贈与論 他二篇 (岩波文庫 白228-1)

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  • 岩波書店 (2014年7月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (480ページ) / ISBN・EAN: 9784003422816

みんなの感想まとめ

贈与の概念を深く探求する本書は、特に「ポトラッチ」という儀礼を中心に、贈与がどのように社会の中で機能しているかを考察しています。この儀礼は、無償の贈与を装いながらも、返礼の義務が生じる競覇的な性質を持...

感想・レビュー・書評

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  • 表題ほか短いふたつの論文を発表順に収録。いずれも「全体的給付」を共通の主要テーマとしている。本編は約440ページ、巻末に訳注と訳者解説あり。論文だけあって原注のボリュームが非常に多く、数ページにわたって注釈がつづく箇所もあり、かなりの紙数を占めている。

    三篇の論文に共通して何度も登場するのが、アメリカ北西部とメラネシアにとくに分布する「ポトラッチ」という儀礼・慣習であり、それは競覇的な性格を備えた贈答だという。「ポトラッチ」の大きな特徴としては、「プレゼントを純粋に無償で贈与するという装いをまとっている」にもかかわらず、「さらに何かを上乗せしてお返しすることが義務づけられるようになること」にある。このような贈答の応酬で最終的に返礼できなかった側がヒエラルキーの下位に立つ。かつ、場合によっては破壊にいたるケースもあるという。そういった意味で競覇型の全体的給付とされる「ポトラッチ」が本書内でもっとも重要な鍵として扱われる。

    このような贈与のあり方は厳密に「ポトラッチ」が確認される地域に限らなければ、過去において世界各地に見られた風習だとし、いくつかの地域での例を順に確認していく。著者によれば、このような贈与経済に対する価値観が現代の経済であり、それは贈与経済を範経済的だとしたローマ人とギリシア人によって生み出されて現在にいたるとする。

    このほか、贈与経済の社会にある特徴として、共同体のあり方がもっと集団的であったことや、物と魂とが融合的に捉えられていたことを挙げて、現代社会との大きな違いとして示唆したうえで、現代のような価値観が浸透したのはそれほど遠い過去ではないことも指摘する。そのうえで、現代の資本主義社会に対して、贈与経済の社会にみることができる「全体的給付」のあり方は振り返って見直されるべきという主張もなされる。政治的には、社会主義的な社会を望ましいとするのが著者の立場のようだ。

    原注を省いた、かなりざっくりした読み方になった。「ポトラッチ」の贈答競争のあり方から、「ギフト」という言葉が元来「贈り物」と「毒」という二つの意味をもつことを納得した。人間の価値観としては、古代から名誉が重視されてきたという事実も興味深い。

  • 日常で論文を読むことが少ないので難儀。読後、自分なりに資本主義との関係を考察するなど社会の本質を探りたくなる欲が湧くきっかけをくれた。
    贈与論−アルカイックな社会における交換の形態と理由−贈与に対しお返しが義務付けられているお話。メラネシアやポリネシア、アメリカ北西部でおこなわれるポトラッチを軸に遅れた社会、もしくはアルカイックな社会においては、法規範と利得の追求にかかわるどのような規範があって、贈り物を受け取るとお返しをする義務が生じるのだろうか。贈与されるものにはどのような力があって、受け手はそれに対してお返しを仕向けられるのだろうかを論及していく。
    「贈与」贈与=交換という原理がこうした段階の諸社会の原理であったと結論づけた。つまり、お返しは義務であったと。さらにこの原理を最終章にて私たちの諸社会にも広げて適用する事が可能であるとした。贈与論で考察してきたポトラッチ等々の事象は非常に多くの社会制度を活性化させるという事。これらの事象はすべて法的現象であり、経済的現象であり、宗教的現象であり、さらには審美的要素をももつ社会形態にかかわる全体的な社会的現象であると。
    どれだけ理解できたかわからないが、個人的にうなる流れだった。

  • 前半は贈与が歴史的にどうのように変遷をしてきたかをまとめてくれている。
    贈与が人類にどのような影響や意味があるのかを第4章の結論でまとめてくれている。
    忙しい方は第4章のみを読めば良いと思う。それでもこの本の価値は、極めて高いと思う。

    贈与=契約▶贈与=交換、義務、かけ、礼を礼で返すもの
    贈与は他者を支配する志向のもとにある≒相手を自分の意のままに操る
    社会システム(政治・経済)=お互いに贈与をしあっている社会形態
    有機的連帯(統一性と統合性が備わっている)=社会の発展に与え、受け取り、お返しをする。
    幸せ、平和を定立させるために、労働として適切に秩序づけられたものがある。富として蓄積され、次いで再分配されたものがある。互いに尊重し合い、互いに寛容になり合うこととして、教育が教えるものがある。善も幸福もそこにある。

