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Amazon.co.jp ・本 (104ページ) / ISBN・EAN: 9784003420966
みんなの感想まとめ
社会を人と人との関係性として捉え、その多様な側面を体系的にまとめた一冊です。個人の内面から集団、企業、政治、宗教などの団体に至るまで、さまざまな関係の在り方やその競争、支配のメカニズムについて考察され...
感想・レビュー・書評
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社会学の根本概念
著:マックス・ヴェーバー
訳:清水 幾太郎
岩波文庫 白209-6
難読書
社会科学の定義とは、どうもあいまいというのが本音です
辞書をひいていくと言葉がぐるぐるしてしまう
エクセルでいうと、相互参照エラーといったところですか
普段、なにげにつかっている言葉を定義しなおそうとすると、ペダンディック(学者ぶった)になりがちだと
著者のマックス・ウェーバーも冒頭でいっているのが笑えます。
訳者は「筆者の死に先立って、社会学上の重要な諸概念を定義的に明らかにしようと試みたのがこの書である」と語っています。
マックス・ヴェーバが定義した社会学の用語
■社会学
社会学 行為 社会的行為
■社会的行為
目的合理的行為 価値合理的行為 感情的・エモーシャルな行為 伝統的行為
■社会的関係
関係 社会的関係
■社会的行為
習慣 慣習 利害関係によるもの 流行 慣例 法
■闘争
闘争 平和的闘争手段 競争 ルールある競争 淘汰 社会的淘汰 生物的淘汰
■共同社会関係
共同社会関係 利益社会関係
外部に対して開放的である 外部に対して閉鎖的である
権利 仲間 権利上の仲間 利益社会の財産 自由財産
家族関係 恋愛関係 信頼関係 信仰団体 経済団体
メンバーの相互関係
■代表権
代表権 代理権 法定代理権 任意代理権
受動的連帯責任 能動的連帯責任
団体 憲法
行政秩序 行政団体
既成秩序 既成団体
経営 経営団体 任意団体 強制団体
■権力と支配
権力 支配 規律 支配団体
政治団体 宗教政治団体 国家
目次
はしがき
第1節 社会学と社会的行為
1 方法の基礎
2 社会的行為の概念
第2節 社会的行為の種類
第3節 社会的関係
第4節 社会的行為の諸類型―習慣と慣習
第5節 正当なる秩序の概念
第6節 正当なる秩序の種類―慣例と法
第7節 正当なる秩序
第8節 闘争の概念
第9節 共同社会関係と利益社会関係
第10節 開放的関係と閉鎖的関係
第11節 代表権
第12節 団体の概念と種類
第13節 団体の秩序
第14節 行政秩序と既成秩序
第15節 経営、経営団体、任意団体、強制団体
第16節 権力と支配
第17節 政治団体と宗教政治団体
訳者注
訳者の言葉
ISBN:9784003420966
出版社:岩波書店
判型:文庫
ページ数:104ページ
定価:500円(本体)
発売日:1972年01月17日第1刷
発売日:2018年08月06日第60刷詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
社会を人と人との関係として捉えた時、その関係にはどの様な物があるのか、そして関係があるとはどういうことなのかを体系的にまとめている。関係を持つ対象として、個人の内面、1体1、少数の集まり、企業・政治・宗教などの団体を挙げ、関係性についてもは協調、競技などの競争も含めた闘争から法律・権力・伝統・戒律などによる支配など、なぜ研究の対象となるのか述べられている。少ないページ数ながら、社会学の研究において、何を対象としなければならないのか、あるいは何が対象となり得るのかを一覧することができる良著。
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えーっと、一言で言うと「全然わかりません」。
印象に残ったのは「因果関係は飽くまでも仮説的にとどまる」という点かなあ。
「現実の認識過程は、初めに、経験的観察がいろいろと行われ、その後で、解釈が作られるという過程であった。この解釈が成功しない間は、因果関係を求める私たちの気持は決して満たされることがないであろう。しかし、その半面、観念的に推論された行動の経過を仮定しても、それが或る程度まで実際に起こったという証拠がない限り、法則自身がいかに明確でも、現実の行為の認識にとっては、価値のない観念的構成物ということになるであろう」(p18〜19)
歴史学は「実際に起こったという証拠」から「法則」や「仮説」を考えるものだと思う。法則だけでは「現実の行為の認識にとっては、価値のない観念的構成物ということになるであろう」というウェーバーの言葉は、歴史学にとっていまだに力を持っている言葉だと思う。
