モ-ム短篇選 (下) (岩波文庫 赤 254-12)

制作 : 行方 昭夫 
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (366ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003725030

作品紹介・あらすじ

作者の後半期、六十代から七十代の短篇集に収められた作品を収録。巧みな語り口にますます磨きがかかり、人間観察にさらに深みが加わる。我々の周囲にもいそうな様々な人物が登場するが、作者の辛辣な描写の奥に意外なほど優しい眼差しが窺える十二篇。

感想・レビュー・書評

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  • どうしても「ランチ」が読みたくて下巻から。
    モームは随分長生きで、1874年から1965年まで生きたということにまず驚く。第一次世界大戦が終わった時には既に45歳、その後第二次世界大戦もあり、さらに20年も生きたんだから。その間の価値観や社会の変化というのは凄まじいものがある。両親の早世、吃音、結核、療養生活、諜報活動、世界を股にかけた旅、さらに生きている間は公に出来なかった同性愛者であるということが、社会と人の心の変化をつぶさに見てきたことと一緒になって、素晴らしい作品を生み出したのである。ニヒリズムの中にも、精一杯真摯に生きる人に対する優しさがあり、ユーモア精神もある。こういう本をたびたび読み返すことは人生の幸せである。
    「物知り博士」自体良かったが、巻末の訳者の解説で、さらに納得。「人間の意思は障害に立ち向かうことで強まる。意思が阻害されなければ、目標を達成するために努力を要しなければ、自分の手の届く範囲にあるものだけで欲望が満たされるのならば、意思は無能になる」(P162)意思が無能になった人物の晩年を描いた「ロータス・イーター」、憎しみが人を生かす。愛もまた。そんなことを考えさせる「サナトリウム」、最後まで妻の心も能力も魅力も理解できない夫を描く「大佐の奥方」、「五十女」「冬の船旅」も良かった。
    巻末の編訳者の解説がとても詳細で親切。行方さんという優れた研究者・訳者だからこそできる解説である。

  • ★★★2019年3月★★★


    実に面白い短編集だった。70代を過ぎたモームのユーモアや優しさがにじみ出た作品が多かったように思う。
    この短編集に収められた作品を列挙する。


    ・物知り博士
    ・詩人
    ・ランチ
    ・漁夫サルヴァトーレ
    ・蟻とキリギリス
    ・マウントドレイゴ卿
    ・ジゴロとジゴレット
    ・ロースター・イースター
    ・サナトリウム
    ・大佐の奥方
    ・五十女
    ・冬の船旅

    「ジゴロとジゴレット」では、命がけの演技で生計を立てる芸人夫婦を描く。金持ちの豚どもを相手に、命を懸ける。なんて事だ。「金なんてくそくらえだ」と言いつつも、最終的には舞台に上がる決断をする。
    世の中何か間違ってる、昔も今も。そんな事を考えてしまった。

    「サナトリウム」というのは結核療養所の話だが、お互いをののしりあいながら長く収容された爺さん二人がいたり、療養所内の恋があり。しかしこの物語での問いかけはいかに「死」と向き合うかだと思う。
    ラストシーンでは、ある結核患者が自らの運命を受け入れる。それまで彼は自分の運命を呪っていたのが
    「死ぬのが君じゃなくて僕でよかった」と悟るのだ。


    どの短編の深く考えさせられたり、そんな中にもクスッと笑う要素があったり。モームのストーリーは本当に面白い。物語が体の中に入ってきて、心は別の世界に行く感じがする。

  • 「物知り博士」は色んな作品で繰り返されているモームの持論(完全な善人も完全な悪人もいない、むしろ善人の悪徳や悪人の善行に興味を惹かれる的な)が、ぎゅっと凝縮されたような小品。物知り博士を揶揄される嫌われ者のいやなところをこれでもかと描写しておきながら、最後の最後に「ちょっといいやつ」と思わされる。「冬の船旅」もある意味同じ系列かな。

    「マウントドレイゴ卿」は心理分析医の話で、モームには珍しくちょっと不思議系というか悪夢的な余韻。

    「ジゴロとジゴレット」素直な男性は夫婦愛の話と受け止めるのかもしれないけれど、女性が読むとこれは「旦那の愛情を試したな」とニヤリとしますよね。旦那さんのとった行動は「正解」だったんですよ。

    「ロータス・イーター」は『月と六ペンス』や上巻の「エドワード~」と通じるテーマなのだけれど、ラストがかなりシニカルです。

    「サナトリウム」はラストの印象がモームらしからぬ(?)爽やかなハッピーエンドで、逆に何か裏があるんじゃないかと疑ってしまったけれど、とくにないらしい(笑)。

    「大佐の奥方」「五十女」は、慎ましやかな人妻が平然と夫を裏切り素知らぬふりで不倫や犯罪をおかす点で上巻の「手紙」などにも共通する、じわじわ怖い女性の話。

    総じて、個人的にはどれもオチが面白いというよりは登場人物の言動が面白かったです。

    ※収録作品
    「物知り博士」「詩人」「ランチ」「漁夫サルヴァトーレ」「蟻とキリギリス」「マウントドレイゴ卿」「ジゴロとジゴレット」「ロータス・イーター」「サナトリウム」「大佐の奥方」「五十女」「冬の船旅」

  • 「マウントドレイゴ卿」
    ▷▷▷高名な精神分析医オードリン博士は、政府の要人マウントドレイゴ卿を診察室に迎えいれた。卿は優秀な外務大臣として著名である一方、傲岸不遜な差別主義者としても知れわたっている。その横柄な態度はオードリン博士を前にしても一切変わらず、恐縮する様子など微塵も感じられない。……しかしそんな卿の口から吐露されたのは精神異常とも怪奇現象とも判別の付けがたい不思議な予知夢の告白であった。
    ▶▶▶オードリン博士、マウントドレイゴ卿、グリフィス議員の3点がつくる正三角形。構成、展開、非常に素晴らしい。傑作怪奇譚のひとつ。