  • 文化人類学クラスの参考書として使用した。

  • 読んで良かった。等価交換どころか、交換とも異なる概念、贈与による経済が如何に広く人類社会に存在していたかを示唆。
    体系的にまとめたり現代西欧文明の中に分析したりとかはほぼ無く、ただ幾つかの事例を列挙して示唆して行くので、全体としては同様の内容の繰り返しも多く散漫な所がある。
    しかしそれでも、ポトラッチやクラから伺える、気前の良さが社会の中で非常に重要な位置を占める構造は、今も鮮烈であり、思考の発展に大きな影響を与える。
    資本主義の末路を回避するための方法として考えられた共産主義は、資本主義の発展系であって、交換の経済。
    それとは根本から違う意味での格差是正の概念として取り上げられる贈与。
    上述の様に本としてのまとまりは低いので、図書館などで借りて、気になる部分から読むのが良いかも。

  • 個人が個人の利益の追求に走る社会に警鐘を鳴らし、全体に対する意識(全体給付)を向け、円満な社会(アーサー王の円卓[p]のような)を目指そうという論。社会主義的か?成功した富裕層が、被災者に多額の寄付やNPOなどを組織をしたり、匿名で学校などに何かを寄付したりするようなことについての考察。

    一方的にお返しもせずに、贈り物をもらうことはどういうことなのか、部族などのトップたるものがなぜ贈り物などを与えなければ威信を保てないのか[※ポトラッチ]というのはおよそ信仰(迷信)と結びついている[p100、p231など]。類似した例が世界各地にみられる。例示内容は興味深い。

    個人と個人が契約を履行するとしても、それは個人ではなく集団と集団(の連盟関係(アリアンス))である。集団はクランや部族や家族のこと。過去はいまほど「個人」が際立つことはなかったらしい[p446]。従って、あるまとまった集団のなかで権力を持つには、ポトラッチは欠かせなかったのであり、それが下位集団との信頼関係、自分の身分の明示。

    誰かから何かを一方的に貰う(贈与される)、ということは従属である。ただし、例えば、返済能力のない被災者が寄付を受け取るのは、しっかりとした生活を取り戻すということなどによって返済できるといえるだろう。





    ポトラッチ(競覇型の全体的給付)[p74]

    贈与[p212]


    ネクスム(法的な縛り)[p304、307など]

  • 武器としての哲学の推薦本であった。哲学ではなくフィールドワークである。ポトラッチについての説明である。アジアでは中国についてわずかのページが割かれているのにすぎないので、日本では柳田の本を読んだ方がいいであろう。

  • 相手から助けてもらう。自分は相手を助けていない。相手からものを貰う。自分は相手に何もあげていない。他人からの贈り物に「お返し」をしないとなんだか気持ち悪い。他人からの贈り物には霊力が込められている。マルセル・モース『贈与論』1925

    人から何か贈り物をもらったら、お返ししないと気持ちが悪い。人は贈与と返礼を繰り返している。それにより社会は変化し続ける。人間の社会で何かを手に入れたいのなら、こちらがまず相手に与えなければならない。レヴィ=ストロース『親族の基本構造』1949

