モーム短篇選 上 (岩波文庫 赤 254-11)

制作 : 行方 昭夫 
  • 岩波書店
3.90
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感想 : 36
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  • Amazon.co.jp ・本 (350ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003725023

作品紹介・あらすじ

長篇小説『人間の絆』『月と六ペンス』の作家サマセット・モーム(一八七四‐一九六五)は、絶妙な語り口と鋭い人間描写で読者を魅了する優れた短篇小説も数多く残している。希代のストーリーテラー・モームの魅力を存分に楽しめる作品を厳選して収録。

感想・レビュー・書評

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  • 下巻より長めの作品6編。
    最初の「エドワード・バーナードの転落」は、本当の幸せとは何なのかを考えさせる名作で、『月と六ペンス』とも通じる作品。タヒチの美しさ、そこで自然の流れに逆らわず暮らす豊かさ。都会で立身出世を気にしながら、あくせく働く人はその豊かさを知ることはできない。下巻の「ロータス・イーター」とも通じる作品。
    「手紙」は、女性の強かさを殺人事件を通して劇的に描いており、上手い女優が舞台でやったらいいだろうなと思っだが、モーム自身が戯曲にして上演されているし、二度も映画化されていると解説にあった。
    しかし、次の「環境の力」はなあ‥‥。昔はこれも良かったのだろう。白人にとっては。Black lives matter運動で「風と共に去りぬ」や「南部の唄」が槍玉に上がったなんてのを聞くと、当時の価値観からしたら仕方なかったのだから、注釈をつけて鑑賞できるようにすべきだと思うのだが(鑑賞できないようにするのはやりすぎで、記録として残すべきだと思う)、これは、ちょっと酷いかなと思わざるを得ない。解説で訳者も「今の読者の中には抵抗を覚える人もいるであろう」と書いているが。ここまでの3編が植民地を舞台にした白人社会の物語で、前の2編は、当時だからそんなものだろうと納得できたのだが、これはあまりに差別意識が強く、モーム自身もそう思っていることが明白なので、時代が時代だから仕方ないと思っても好きにはなれない。
    ボルネオ島でイギリス人男性が現地妻を持ち、三人も子どもをもうけておきながら、白人女性と結婚することが決まると現地妻と子ども達を放り出し(むろん生活に不自由しないようにはしてやるのだが)、全くなかったことにする。それが白人の妻にバレてしまう悲哀を描いているのだが、夫も妻も現地の人々を同じ人間だとは全く思っておらず、男は自分の子どもですら愛していないところがゾッとする。黒人奴隷に子どもを産ませる白人農場主も全く同じ感覚だったろう。
    「最初の子が生まれると分かったとき、その母以上にその子が好きになるかもしれないと思った。事実、もし白人の子なら、そうなったかもしれない。もちろん、赤ん坊のときは面白いし可愛かった。でも自分の子だという特別な気はしなかった。父親として不自然だったかもしれないので、自分を責めたこともある。でも、正直な話、あの子たちは僕にとって、他人の子と少しも変わらない。」(P171)って酷すぎる。「風と共に去りぬ」ほど有名じゃないから槍玉に上がらないけど、有名だったら欧米じゃ出版停止でしょうね。
    だから次の「九月姫」も、昔岩波の子どもの本で『九月姫とウグイス』のタイトルで読んだことのある作品で、テーマは本当の愛で(芸術とは何かというテーマもある)、とても良いのだが、シャムの王様がいかにも野蛮で浅はかな人物として描かれているのが気になってしまった。これがシャムという実際にある国ではなく、架空の国だったら良かったのに。
    「ジェーン」は、下巻の「大佐の奥方」と少し通じる作品。一見野暮ったく見える女性の隠れた魅力を、それを認めたくない同年代の女性とともにコミカルに描いている。
    最後の「十二人目の妻」は、駆け落ちしたらどうしてでも正式な結婚をさせないといけないと考えるあたり、『高慢と偏見』みたいだなと思った。オースティンよりずっとあとの時代でも、中流階級の結婚観は変わってないのだなと感慨深い。今だったら結婚させないことに力を入れると思うが。
    初めの2つは良かった。下巻の方が、トータルの印象は良かったな。

