アンティゴネー (岩波文庫)

制作 : 中務 哲郎 
  • 岩波書店 (2014年5月17日発売)
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  • レビュー :7
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003570043

作品紹介・あらすじ

「私は憎しみを共にするのではなく、愛を共にするよう生まれついているのです」-祖国に攻め寄せ斃れた兄の埋葬を、叔父王の命に背き独り行うアンティゴネー。王女は亡国の叛逆者か、気高き愛の具現者か。『オイディプース王』『コローノスのオイディプース』と連鎖する悲劇の終幕は、人間の運命と葛藤の彼岸を目指す。新訳。

アンティゴネー (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 分かりやすい文章でとても読みやすかったです。
    反逆者として叔父である王に埋葬を禁じられた兄ポリュネイケースを埋葬したがために王と対立し、自ら死を選ぶアンティゴネーと王クレオーンとの対立の台詞回しが際立って印象に残ります。
    兄ポリュネイケースへのアンティゴネーの愛は兄妹のそれを超えているように感じます。そのあたりはやはりオイディプース王の娘、と言ったところでしょうか。

    兄の埋葬を妹のイスメーネーに持ちかけるものの拒否を受けて頑なになるがために死を受け入れるアンティゴネーと王の布告とプライドを固持して最後に家族を全て喪うクレオーン、ある意味強硬な意地の張り合いとも見えてしまいますがどちらが悲劇的なのか、私には分かりかねました。

    オイディプース前王の一族で一人残されたイスメーネーのその後が気になります。

  • 非常に面白かった。同作者によるオイディプス王の続編にあたり、王の4人の子のうちの姉の名が表題となっている。わたしのなかではオイディプス王は最早レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザや、シュトックハウゼンの連作にも並ぶ真正の大芸術とまで格上げされているため、続編があると知って大分期待して読んだが、こちらは一段格は下がって、並の芸術品といったところに落ち着いている。格下げの主たる理由は、単純な因果応報(仏教用語でなく現在の用法)に落ち着いたこと。王道であり、民話ならなお一層親しまれるものだが、大芸術のやることではない(何故なら疑問の余地が残らず完全に消費されてしまう)。非常にポピュラーな内容であるので、今やっても売れるでしょう。また、アンティゴネーの毅然とした態度、迷いなく、真っ直ぐで、決して折れず、芯があり、加えて言葉の端に現れる思慮深さは、現在の男性・女性からも支持されるのではないでしょうか。もののけ姫のサンを思い起こさせたほどです、とても似ています。人類史における最大最悪の悲劇を被った王の娘は、呪われた血筋のなかで、民衆からも王宮のなかででも後ろ指さされながら生きるわけで、恥辱・屈辱の渦中にあってこれほど真っ直ぐに立ち向かえる女性(しかもまだ年の若い)の姿というのは、なかなか涙なくして読むのは難しい。自然法と人口的な法との対比が主な主題であることから、世界の縮図としての機能を持ち合わせているのも確かですが、疑問点は2、3ある。第一に、王であるクレオーンの態度は正しい。作中、「自分の非を認めて」となって後悔に向かうし、作中の預言者や多くの読者が、王の独善、独裁を非難し、その上で息子ハイモーンの台詞「大衆はみなそう言っている(王と違うことを言っている)」に民主主義の正しさを見ますが、絶対に間違っていると思う。王が「英雄を讃えて墓を作り、火を放った敵の死体を野ざらしにして放置する」ことは独断や独裁ではない。現在の大統領も同じ態度を取るであろうことだが、それはやはり大統領であるからの判断であり、そこには民衆の意を汲む配慮がある。対し、「大衆はみなそう言っている」などということもありえない。ポリュネイケースは国家を滅ぼさんとして来たわけで、彼を憎むひとがいないわけがない。ならば誰もがアンティゴネーに同情するわけもない。

  • 『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』と比較すると、神話的様相や運命的な色合いは薄れ、個の悲劇となっている。その分、スケールは小さいが、ただアンティゴネーの悲劇としてはまとまっている。(あくまでアンティゴネーの悲劇であって、クレオーンその他は添え物に過ぎない)

  • ギリシャ悲劇は、自らの力ではどうにもならない運命に翻弄された人間の運命悲劇だと言われる。『オイディプス王』は確かにその通りだが、『アンティゴネー』は死を覚悟の上で自らの意志を貫いたアンティゴネーの性格悲劇ではなかろうか。そのような人物造形は、『オイディプス王』よりも、むしろシェイクスピアに近いように思う。

  • テーバイ王家

  • 量子力学的アンティゴネー解釈?
    「アンティゴネー」昨夜読み終わり。とりあえず?3つに論点絞る。
    1、ポリュネイケースの2度の埋葬。確かに2回ある必要性があるかと言えばないかもしれないけど、これによりクレモーンとアンティゴネーの対決が深まると考えれば…
    2、アンティゴネーとポリュネイケースの近親相姦関係。この説は自分は賛成。これならゲーテが気に入らなかったという父母や子より兄を選ぶという科白(ヘロドトスとの関わり等「物語の海へ」参照)も納得だし、最初の設定以外に、同じ兄弟でテーバイを守った方のエテオクレースへの言及が全く見られない(劇進行上では必要ない)のも納得。そうそう、オイディプスの家系だもんね。
    3、劇の途中まではいろいろな可能性と含みを持たせた曖昧な筋が、最後になって悲劇にまっしぐらに進んでいくのは、なんだか観測によって電子雲がただ一点に定まる(確率1)量子力学の様相。
    ちなみに、この後、妹イスメーネーは逞しく?生きていったのだろうか? 誰か後日談でも書いてないかなあ?

  • ちょうどいいタイミングで新訳が出ていた。旧訳からかなり読みやすくなっているし、解説もちきんとした量があって理解を助けてくれる。あらためて読んでも、ギリシア悲劇の中でも「オイディプス王」と並ぶ傑作だと思う。
    祖国テーバイを攻めた兄ポリュネイケスの死体を埋葬しようとするアンティゴネーと、反逆者の埋葬を決して認めようとはしない王であり叔父でもあるクレオーンの対立。親族を弔うという神の理と、法と秩序を守るという国家の論理、それぞれの正義が真っ向からぶつかってやがて悲劇をもたらす。
    そして、ただ正義の対立だけでない、対立する二人の不完全さが状況を複雑化させる。アンティゴネーは誰とも心を通わせることなく孤独のなかで自らの思想を先鋭化させ、一方のクレオーンは思い込み激しく頑固それでいて人の意見に流されやすい。彼らの売り言葉に買い言葉の応酬は、決して合意にはたどり着かない。だから、どちらの主張に理があるのか一概には判断できないし、彼らの言動の意図を読み取ることも容易ではない。
    そのため、読み方によってどのようにも印象はかわる。解釈の幅の広さは、他のギリシア悲劇と比べても頭抜けている。だから何度読んでも面白い。

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