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Amazon.co.jp ・本 (528ページ) / ISBN・EAN: 9784003600221
感想・レビュー・書評
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最終巻は1911年12月1日発から14年7月15日発まで。オーストリア皇太子夫妻暗殺事件が「ヨオロッパの大戦乱の基」になることへの危惧を記しつつ終わる。
池内紀氏の巻末解説は、鴎外のジャーナリスト精神や椋鳥の文体の変化に触れていて、最終巻に相応しく、独立したエッセイにもなっている。全巻読了後に読むそれは、なおさら感慨深いものがありますので、ぜひ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
足掛け3年掛かった。読了は、いつも厳冬の寒空の下である。森鴎外は、この通信連載時(1909ー1914)には、陸軍軍医総監で人臣を極めている。更には作家として「第二の豊熟の時代」を迎え「鶏」「青年」「雁」「妄想」「寒山拾得」訳書「ファウスト」「諸国物語」「一幕物」等々の創作を成している。居宅は団子坂の観潮楼。1男2女をもうけ、家庭的にも充実していた。森鴎外の5年と、私の3年の、なんという充実度の違いか(笑)。その忙しさの中でこの「海外情報速報」即ち、「現代のインターネットを100年以上も前に先取りしただけでなく、近代メディア産業を独り占めした」(483p)通信を成し遂げた。
上巻と中巻では、まだ政治、軍事、科学、社会情勢、犯罪などが多く採られていたが、下巻は圧倒的に演劇情報が多くなる。主だった劇場の月ごとの観劇プログラムまで転載していた。しかし、社会を観る観察眼が劣って行ったわけではない。寧ろ鋭くなったから、わざわざメモする必要がなくなったのかもしれない。
ゴーリキーの動静を逐一書いている。鴎外にどのように影響を与えたのか興味深い。他の作家では、ゾラ、シュニッツラー、メーテルリンク、トルストイ、あと出番は少ないがトーマス・マン。
連載終わりが、正に第一次世界大戦のキッカケとなったオーストリア皇太子夫妻暗殺事件の「第一報」になった。連載終了は単に公私の「公」の部分が忙しくなったからだけではないのではないか。鴎外は、事件一報を書いた時に付言して独り「大戦」の始まりを予言した。時代の変化を感じ取ったからに違いない。
例によって興味深い通信を幾つかピックアップする。
1991年
○パリの絵画界の新流行はキュビズム(12月)。
○蒙古では12万の軍ができて、支那の手を離れようとしている。多分ロシアに帰順するだろう。(ペテルスブルグ12月)
1912年
○パリの絵画界。半年前に方形派(キュビズム)が横行して、今は未来派の世になって画は線と点に分裂してしまった(2月)。
○タイタニックの死者は、一等102人、二等115人、三等173人、水夫206人、士官4人、計703人である。イジドー・ストラウスの妻は小舟に乗ることを拒否して夫と一緒に静かに死を待っていた(5月発)(←数字は実はこの倍ほどあるが4月14日の事故でその16日後の報道としては1番早い)
○ルーブルの絵のガラスがとりのぞかされる。(←この後、一年間は絵が汚されたという報道が絶えない。現代人と同じ発想の人がなんと多いことか。それでも方針を変えなかったルーブルに拍手)
○ベルリンでは、エンケ広場の観象台の時計にあわせて、人家に毎60秒に電流が通じて針を動かす仕組みを作った。「時を配る」と言われた。(←現代の衛星時計の発想。早い!)
○ルソー200年誕生祭の時に、様々な議論が起きたらしい。この後、ルソーの像を破壊する事件が数件起きる。
○ハルレ大学医学生のストライキ。外国人の試験なしの聴講を不当。それで「日本からも未熟な医学生が行って勝手なことをすることが出来なくなりそうだ」(←どうやら賛成している)
1913年
○ギリシャ王が狙撃された。「発狂した社会主義者」により(3月)。
○日本の議会を評してドイツ人がこう言った。尾崎の政友クラブの25人に犬養の国民党あわせて70人ほど。政友会が180人。桂の立憲同志会が100人ある。1年半の後には、立憲同志会の全盛時代がくるだろう。よしや遅れたところで4年の後には来る(5月)。(←外国の情勢分析の正しさを鴎外は正確に把握していたと思われる)
○ロンドンの列国平和会議が5月15日に開かれる。バルカン戦争の集結はこれでつく。(5月)
○トルコ首相の暗殺(6月)(←バルカン半島のきな臭さを敏感に感じ取ってどんどん記事が増えている)
○ドイツ帝との会話によると、カアネギィは社会問題の解決を中流と労働者の接近ないしは融合に求めているらしい。女子参政問題には同意している。しかし、夫婦喧嘩の種にならぬようにしたいと云って笑った。(6月)
○バルカン半島の平和が恢復せられた。グレシア、セルビア、ブルガリアの境界が定められた。(8月)
○ヨーロッパの電車の、車長の「満員認識度」は3種に分かれる。1は、定員座席、2は、3人の立乗車、3は、日本流の満員。(←日本流がいかに世界の非常識として喧伝されていたか!)(10月)
○パナマ運河全通(11月)
○ナイチンゲールの日記公開。自分を愛してくれる男を棄てて、救済事業に生涯を委ねたことが世に知られた。(12月)
○モナリザが1913年12月12日にフィレンツェで発見。パリのレオナルデイが古物商に売ろうとした。
1914年
○社会主義者エンゲルス、マルクス往復書簡が公にせられた。マルクスの著作にエンゲルスがどれだけ材料を供給していたかが分かる。
○政治的罪人。ロシアには現に10万人入獄。監獄則は人道的だが、別に内規があり、過酷を極めている。(5月)
○犬糞。この頃西洋の大都会には車を曳いて犬糞を集めて歩く者がある。手袋の皮をなめす。(5月)
○メアリー・リチャードソンは、バンクハーストを逮捕させた政府に加害しようとして、容貌の最美な女の像を切った。(6月)
○自動車図書館。アメリカで。2千冊を載せて田舎を回る。(6月)
○アメリカの発明。盗聴用電話機。(6月)
○アントワープでゴッホの遺作100点の展覧会。評判。
○4月12日でアナトール・フランス70歳。ノーベル賞をもらわないのは社会党だからであろう。スウィンバーンも無政府主義のためにもらわなかった。ショーも多分もらうまい。もっともショーは金持ちだから、欲しくもあるまい。(←ノーベル賞をめぐる話題性はこの頃から、関心の性格はちが)
この後、オーストリア皇太子夫婦暗殺事件を書き「公爵と妃の横死はヨーロッパの大戦の基になるかも知れない」(474p)と書く。思うに、大戦が始まるまで、メディアと世界は今と変わらぬ喧噪に満ちていた。戦争は、いつの時代も日常の延長の中で始まる。
2018年2月15日読了 -
■一橋大学所在情報(HERMES-catalogへのリンク)
【書籍】
https://opac.lib.hit-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/1001045903
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著者:森鷗外(1862-1922、島根県津和野町、小説家)
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