職業としての政治 (岩波文庫)

制作 : Max Weber  脇 圭平 
  • 岩波書店 (1980年3月17日発売)
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  • レビュー :131
  • Amazon.co.jp ・本 (121ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003420973

作品紹介・あらすじ

あらゆる政治行動の原動力は権力(暴力)である。政治は政治であって倫理ではない。そうである以上、この事実は政治の実践者に対して特別な倫理的要求をつきつけずにはいない。では政治に身を投ずる者のそなうべき資格と覚悟とは何か。ヴェーバー(1864‐1920)のこの痛烈な問題提起は、時代をこえて今なおあまりに生々しく深刻である。

職業としての政治 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 1919年1月にミュンヘンで行ったマックス・ヴェーバーの講演記録。
    ドイツが第一次世界大戦に敗れて数カ月しか経っていない時期に行われた講演で、この内容もそうした時代性に規定されざるをえない部分が垣間見られるが、その政治と向き合う態度を説く論理は現在にも通じるといえるだろう。いや、むしろこの講演で抽出される政党、ジャーナリスト、政党人、政治姿勢は現在の日本政治を基としているのかと見紛うばかりの様相であり、時代を超えて読まれるべき作品だ。
    中でも、ラスト30ページほどは政治と向き合う姿勢・倫理が論ぜられており、本書を通して最も力説されている部分であるが、巻末解説に丁寧に概観されていて理解もたやすい。
    政治とは権力であり権力は暴力と結びついたものと達観した上で、政治家は情熱・責任感・判断力の資質が特に重要で、目的のために手段を選ばず結果責任を負うために悪魔と手を結ぶこともあるが、「それにもかかわらず!」と言い切る人間のみが政治を「天職」とできるとしている。
    時代に規定された一番の部分をあえて言うならば、ヴェーバーは10年後に敗戦直後のドイツが行き着いた先を見極めた上でもう一度議論したいと述べているが、政治倫理の源泉と発露次第ではその後のドイツ(そして世界)が辿る歴史に結びつくことを考えると、愚衆・愚政治家(心情倫理家)との対置だけでは不十分だったいえるだろう。

  • 難しかった。何度か読まないとわからなそうなので,また読もう。

  • 一読しただけでは理解できず線を引き引き読み返した。背景であるドイツ革命も知らなかった。自分なりにまとめると「政治は暴力をともなう点が特殊なので職業政治家たるもの単に貴い理想を掲げるだけではダメで悪魔の力を駆使した上で政治の結果に責任を持つことが責務である」。なるほどそうだと思う。ただし政治家そのものは簡単に退場させられるので、むしろ政党やより中長期的には国民にもこの「責任倫理」が必要と思った。 

    全体を通して大阪の橋下さんのイメージがわく。 
    「弁護士が重要な意味をもったのは決して偶然ではない」 
    「本気で腐敗を退治しようとする場合、人民投票で選ばれ、自分の役所を自主的に編成する権限をもった強力な市長が出てくる」

  • 『立花隆の書棚』の中で、本書を読んだ人と読んでいない人とでは圧倒的な差があるといったようなことが書かれていたため、それならばと読んでみることにした。(対象は政治家だったかな)
    私のレベルでは差を出せるほどの読み込みは到底不可能であることは読み始めてすぐに悟ったが、それでも印象的な箇所はいくつかあった。
    特に、心情倫理と責任倫理の記述を読み、昨今は、いかに結果に対する責任などそっちのけで、心情倫理に基づいて声高に叫んでいる人のなんと多いことか!と妙に納得した。

  • (2014.12.12読了)(2013.01.24購入)
    衆議院が解散し、総選挙期間中なので、「政治」について考えてみようと、読んでみました。
    残念ながらよくわかりませんでした。マックス・ヴェーバーが1919年1月に行った講演をまとめたものということです。
    政治とは何であるかについて「あとがき」から引用しておきましょう。
    「ヴェーバーによれば、政治の本質的属性は権力であり、政治とは「国家相互の間であれ、国家内部においてであれ、権力の分け前にあずかり、権力の配分関係に影響を及ぼそうとする努力である」。政治を行うものは、権力それ自体のためであれ、他の目的のための手段としてであれ、権力を追求せざるをえない。政治はどこまでも政治であって「倫理」ではない。その意味で政治一般に対するセンチメンタルで無差別的な道徳的批判は、百害あって一利もない。」(118頁)