    援助や好意を受けたら、相手にお返しをする。もらいっぱなしよりも返す方が結局は自分の利益になるし、そうしないと社会で孤立するかもしれない。グールドナー1960

    他人が欲しいものを自分しか持っていない場合、相手は自分に依存せざるを得ないため、持ってる側(自分)に権力が生まれる。エマソン1962

  •  数か月前に柄谷行人の『世界史の構造』を読んだ。これは、マルクスの生産様式ではなく交換様式に着目し、それをもとに世界の歴史を紐解いていくのだが、その際マルクスの『資本論』と同じくらい重視されたのが今回読了したマルセル・モースの『贈与論』である。『世界史の構造』を読み終えて「贈与」という概念に興味を持ち始めたため、それに関連した新書を何冊か読んでいたが、今回、本腰を入れて、本書を読むことにした。
     「贈与」にまつわる話で、モースは①与える義務②受け取る義務③お返しをする義務の三つを取り上げる。これらの義務において、贈与特有の不可思議な力が潜んでいることが読み取れる。また、訳者の解説が本書全体の要点がまとまっているので、先にこちらを読んだ方が良いのかもしれない。以下、要点を書き上げる。
     まず「交換」と「贈与」の違いを解説すると、前者は相手に何かを渡した場合、その見返りを正当に要求できる権利を有するのに対し、後者はその見返りを求めることが認められないのである。この二つの概念は一見同じように見えて、実は微妙な違いがあることが確認できるが、社会ではこの二つが混ざりあっているとモースは指摘する。次に、この二つの混ざったもの、すなわち「贈与=交換」には、平和性と暴力性を有するということである。
    最後に、モースは本書で「贈与=交換」に、贈与されてはならない財があることに言及する。以上が本書の大まかな要約である。
     それにしても、モースの偉大な功績なところは、古今東西で確認される膨大な贈与の歴史をこの一冊にまとめあげたところであろう。これらは資本主義社会が浸透する以前の時代、地域の社会システムであり、現代ではあまり目撃されない摩訶不思議な現象を知ることができる。そのため単純に歴史書として読んでも面白い。ただそれ以上に、現状の資本主義を打開するための指南書としても読めるのではないだろうかと思う。現在、新自由主義的価値観のもとで、徹底的な効率重視、無駄の削減などとにかく非合理なものが排除される。そのため、合理的思考を当然と見なすのが昨今の傾向である。そんなときに、本書を読むと、過去の人間たちが必ずしも理性的ではなかったものの、共同体同士の絶妙な関係が持続して成り立ったことが見て取れる。このようなことをふまえると、現状の資本主義社会を克服するうえで、「贈与」という概念を今後ますます考察する価値があるのではないだろうか。 

  • 断然、こっちの訳がいい

    ちくま学芸、よめない

  • 原田央教授(国際私法)推薦図書
    ローマ法案内(木庭顕)でも言及あり

    教授は、本書のような、法的義務以外の義務を含めた、社会関係から発生する様々な義務についての考察が「法とは何か」を考える上で重要だとおっしゃっていた

    • exfrogmentさん
      これ通しで読んだん?
      これ通しで読んだん?
      2021/02/28
    • hiro.ndさん
      半分くらい注釈やからそれは飛ばしたで
      半分くらい注釈やからそれは飛ばしたで
      2021/02/28
  • 著名なフランス人社会学者マルセル・モースにより100年ほど前に書かれた著作を現代語訳したもの。贈与や交換について、ポリネシア、北米、ヨーロッパ、インド等の当時の事象や歴史的考察、宗教的考察を行い、意見を述べている。研究が深く、脚注が充実している。訳もわかりやすく読みやすい。
    「友に対しては、こちらも友であらねばならない。贈り物をもらったら贈り物でお返しせねばならない。笑いに対しては、笑いを返さねばならない」p56
    「贈り物は、建前上は自発的に贈られるけれども、実際上はそれを贈り、またそれを返すことが義務として課されているのである」p58
    「首長の個人的な威信や、その首長のクランの威信が、自分が受け取った贈り物以上の物をきちんとお返しすることに結びついている。自分が受け取った以上の物をお返しすることによって、自分に返礼の義務を負わせた当の相手が、今度は逆に自分に対する返礼の義務を負うようになる」p213
    「その場でただちに利益をあげることを目論むというのは心得違いであって、そのようなやり方をしようものなら、きわめて強い侮辱を浴びせられるのである」p215
    「贈り物なら人はいつでも受け取るし、その物を褒め称えさえする。自分のために用意された食べ物を、人は声を大にして褒めなくてはならない。だが、それを受け取ることによって、自分が義務を負う立場に立つということも心得ている。贈り物を背中にしょい込むのだ。物や祭宴でもてなしを受けるというのは、たんにもてなしを受ける以上のことである。挑戦を受け入れたということなのだ」p247
    「贈り物というのは、与えなくてはならないものであり、受け取らなくてはならないものであり、しかもそうでありながら、もらうと危険なものなのである」p369
    「贈り物を受け取ったにもかかわらずお返しをしないでいれば、その人が劣位に置かれるということは昔とかわりない」p394
    「招待というのは、されればお返しをしなくてはならないものである。それは礼に対して礼を返すのと同じである」p395
    「借りを返さないままでいる、というのは、こうした表現が今なお使われていることから分かるように、許容されえないことなのだ」p395
    「与えるということ、それは自らの優位を表明することである。それは、より大きくあることであり、より高くあることであり、マギステル(人主)であることである。これに対して、受け取っても何もお返しをしないということ、もしくは、受け取っても受け取った以上のものを返さないということは、従属的な立場に身を置くということである。それは、相手の子分、従僕になることであり、より小さくなることであり、より低い地位に身を落とすことなのである」p425
    「富というのはもっぱら他人を動かすための手段である」p427

  • たぶん20年ぶりぐらいで買った岩波文庫。
    そして相変わらず難しくてよく分からない。

    貨幣が登場する前から,人類には贈与というかたちで
    モノのやりとりがあり,そこには「贈与する義務」
    「受け取る義務」「お返しをする義務」という,通常の
    売買とは異なるルールがあって,という話。

    分かりやすいのは香典とか,お歳暮とか,冠婚葬祭的なものなんだろうけど,
    著者によれば社会保険とか協同組合の考え方にも通じているらしい。
    なるほど……?