…まあそもそも、ウェーバーとかに社会科学の方法を学んでる時点で、歴史学はその方法を誤ってきたという声が衣笠のほうから聞こえてきそうだが。 -
社会学を捉える上で重要な、人間の行為の集合として基盤原理を捉えることをまとめた本…なのですが、未完である上にウェーバーの筆の入れ方の濃淡が大きく、なぜこの論点・項目についてここまで掘り下げたのか、あるいはこれだけしか触れないならこの部分いらないのでは、というようなツッコミ無くして読めない書籍ではある。著名な学者の刊行物だからといって鵜呑みにすることもないという典型的な書で、個人的には奇書と言っても良いと思っている。書いてあることは学術的な賛否はあるもののもちろん妥当。ただ明らかにウェーバーの癖(へき)が現れている。
本書の解説でも記載があるが、本書は何をどこまで訳出するかで読みやすさや何を言いたい内容なのかの理解度が圧倒的に変わる。この岩波版はページ数を抑える観点でも比較的バランスよく訳出されていて、まず手に取る一冊として良いかと思う。
ちなみに決して読みやすくはない。ただこれは訳者の問題というよりは、ウェーバー自身がひどく曲がりくねった極めて冗長な文章を書くからで、この点はまぁ飲み込んで読むしかないかな、と…。 -
社会学のアプローチの視点に触れられた。経済学やマーケティングといったものの原型に感じられるものもあった。現時点で十分な理解ができているとは思えないので、何度か読み返す必要がある。
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100ページ程度の本だが、読み進めるのが難しく苦労した。
他の方々もレビューしている通り、行為の意味を理解することがウェーバーの社会学の基本にあたる。
しかし、読み進めるのは難しかった。
様々な用語とその定義を説明するが、用語定義が詳細なようで甘く(私の理解不足かもしれないが)と、各用語がどう関連しているのか分かりづらかった。
行為、主観的、反射的、合理的、感情的、直接的、説明的、意味適合的、因果適合的、動機、社会的行為、純粋類型、習慣、慣習、秩序、共同社会関係、利益社会関係...などがどう関連するのか悶絶、想像しながら読んだ。
本作で最も有名な社会的行為の類型(目的合理的行為、価値合理的行為、感情的行為、伝統的行為)だと思うが、それ以外にも見どころとしては多く、価格も安くコスパが良かった。
ウェーバーがこうして、類型を整理しながら、実際の行為を分析して近代社会を紐解こうとしたのだなという「方法論」が感じ取れたので非常に良かった。 -
名著というので読んだ。原著が30ページなのを翻訳で倍の60ページになっている。紙も黄色く活字も小さいので読みづらい。プックレットの形式でもいいのではないか。
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自然の世界と違って、人間の行為には意味がある。人の行為には意図や意志、動機がある。人々が自分の行為にどのような意味を持たせているのか理解したい。社会現象を個人の行為の意味から理解しよう▼行為にはいろんな意味がある。目的を達成するため(お金を儲けるために商売)。ある価値感に従ったもの(お祈り,道端のゴミを拾ってゴミ箱に捨てる)。感情や気分(悲しくて泣いてしまう)。身に付いた習慣(朝起きたら顔を洗う)▼欲求「~したい」(資源はあるか, ~すべきか, ~してよいか, 価値規範)→目的「~しよう」→資源の動員→行為「~する」。マックス・ヴェーバーWeber『社会学の根本概念』1922
私たちは思考パターンをもっている。私たちが日常において「現実,リアリティ」だと思っているのは、意味の秩序として主観的に構成されたものにすぎない。現実は経験の意味によって構成される限定的な意味領域。現実は経験から独立して存在しているのではない。意味領域は日常の世界以外に、空想の世界・夢の世界なども「現実」として経験される。cf.現象学▼他人は私と同じ日常の思考パターンを持っていない。国家・民族・職業・学校・年齢・性別・地域によって、人は違う意味世界をもつ。私たちはみな「何を大切に思うか」が違う。あの人はなぜこの時間にこの場面であの行為ではなくこの行為・知覚を選ぶのか。私には理解できない。「何を大切に思うか」行為・知覚の規準が共有されるとき、私たちははじめて相互理解が可能になる▼近代社会では、意味世界が安定しない。アルフレッド・シュッツSchutz『社会的世界の意味構成』1932 -
