シャドウ・ワーク (岩波文庫 白232-1)

  • 岩波書店 (2023年11月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (374ページ) / ISBN・EAN: 9784003423219

作品紹介・あらすじ

家事などの人間の本来的な諸活動は、市場経済を支える無払いの労働〈シャドウ・ワーク〉へと変質している。人間がシステムの従属変数となっている危機を、経済、社会、政治、知的活動などさまざまな切り口から論じ、自立・自存した生の回復を唱える。文明批評家イリイチによる現代産業社会への挑戦と警告。

みんなの感想まとめ

人間の本来的な活動が市場経済において無払いの労働へと変質する現代社会を描き出す本書は、経済、社会、政治など多様な視点からその危機を論じています。特に、女性の家庭への囲い込みや家事労働が「シャドウ・ワー...

感想・レビュー・書評

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  • 資本主義のニーズに従って、「人間を産業機械として扱おうとする」ことは、動物的な生々しい部分をできる限り消去してしまおうという事なのだ。生々しい部分とは、食事や排せつ、生殖に関わる内容だが、中でも長期間その動物的な状態に置かれるのが「妊娠や出産」。そんな前提で労働者を搾取しようという考え方だから、自ずと女性が排除されてきた。

    イリイチが本書で用いる「パックス・エコノミカ」という言葉は、調べると経済主義による平和を指す言葉という説明が出てくるが、その実は「何もかも経済に転換しよう」という根底の思想が隠れているのではないか。イルカもアシカもお金を稼ぎ、人間も足腰が使えなくなり脳が呆けるまで、経済社会の構成要員として搾れるだけ搾り上げようということになる。

    そこに抵抗できる価値観は、もしかすると動物的である事だけだったのではないか。つまり、暴力的で反知性であり快楽主義である事。だが、人類はこの動物的な報酬のために自分たちを抑制して可能な限りのものを商品化していく。水も時間も健康も肉親の介護も自分たちの肉体も。全ては商品だ。

    「ホモ・エコノミクス」は中性ではありえず、元来労者と主婦のカップルで創られたのであって、常に主婦による「シャドウ・ワーク」に支えられる仕組みであった。そしてズボンを奪い合ってきたのだ。この本を読むと、直接的な主張ではないにせよテーマは“少子化問題”に直結する気がして深く考えさせられた。

    イリイチは産業社会の成立を「女性の囲い込み」として描写する。女性は“歩き回るフルタイムの子宮”として再構成された、とイリイチの表現は過激だ。現代社会は欲望を管理している。人々は相互監視の中で、一方では消費社会によって絶えず欲望を刺激し続けている。性、承認、競争、美容、成功…。その結果として、恋愛や結婚ですら、承認市場や労働システムに組み込まれていく。脱落を前提とする恋愛リアリティーショーの中で、少子化は必然の帰結なのかもしれない。

    動物的な面を許容するか管理社会を生きるべきか。もっと露骨な言い方をするなら、この社会は「生殖」をどうやって扱うべきかという点が移民や国境、世界平和という観点における本質的課題なのかもしれない。少子化とは、人間が“生殖”を経済合理性から拒否し始めた現象ではないか。

  • タイトルが気になったので衝動買い。ちょっと想定していた内容とは違っていた、というのが最初の感想。「アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か」と同じような、支払われない労働に関する論説かと思っていたが、それに留まらない。
    そもそも、人は生きるうえで現在のような市場で全てをやり取りする社会を必要として居なかった。生活に必要なものは基本、自給か、自給したもの同士の交換で成り立たせていた。賃金をもらって生活必需品と交換するのは、それでなければ生きられない貧民の生き方であった。この辺り、サピエンス全史にも、たしか人間は社会を作ることでそれまでよりも貧しくなった、という言説があった様に思う。
    それがいつの間にか、賃金を貰う働きこそが唯一の価値を生む行為へとすり替わる。だが、マルクスの労働力の再生産の概念を待つまでもなく、人は食べ、眠り、住まなければ働くまでもなく生きていけない。だから、それを支える活動が必要になる。支払われない活動が賃金労働に必然的に伴われる必要があり、これがシャドウワークに繋がる。育児も、ケアリングも同様である。
    つまり、シャドウワークは単に支払われない労働というだけでなく、人の自立と自存を奪う賃金労働という生き方を強要するうえで必然的に拡大していくものであり、それ故に無賃であるというよりも深刻である、ということらしい。
    さらに、それまで存在したヴァナキュラーな言語が統一された「国語」ないし「母語」になることによって、生き生きとした人の交流、交歓が失われていくこと、代わりに学校という商品との交換が生じていくこと等、画一的な社会を整備していく事の弊害も説いている。これまで、統一された国語を学ぶことは人の学びを拓く行為と肯定的に受け止めていたが、どうもそれは一面的な見方なのかもしれない。
    他にも現代社会を形作る要素についてさまざまに批判が加えられており、読了に時間を要したが、久しぶりに考えさせられる本だった。取り急ぎ印象をメモしたので、何回か再読して考えを整えたい。

  • イリイチのあまりにも有名な言葉である。1冊まるごとシャドウワークの本であると思っていたら、最後のわずか40p.の部分でしかなかった。

  • シャドウワークとは無料な仕事。ヴァナキュラーとは土着。
    双方とも聞きなれない言葉。
    家事などのシャドウワークは重要な仕事にも関わらず、無報酬。男社会が作り出した負の遺産かもしれません。

  • ヴァナキュラーな世界から、システムにより統一化され人間が従属変数と化していく過程の分析。今読むべき本でもあった

  • 岩波現代選書版を読んだ。1982年刊行。

  • ふむ

  • 2025年7月16日、夕べメルカリでタッチの差?でまとめ買い依頼されて私が「精神の幾何学」を買い損ねたときのライバルが「wrongpeacex」という人で、その人が過去に別の人にもコメントして買ってたのを調べてたら、この本もそうだった。

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