  • ただいまモームがマイブームです。こちらは短篇集。まずは上巻から。

    「エドワード・バーナードの転落」は、ちょうど読んだばかりの『月と六ペンス』と共通のテーマで、あれがぎゅっと凝縮されたような印象。何が本当の幸福かはそれぞれの主観にすぎず、語り手が「転落」と捉えたエドワードの変節は本人にとっては「自由」であり「本来の自分の居場所」だったという皮肉。

    「手紙」はサスペンス仕立てで、女性の怖さがじわじわと。「九月姫」はタイトルどおり童話のようなお話でとても可愛らしかった。全体的に短編だと、長編よりもシニカルな面が強く出ているように思いました。

    ※収録作品
    「エドワード・バーナードの転落」「手紙」「環境の力」「九月姫」「ジェーン」「十二人目の妻」

  • 下巻がたいへんおもしろかったのですぐに上巻を読み始めたが、こちらも一気に読めてしまった。
    本を閉じるのが惜しくなり、食事もうわの空で読み続けたのは久々の体験。
    ストーリーの巧みさに惹き込まれたのはもちろんだが、登場人物に自分が重なることがしばしばあって参ってしまう。その人物の卑俗さ、小心さ、狡さなどに共鳴してしまって落ち着かなくなる。
    小説を読んで、これほど自分を見透かされるような心地になるのははじめてだった。
    「エドワード・バーナードの転落」は下巻の「ロータス・イーター」と同様のテーマだが、「エドワード……」のほうが"普通の路線"をはずれた理由に得心がいく。先に「転落」したジャクソンや転落先の地が魅力的に描かれているからだ。「月と六ペンス」は同じテーマを扱っているそうなので、これからぜひ読みたい。
    「手紙」、あざやかなストーリー展開。表情や現場の描写などもすばらしくまるで映画を見ているかのようだ。
    他の4編もどれもおもしろく何度でも読んでしまう。
    こんなに楽しめるのは、やはり訳の見事さに因るところが大きい。

  • 下巻が面白かったので逆走。

    幸せか否かは、本人が決めること。
    環境や交わる人々によって、人間はガラッと変わるもの。
    しみじみとそんなことを思った。

  • 「エドワード・バーナードの転落」
    ▷▷▷春秋に富む若者、エドワード・バーナードは裕福な家の御曹司。同じく名家出身で才媛の誉れ高いイザベラとのあいだには結婚の約束がとり交わされたばかりであった。しかし折からの経済恐慌のあおりをうけて家の事業が倒産、父は絶望のすえ自殺してしまう。すぐにでも金が必要になったエドワードは、父の友人でもあった事業家のもとで修業を積むべく遠くタヒチへと旅立つ、2年後に必ず迎えにくるとイザベラに約束して――。
    ▶▶▶帝国主義の時代の非人間的な価値観に対するアンチテーゼ。『月と六ペンス』を彷彿とさせる佳作。

    その他の作品は別記載か省略。

  • 「ジェーン」なかなか妙。
    いい味出してる。出汁。やね。

  • 冷徹な眼で書き斬る、短篇の巧手によるお宝box。語りは軽快だが深い。

  • 「月と六ペンス」で有名なモームの短編集.実は「月と六ペンス」にいたく感動したので,勢いで本書を買ってしまったのだが,いずれの短編も極めて良く(「選」なので当たり前かも),はやく下巻も読みたいところである.
    どの話も人間に対する鋭い観察,洞察が紡ぎ出す,起承転結のしっかりした,精緻な構造で,安心して読めるといった感じである.個人的なお気に入りは「エドワード・バーナードの転落」と「ジェーン」かな.

  • 行方昭夫さんの訳が美しい。
    まるで美しい音楽を聴きながら、世界を旅しているよう。
    登場人物の生き方がそれぞれ示唆的で考えさせられる。
    モームは長編も良いが、短編の方がすっきりと書かれていて面白いと思った。

  • 南島ものなど。

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著者プロフィール

モーム W. Somerset Maugham
20世紀を代表するイギリス人作家のひとり(1874-1965)。
フランスのパリに生まれる。幼くして孤児となり、イギリスの叔父のもとに育つ。
16歳でドイツのハイデルベルク大学に遊学、その後、ロンドンの聖トマス付属医学校で学ぶ。第1次世界大戦では、軍医、諜報部員として従軍。
『人間の絆』(上下)『月と六ペンス』『雨』『赤毛』ほか多数の優れた作品をのこした。

「2013年 『征服されざる者 THE UNCONQUERED / サナトリウム SANATORIUM 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

モームの作品

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