- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003422229
感想・レビュー・書評
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「人はステレオタイプによって思考する」とした上巻を前提に、世論というものの危うさについて、またその処方箋について記述。
作者は、ミルらに代表される個人の自由意志による合理的判断に懐疑的である。まして、自分の小コミュニティー(タウンシップ)と異なり、直接的に知り得ない外の世界たる国政においては、市民は外部から与えられた情報から取捨選択するしかない。その中で、世論は、政治家が作り出す象徴(アメリカニズム、自由)やムードに流され、「自由意志」により決定するのである。そこでは、世論は市民が作るものではなく、作らされるものに過ぎない。
当然、筆者はデモクラシーを否定していない。そこで、筆者が働くマスコミにその役割が期待されるかと言えばそうでもなく、自己批判の精神を教育することを主張している。
情報通信技術の発達、グローバル化が進んだ昨今でもデモクラシーをめぐる状況は、本書で描かれる世界と変わらない。むしろ情報の取捨選択ができないまま、情報が氾濫して、市民が怪しげな情報に食いついている。その情報を前提として、そもそも話が合わないという事態が増えていることに、筆者の主張する教育の重要性を認めるばかりである。そして、このことを見通していたかのような筆者に、ただただ舌を巻く。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
目次
第5部 共通意思の形成
第13章 利害関心の移行
第14章 「イエス」か「ノー」か
第15章 指導者たちと一般大衆
第6部 民主主義のイメージ
第16章 自己中心的人間
第17章 自己充足したコミュニティ
第18章 力、任命権、特権の役割
第19章 装いをあらためた古いイメージ―ギルド社会主義
第20章 新しいイメージ
第7部 新聞
第21章 一般消費者
第22章 定期購読者
第23章 ニュースの本質
第24章 ニュース、真実、そして結論
第8部 情報の組織化
第25章 打ちこまれるくさび
第26章 情報活動
第27章 一般の人たちに訴える
第28章 理性に訴える
リップマン略年譜
解説
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社会学を学ぶ人はまず読むべき本。1889年にニューヨークの裕福な家庭に生まれ、Harvard大学哲学科で哲学史を教えたリップマン。学内の編集部員を務めたことからジャーナリズムの世界に入る。1974年、85歳で亡くなるまでヴァニティフェア、ワシントンポスト、ニューズウィークで執筆をつづけていた。テレビの時代にはテレビ出演も多く行っている。世界大戦、ベトナム戦争を通してジャーナリズムの役割とその可能性を冷徹な目で観続けていた。本書は1922年第一次世界大戦後に書かれている。
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ありのままの世界を見ることの難しさを説く上巻から、具体的にどのようにステレオタイプという物事をみる思考の型が利用されているのか。我々はどのように接せていけば良いのか、という展開がなされている。
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リップマン 「 世論 」
下巻は 政治論、新聞メディア論。上巻の大衆心理学アプローチは面白かったが、政治や新聞メディアが強かった時代の本かも。現在の政治や新聞メディアに 世論に影響を与える力があるとは思えないけど。
著者が伝えたかったのは
*新聞メディアの再構築〜自己統治力の回復
*真実の機能とは(ニュースと真実の機能を合致させるには)
*today & tomorrow 日々の出来事を人類の進歩から評価し人々が未来を予見できるようにする新聞メディアの在り方
真実の機能=隠された事実を表に出し、相互に関連付けて 人間が行動できるように 現実の情景を作る
世論と象徴の曖昧さ
*ばらばらの意見から成り立っている 一つの世論の曖昧さ
*アメリカニズムという象徴は 特定の意味を持つ言葉でなく、全てのものと関連
*調和をとりつける言辞は 様々な象徴を階層状に積み重ねる
*象徴は 権威のある他人によって植えつけられる〜自分の支持者を統合する象徴を大事にする
*象徴は一般大衆について行う。象徴は一体感を持つ
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840円購入2010-10-22