的研究の出発点を画す。旧版を全面改訳して一層読みやすく理解しやすくするとともに懇切な解説を付した。

  • はじめて読んだときはビビった。社会をこんなふうに分析する方法があるんだーと思って。
    その後、この論文で彼が使ってるデータの不正確さや恣意的な論理の構築を批判した最近の論文も読んで、その主張に根拠があるのか無いのか知らないけど、まー、そういう見方もあるんだなとは思った。

    それでもやっぱり、ヴェーバーのやった仕事はすごいなーって、尊敬しちゃう。
    着想がスゲーよ。
    細分化された特定の分野の専門家であり科学者であるエコノミストからは見えない、総合的な社会の実態を、ヴェーバーは見ている。

  • 経済学部生なら必読な一冊。

  • 学生時代にあまりに難解すぎて投げ出した一冊。
    当然、今読んでも難しい事は変わりありませんが、理解できないなりに最後まで読み終わりました。

    資本主義が禁欲的なプロテスタントと、どの様に結びついて発展して行ったのかを解説しています。禁欲と言う言葉が良く分からず、読んでいましたが、大塚久雄さんの解説で視界が開けました。逆に、解説がなかったら何のことやらでした。他のあらゆる事を忘れて、一つの事に取り組むと言う事だったんですね。

    比較宗教学と結びついたり、マックスヴェーバーと言う人はすごい人だと思いました。

    ライブドア事件の様に利益の追求を目的にするだけでは会社は生き残れない。公共の利益(他者を慈しむ心)の上に会社があり、副産物として利益があると私は解釈しました。

    今の自分の職業を天職と考えて明日からまた仕事に励みたいと思います。

  • 昔、一息に読んだのだが、あまり問題意識を持たずに読んだのでいまいち頭の中に入らなかった気がする。それこそ表紙に書いてある概要そのままぐらいのものしか得られなかったのではないかと…
    最近、またマルクスとか読んでみようかなとか思い始めているのでこれも再読検討したい。

  • 高校時代想い出の2冊のうちの一冊。

    愛、愛ってなんなのよ。みんな一体どうしたの?成長、成長ってどうしたの?みんなコワイ。キリスト教にやられちゃったんだきっと。「好いたの惚れたの」が経済に乗っ取られてる。なにこの自動機械は。

    と思ってたところにドンピシャリの題名で読んだ。
    当時は社会学って言葉も知らなかったし(30過ぎても知らなかった!)この本が古典だとも知らなかったが、大変興奮した覚えがある。

    私の中では、ボードリヤール「消費社会の神話と構造」になぜか繫がっている。

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著者プロフィール

マックス・ヴェーバー(Max Weber)
1864年4月21日 - 1920年6月14日
ドイツの政治学者・社会学者・経済学者。社会学における重要な概念、方法論を築く。
西欧近代文明の根本原理に「合理性」があり、文明の発展を「現世の呪術からの解放」の系譜として考察した論文『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を記す。これが代表作の一つとなる。
ほか、講演『職業としての学問』『職業としての政治』がまとめられ、広く世に読まれている。

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