近代社会学の祖であるマックス・ヴェーバーによる社会的営みにおける諸概念の考察。厳密に諸事象を推敲し定義する手法は、彼の思考回路の源泉に触れるようでなかなか興味深い。本書自体が何か示唆に富み面白いかと言われると微妙だが、100頁程度で哲学的に言語を分解・整理する方法を体験するという点では読んでおく価値はあろう。
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頑張って目を通したが、理解したとは言いにくい。色々と、バックグラウンドが必要に思いました。
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【目次】
はしがき
第一節 社会学と社会的行為
一 方法の基礎/二 社会的行為の概念
第二節 社会的行為の種類
第三節 社会的関係
第四節 社会的行為の諸類型――習慣と慣習
第五節 正当なる秩序の概念
第六節 正当なる秩序の種類――慣例と法
第七節 正当なる秩序
第八節 闘争の概念
第九節 共同社会関係と利益社会関係
第一〇節 開放的関係と閉鎖的関係
第一一節 代表権
第一二節 団体の概念と種類
第一三節 団体の秩序
第一四節 行政秩序と規制秩序
第一五節 経営、経営団体、任意団体、強制団体
第一六節 権力と支配
第一七節 政治団体と宗教政治団体
訳者注
訳者の言葉 -
何年も前に本書を買ったが、難解で手がつけられなかった。改めて熟読するとなんとなく意味がわかるものの判然としない部分も沢山ある。気が向いたら著者の他の作品も読み、本書に記載されている概念の外堀を固めてみたい。
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社会学とはいったいどんな学問なのか。始祖のひとりとして名高いヴェーバーによる根本的定義集。
まずわたし自身の立場を明らかにしておけば、わたしは規範哲学を学んでいる人間であるため、読みながら規範哲学と社会学の関係性を考えていました。本書では、社会学という学問の基礎たる相対主義、客観的妥当性が目指されている。しかし疑問を感じるのは、私達はみな価値判断を常に行う個人として存在しており、ヴェーバーの示す方法論によってそのような価値判断から逃れることは本当に可能なのかということ。その意味で、社会学的な方法論に従って社会における様々な現象の客観的判断を出来うる限り試みて、ではいかにある「べき」なのか(規範哲学的な問い)を考察することが重要だろうと。社会学と規範哲学は相互補完的なものだと感じた。実際に多くの社会学者は分析したうえで各々の「べき論」を論じていることが多いと思う。だから社会学を学ぶにはまず自身の倫理的基礎をきちんと明らかにしておくことが重要ではないか。
権力概念。人がいかにして社会に規定されるのか、という権力を考えるうえで、よく言われていることではあるがやはりヴェーバーは目に見える権力を重視している。現代思想の明らかにした権力概念を知っていれば、それが古い権力概念であることはわかるが、しかし法や政治を考察するにあたってヴェーバーがどれほど寄与したのかというのも明らかである。
最後に。訳者さんがあとがきで書かれていますが、本書は未完成な論文であり、ヴェーバー流の辞書的な記述に留まっている箇所と具体的なことにまで踏み込んでいる箇所とが混在しています。だからちょっと読みにくかったりもするんですが、ポジティブに言えば今後の勉強のなかで辞書的に用いることも出来るのはそんなに悪いことじゃないかと。 -
難しい。
私は社会学に関する予備知識はまったくない。そのためか、この本に書かれている言葉に関し、通常思い浮かべる定義と本書の定義(社会学的定義)とが異なることに戸惑いもあるし、読み進めるにあたり、何度も戻り読みしなくてはならなかった。
また、訳者の言葉の中に、「あまり重要と思われない括弧などを省略し・・・」とあるが、それでも、文としてかなり読みにくく、主語を見失うことも多くなかった(この本特有というよりは訳本に多いと感じるが.自身の読解力のレベルにも起因すると思われる.)。 -
「ところが、社会学による行為の理解的解釈から見れば、右のような集団は、諸個人の営む特殊な行為の過程および関連にほかならない。なぜなら、私達にとっては、諸個人だけが意味のある方向を含む行為の理解可能な主体であるから」 ー 23ページ
『プロ倫』を書いた人なので当然といえば当然なのかもしれないが、ウェーバーの着眼はあくまでも個人にあることを再確認した次第。よく比較されるデュルケームは個人というよりは環境とか社会組織のほうにより着目している印象があるけれども、どちらが正しいというよりも、理解するべき事柄によってどちらを強調するべきかは変わるのだろう。