    【目次】
    職業としての政治
    訳注
    あとがき  脇圭平

    ●国家(9頁)
    国家とは、ある一定の領域の内部で―この「領域」という点が特徴なのだが―正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である
    ●権力(10頁)
    政治をおこなう者は権力を求める。その場合、権力を別の目的(高邁な目的又は利己的な目的)のための手段として追及するか、それとも権力を「それ自体のために」、つまり権力自体がもたらす優越感を満喫するために追究するか、そのどちらかである。
    ●ジャーナリスト(43頁)
    ジャーナリストの責任のほうが学者よりはるかに大きく、責任感の点でも、誠実なジャーナリストになると、平均的に見て学者にいささかも劣るものではなく、―戦争の経験からも分かるように―勝ってさえいるということ、この点もほとんど完全に無視されている。
    ●政治家(76頁)
    資産状態からいって、政治「によって」生きることを余儀なくされた人の場合、恐らく今後も次のようなコースが選択の対象となるであろう。典型的な直線コースとしてはジャーナリズムか政党職員のポスト。そうでなければ、労働組合・商業会議所・農業会議所・手工業会議所・労働会議所・使用者団体といった利益代表のポスト、あるいは地方自治体の適当な地位。
    ●資質(77頁)
    政治家にとっては、情熱・責任感・判断力の三つの資質が特に重要であるといえよう。
    ●政治行為の結果(81頁)
    政治行為の最終結果が、往々にして、いや決まって、当初の意図とひどく喰い違い、しばしば正反対なものになる、というのは全く事実で一切の歴史の根本的事実である。
    ●暴力行使(97頁)
    人間団体に、正当な暴力行使という特殊な手段が握られているという事実、これが政治に関するすべての倫理問題をまさに特殊なものたらしめた条件なのである。
    ●偉大な達人(100頁)
    無差別の人間愛と慈悲の心に溢れた偉大な達人たちは、ナザレの生まれであれ(キリスト)、アッシジの生まれ(聖フランチェスコ)、インドの王城の出であれ(仏陀)、暴力という政治の手段は用いはしなかった。
    ●政治(105頁)
    政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。

    ☆関連図書(既読)
    「日本改造計画」小沢一郎著、講談社、1993.05.20
    「総理の資質とは何か」佐伯啓思著、小学館文庫、2002.06.01
    「美しい国へ」安倍晋三著、文春新書、2006.07.20
    「大臣 増補版」菅直人著、岩波新書、2009.12.18
    「あなたが総理になって、いったい日本の何が変わるの」菅伸子著、幻冬舎新書、2010.07.20
    「職業としての学問」ウェーバー著・尾高邦雄訳、岩波文庫、1936.07.15
    (2014年12月13日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    あらゆる政治行動の原動力は権力(暴力)である。政治は政治であって倫理ではない。そうである以上、この事実は政治の実践者に対して特別な倫理的要求をつきつけずにはいない。では政治に身を投ずる者のそなうべき資格と覚悟とは何か。ヴェーバー(1864‐1920)のこの痛烈な問題提起は、時代をこえて今なおあまりに生々しく深刻である。

  • 実は少し前に手に取り、その時は問題意識がピンとこなかったので読みかけて放置していた本だったのだが、上記のカール・シュミット的立場(一般意志を情念的で無意識的なものとして規定し、肯定すること)が後年のドイツで浮上したことを念頭におけば、ウェーバーが何を危惧していたかはありありと浮かんできた。
     分量として九割は「いかにして政治的権力は獲得されるか」という点について、時間軸ではギリシャから近代、地理的には西洋から中国に至るまでの各々の実例を挙げながら解釈しているが、主張は残り一割の99~106ページに凝縮されているような気がしてくる。表紙に引かれているように「あらゆる政治的原動力は権力(暴力)である。政治は政治であって倫理ではない。」この説明が九割の部分である。「そうである以上、この事実は政治の実践者に対して特別な要求をつきつけずにはいられない。」ここが肝要の一割だったのではないか。
     東やシュミットが主張するように政治は理知だけでは動かないのは事実かもしれない。だからこそ政治が情念のみにとらわれ暴走する可能性を非常に危惧し、重い倫理を突きつけたのがウェーバーなのかもしれない。

  • 政治とは何か?国家とは。1919年に書かれたものとは思えぬほど現代にも言い当てはまることが多く、普遍的な政治家や国家の抱える命題を述べている。

    ジャーナリストについても述べているがまたこれも非常に言い当てている。

    現在、日本では政治と金の問題で大きく政治が揺れているが、まさにこの書に書かれているように政治家は自分の内部にありふれた人間的な敵<虚栄心>を克服していかなければいけない。

  • なかなか勉強になった。国家とはなんぞや。それを運営する政治家とは。という。いろんなタイプの政治家がいて、いろんなタイプの国家がある。その運営システムとそこで現れる政治家、官僚の姿を語っている。アメリカ型の国家運営の性格と変遷などは客観的で面白かった。こういうことももっと語られていかないといけないなと思う。政治をする時の倫理などもあり、面白く読み終えた。

  • 政治学の名著として、政治学を学ぶ学生や政治家が読むべき古典であるのはもちろん、政治家を見定める我々一般国民にとっても、読むべき価値のある一冊。
    組織論的な話などもあり、タイトルから想像される以上に、学べることが幅広い。

  • 職業政治家は、政治によって生きる人と、政治の為に生きる人がいる。政治の為に生きるには、ある程度の安定した収入が必要らしい。

    非常事態には暴力による統治が必要になる。ということも書いてあった。

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