  • 2025.12.1
    自分の身の回りの贈与ってただプレゼントあげるだけに留まらないと思った。もっといろんな形があって、それがどういう意味を持つのかを考えるきっかけをくれた点で面白かった。

  • 現代の貨幣経済は、合理性や契約によって個人の自由を確保している。そこでは、古代社会の経済を成り立たせていた、贈与による「関係の厚み」や「返礼の義務」は見当たらない。贈与は今や慈善か例外の行為とされ、構造からは切り離されている。

    個人的には、日本がこのまま欧米型の資本主義・個人主義を推進しても、大きな成果は見込めないと思っている。アメリカのように、競争と自由を徹底的に突き詰めてきた国には、制度的にも文化的にも敵わない。むしろ日本は、元々モースの描く贈与経済的な価値観に親和性がある(内向きで、互酬的・集団主義的な土壌がある)のだから、そっちで集団としての結束力を高めた方が勝ち目あると思うんだけど、どうだろ。

  • 贈与は資本経済とは違う軸で動く、という新たな視点、そして贈与に係る様々な「なにか」を強く感じられ、とてもよかった。現代でも贈与が残る理由がよくわかり、そして自分たちがとるべき行動や今何も考えずとっている行動について再考する良いきっかけになった。

  • リベラルアーツはいつも理解ができず興味を持ちたくてもなかなか持てない分野であるが、今回の贈与論はイメージしやすかったことと、知らなかったことも多くとても興味が湧いた。

    自分のできることであれば、何かを与えたいと感じるのは人間の当たり前の感情だと思っていたし、もらったものに対してお礼やお返しをしたいと思うことも当たり前だと思っていた。

    ただ古代から近代のいろいろな民族の風習や文化を知ると、贈与とその前後にあたる行為に、何か見えざる力やエネルギーのようなものがあり、それを避けるがために贈与やお返しをすると言う行為があるのだと分かった。

    そのような考えが長い年月によって今の私たちのDNAというか、何かに組み込まれ、贈与と言う重いものではなくプレゼントと言うライトな行為にも結びついているのではないかと感じた。

    ====
    ジャンル:リベラルアーツ
    出版社:筑摩書房
    定価:1,320円(税込)
    出版日:2009年02月10日

    ====
    マルセル・モース(Marcel Mauss)
    1872‐1950、フランス・ロレーヌ出身
    社会学者、民族学者。ボルドー大学で叔父のデュルケムに哲学を学び、その後高等学術研究院、コレージュ・ド・フランスで教鞭を執る
    関心領域は極めて広範で、社会、宗教はもとより経済、呪術、身体論にまで及んだ
    「社会学年報」の編集にも携わり、実証的かつ科学的な研究を特徴とするフランス学派の礎を築いた

    ====
    flier要約
    https://www.flierinc.com/summary/3054

  • 集団的存在としての人間の特徴を「与え、受け取り、与え返す」という贈与循環として捉えた、人類学者による古典的名著。持続的な経済社会を柔らかく展望し創造することが求められる時代に、手に取っていただきたい一冊です。

  • 「贈与」
    贈る義務、受け取る義務、返還する義務が存在する。

    はるか昔から、人間社会の基底に存在してきた贈与というシステム。
    そのシステムは様々な社会関係を安定化させ、発展することに寄与してきた。
    確かに、資本主義というシステムが世界中を席巻する現代においても、システムとしての「贈与」は存在しているように思う。
    しかし、その存在の仕方は、現代社会のシステム全体においてはあくまで細い支流の1つ程度のもので、贈与というシステム単体で、資本主義そのものを脅かすほどの存在ではないだろう。

    ただし、近年は、産業化の過剰がもたらす環境問題やグローバル化による市場のカオス化、格差拡大など既存の資本主義システムが新しい展開を迎えており、人間社会の基底システムとしての贈与に再度着目する意義は大いにあると感じる。

  • 何もかもが独立、分裂している今日の西洋的な社会とは対称的に、このような何もかもがつながり、循環している社会もあるのだ知ることができたのが、この本を読んでのなによりの収穫だった。
    この社会に住む人々にとって、幸福とは富を限りなく増やしていくことではなく、増やし蓄えた富を皆と分かち合ったその先にあるものなのだ。みんなが自分の一部を誰かに分け与えあい、モノ、ヒト、さらに霊や魂、神までひっくるめて文字通り大きな輪になっているのには感動すら覚えた。

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