というかプロテスタントって個人主義的なイメージが強いし、実際慣習や思想体系にも個人主義色の強さがにじみ出ているってよく強調されているけれど、そういった認識の強化に『プロ倫』が貢献したところは少なからずあると思うのだけどどうなんだろう。プロテスタントは現在ではあまりにも分化しすぎていて一般的な特徴を挙げるということがとてもじゃないけど困難になってきている昨今、くしくもウェーバーの挙げた「理念型」という概念とともに、プロテスタントの一般的イメージも保存されているような気がしてならない。
いやウェーバーほとんど真面目に読んでないしプロテスタントに関しても詳しくないのでマジで小並感なんですけどね!(言い訳) -
ヴェーバーの死後に出版された「経済と社会」の巻頭論文を訳出したもの。原著で30ページ、本書でも100ページ足らずと小著ながら社会学に関するヴェーバーの根本的な考えを理解する上でとても重要な著作である。社会学に関して、法や宗教、政治、はたまた闘争にいたるまで、各領域の概念を定義的に明らかにしようとしている。
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ヴェーバー社会学の諸概念が詰まった一冊です。
ここには、現実にあるもの(様々な行為の意味)を解釈し、類型的に整理するのが社会学であるという、ヴェーバーの理解社会学の基本的な姿勢がみられます。また他方では、現実を類型化することについて、一定の限界をヴェーバーが理解していた事も読み取れます。
つまり、主観的な「意味」とは行為者が自覚している場合もあれば、漠然と感じているにすぎない場合や、衝動的習慣的(意味がほとんど無い)な行為もある。そんな中で、現実を類型化すること(主観的な「意味」、また、その関係を類型化にすること)には限界があります。
lこれは、凄い乱暴に言えば、現実は複雑怪奇で、人間の外面、内面を類型化したところで、実際にそれがピッタリ当てはまる事の方が珍しいということでしょうか。
こうした問題を踏まえてヴェーバーは、「現実の分析に際して、この事実を忘れることがあってはならない」とし、「現実を具体的に考察する場合、社会学は、つねに現実との距離を考慮し、その程度と種類とを明らかにしなければならぬ。(p.35)」として、理論と現実の距離についての警告を促しています。
こうした基本的な姿勢を出発点にして、「行為」や「秩序」「正当性」といった基本的な概念が説明されます。ただ本書は、私にはちょっと敷居が高すぎたかな・・・と言う印象です。新書で出ている入門書や、最近の訳が出ているその他の古典を当たってから本書をお読みになっても良いのではないでしょうか。 -
マックス・ヴェーバーによる、一種の定義集。理念型的に構成された諸概念が列挙されており、その概念を使用すべき領域は非常に多岐にわたる。それがいかに使用されているかは、『経済と社会』本論にあたって確認するべきだろう。ともかく、「理解社会学」のおおまかな全体像を掴むには格好の入門書だと思われる。
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マックス・ヴェーバーが指すところの
「社会学」は、本書では「社会的行為を解釈によって理解するという方法(理解社会学)で社会的行為の過程および結果を因果的に説明しようとする科学」と定義されている。
前半は「方法論的個人主義」についての基本的な研究態度を明示する。そこでは何らかの実在を伴う「社会」を観念する事を非現実的として避け、合理性もしくは感情的な追体験から解釈可能な個人の行為を分析する事を始点とした社会法則を研究する事の重要性が示される。
その後、社会的行為を4つの理念型(そのもの自身としては非現実的ではあるが、現実の事象を分析する為の行為のタイプ。現実の行為は複数の理念型の複合によって示される)に分解する事から始まり、
・秩序(とそれを保証する正当性)の理念型
・社会関係の理念型(共同または利益)
・団体の概念と理念型
・権力と支配についての概念
といった「諸個人の連関としての集団」の分析方法について、定義付けがなされる。
本書はそうした命題集の様相を呈する。従ってこれだけ読むと若干薄味な感は否めないが、自分が所属する集団やそこでのメンバー、またその他の個人・集団の振る舞いを実際に分析してみる事で、社会学(もしくは経済学)のアプローチ方法の一つを自分なりに理解する一助になる。
特にある集団においてアクターが少数で特定可能な場合、その集団の現状分析や将来時点の実態予測をモデル化する際には(限界・制約は多々あるものの)利用可能なアプローチだと思う。
著者プロフィール
清水幾太郎の作品
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