    「ジゴロとジゴレット」
    ▷▷▷18mの高さから1.5mの深さしかない水槽に飛び込む……ステラはそんな危険な曲芸をなりわいとする軽業師だった。しかしある晩、それまで積もりに積もった恐怖心が爆発。夫のシドに向かって、今後二度と舞台には立たないと宣言する。それはつまり、ふたりが元の食うや食わずの生活に戻ることを意味するのだが……。
    ▶▶▶危険な曲芸で身を立てる貧しく若い夫婦。40年前彼らと同じ立場だった元軽業師の老夫婦。そして湯水のように金を浪費する特権階級にいる観客たち。以上、3つのバラバラの視点から見世物興行の裏側が描かれる。

    「ロータス・イーター」
    ▷▷▷ロンドンの銀行の支店長でありながらカプリ島の魅力にとりつかれ、ひとりそこに移り住んで(少なくとも25年間は)夢のような生活を送った男の話。
    ▶▶▶いや、だから~! 自殺するなら絶対に失敗だけはしてはいけないのだ。これは絶対に、絶対なのだ!

    「サナトリウム」
    ▷▷▷アシェンデン(モームの分身)がひととき身を寄せたサナトリウにて。同じ病魔に冒され、ひとところに閉じ込められ、死によって解放されるのを待つだけの患者たち。そんな彼らの中にも我々と同様に、憎悪が燻り、友情がそだち、恋ごころが芽生える。
    ▶▶▶その余生がどんなに短くあろうとも、ひとはそこに希望を見出すことができるということ。

    「大佐の奥方」
    ▷▷▷ジョージ・ペリグリンは退役軍人にして大地主。その妻イーヴィは化粧っ気も色気もないが何事もソツなくこなす非の付けどころのない良妻。子供のいないそんなペリグリン夫妻は地方の大きな邸で静かな生活を送っていた。そんなある日ジョージは思いもよらないトラブルに巻き込まれる。なんと、イーヴィが新進気鋭の詩人として華々しいデビューを遂げたのだ、しかも愛欲に溢れるセンセーショナルな処女作で。
    ▶▶▶非常に素晴らしい。そしてほんとに面白い。

    「冬の船旅」
    ▷▷▷ハンブルクからコロンビアを往復する長距離船に乗り込み、”女ひとり旅”を満喫しているオールドミス、リード。彼女は男ばかりの乗組員のなか紅一点、おしゃべりが上手で気が利いて皆から愛されていて、……というのは大勘違いの自己評価で、実際は乗組員からは”海に突き落としてやりたい”と思われるほどの嫌われ者だった。来るべき大晦日をなんとかミス・リードなしで楽しく過ごしたいと祈念する船医は一計を案じ、若い独身の通信係に極秘のミッションを命じる。
    ▶▶▶艶話。読んでたらミス・リードの印象がコロコロ変わる。そして最後はちょっと色っぽくなる♡

    その他の作品は別記載か省略。

  • 他人の価値観に振り回されないことを選んだ者の生き方は、周囲からは転落としか受け止められない。興味深いのはどちらに属する者もそれぞれ真善美を最重視していて、しかもそこに矛盾はないこと。

  • モームの(短編)小説の特徴は、特定の人物を中心に置くこと。
    「モームは人間の矛盾を塊としてとらえ、矛盾した面を発見し、それを暴くことに興味を持っていた。」(解説より)

  • 2021年7月期展示本です。
    最新の所在はOPACを確認してください。

    TEA-OPACへのリンクはこちら↓
    https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=BB00247669

  • 「物知り博士」「詩人」「ランチ」「漁夫サルバトーレ」
    「蟻とキリギリス」「マウントドレイゴ卿」
    「ジゴロとジゴレット」「ロータス・イーター」
    「サナトリウム」「大佐の奥方」「五十女」「冬の船旅」を収録。

    収録されているどの作品についても語りつくせそうな珠玉の短編集。
    しかも全部の作品の風合いがそれぞれ違って、
    著者の卓越した語り口に感服せざるを得ない…。
    感想があり過ぎて、逆に簡潔になるという矛盾。
    一番胸に残ったのは「ロータス・イーター」。
    意思の力について述べている所を繰り返し何度も読んでしまった。

  • 2019.12.23

    【感想】
    ユーモアのある短編集
    物知り博士本当好きだ…かっこいい…
    詩人の「theオチ」って感じも好き
    大佐の奥方が1番好きだなあ

    【好きな言葉・表現】
    「時間厳守とは知性の人には賛辞であり、愚か者には非難である」(P60)

  • (上下巻)百以上ある短篇の中から計18篇が時代順に並ぶ。(上)は読み応えのある南洋もの3篇ほか計6作品を収録。上品で控えめなゴム農園主の妻が犯した正当防衛殺人の真相を描く静かなサスペンス「手紙」が傑作。
    (下)の冒頭5篇は小気味よいショートショート風(うち4編が『コスモポリタンズ』収録)。聞かれもしない薀蓄や自慢ばかりして船内中から敬遠される男が、意外な美質を見せる「物知り博士」が特に◎。妻が不倫の恋を題材にした詩集を出して一躍有名になり、それまで彼女を面白味のない女だと軽く見ていた夫が大いに狼狽える「大佐の奥方」も非常に痛烈で面白かった。自信家の大佐に「本のお陰で、おれは馬鹿に見えるんだ!」と地団太踏ませるモームの意地の悪さよ。

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