お菓子とビール (岩波文庫)

著者 :
制作 : 行方 昭夫 
  • 岩波書店
3.92
  • (17)
  • (28)
  • (14)
  • (1)
  • (2)
本棚登録 : 257
レビュー : 27
  • Amazon.co.jp ・本 (333ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003725054

作品紹介・あらすじ

亡くなった文豪の伝記執筆を託された友人から、文豪の無名時代の情報提供を依頼された語り手の頭に蘇る、文豪と、そしてその最初の妻と過ごした日々の楽しい思い出…。『人間の絆』『月と六ペンス』と並ぶモーム(一八七四‐一九六五)円熟期の代表作。一九三〇年刊。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • ★★★

    中年作家のアシェンデンは作家友人のロイ・キアからの伝言を受ける。
    ロイは先日亡くなった作家の巨匠、テッド・ドリッフィールドの伝記を引き受けていたが、後半生しか知らない。
    そのためドリッフィールドの若い頃を知っているアシェンデンから情報を欲しがっていた。

    連絡を受けたアシェンデンは、ドリッフィールドとの交流を回想する。
    アシェンデンがドリッフィールドと知り合ったのはまだ彼が学生の時。ドリッフィールドがまだ最初の妻ロウジーといた頃だ。
    ロウジーはドリッフィールドを知る者たちからは評判が悪い。身分が低く浮気症で飾らず、ついにはドリッフィールドを捨てて別の男と駆け落ちした女。
    ロウジーと別れたドリッフィールドは、芸術界の後見人にして社交界への仲介役ミセス・バートン・トラフォードにより作家としての地位を得て、高齢になったことにより巨匠に格上げされた。
    二度目の妻のエイミは、ドリッフィールドが生きているときは田舎に隠居した巨匠を完璧に演出し、死後は巨匠の未亡人として完璧を装う。

    でもドリッフィールドだって低層階級出の元水夫、風呂に入らなかったりパブで労働者と飲んだくれたり、家賃や家具の代金を踏み倒して夜逃げして自分の起こした騒ぎを聞いて大笑いするのが本質だ。
    だから”巨匠”となった後でも彼が書く作品では社交界の人間より市井の人間の方が生き生きしているではないか。

    だがそんな話はドリッフィールドの”巨匠”としての姿だけを求める人々は聞きたくないだろう。
    だからアシェンデンは1人で回想する。
    美しく魅力的な女性とその夫との思い出、不道徳で解放的で傷つきもしたが楽しかった日々、そしてとびきりの秘密を。

    ★★★

    モームは「月と六ペンス」と、短編集を読んだことがありましたが辛辣で突き放した印象があったのですが、
    こちらは辛辣さや皮肉さの底にユーモアと愛嬌がありました。
    したたかな社交界での上っ面と本音、甘く苦い青春の思い出、人生の愉しみ、映像が頭にすんなり浮かぶような流れる物語です。

    最近ヘンリー・ジェイムスを読んだのですが、サマセット・モームとは同じ社交界に所属していたのか、「ヘンリー・ジェイムスならこう言うだろう」なんて出ていたので確認。モーム1874年生まれ、ヘンリー・ジェイムス1843年生まれ、モームのいた頃の社交界ではヘンリー・ジェイムスは真面目で堅物な伝説的(今風にいうとネタ的?)存在だったのだろうか。
    ヘンリー・ジェイムスは幻想譚の中でも直接的な風刺を施し、モームはオブラートで幾重にも包みながらも非常に辛辣。
    本作の登場人物に対しても、ロイは「人当たりが良くて謙虚、誰にどうふるまえばいいかを察して、自分を批判する相手にも誠意を見せ、社交界で作家界で認められてきた」などと褒めつつ、
    【仲間の小説家が世間の評判になっている場合、その作家にロイほど心からの愛想良さを示すものはいない。だが、その作家が怠惰や失敗の成功などのせいで落ち目になった場合、ロイほど手の平を返すようにつれなくできるものもいない】
    【物言いは気が利いくものでもないし、機知に機知に富むものでもない】
    【あんな僅かな才能であれだけ高い地位を得た作家は私の同年代には見当たらないと思う】とまで言ってるんだが、あまりに作者の筆が進むので、皮肉ではあっても嫌味ではない、むしろ褒めてるのか?とさえ思える。
    小説の描きだしは
    【留守をしているときに電話があり、ご帰宅後お電話ください、大事な要件なのですという伝言があった場合、大事なのは先方の事で、こちらにとってではないことが多い。贈り物をするとか、親切な行為をしようという場合だと、人はあまり焦らないものらしい】
    と始まるのだが、ロイが掛けてくる電話ならどうせそっちにだけの大切な要件だろうな~と思う人物だ。

    ドリッフィールドに対しても、無邪気な面を持つ彼に親しみを感じながらも、【彼は一つの情念を味わい尽くした後は、その情念を起こさせた人にもう関心を抱かないと思うからです彼は強烈な感情と極端な冷淡さを持ち合わせた特殊な人でした】と冷静な目線も持つ。

    こんな作者がただ愛おしさを語るのがロウジーに対してだ。
    ドリッフィールドと楽しい日々を送りながらもあらゆる男と関係し、作家の妻として振る舞おうとしない、輝く肌と魅惑の笑顔を持つ女性。
    【彼女はごく素朴な女でした、彼女の本能は健康的で純真なのもでした。人を幸福にするのが大好きでした。愛を愛したのです】
    【彼女は欲情を刺激する女ではなかったのです。誰もが彼女に愛情を抱いてしまいます。彼女に嫉妬を感じるのは愚かなことです。たとえてみれば、林間にある澄んだ池でしょうか。飛び込むと最高の気分になります。その池に浮浪者やジプシーや森番が自分より先に飛び込んだとしても、少しも変わらず澄んでいるし、冷たいのです】

    語り手が作家の為、ところどころに作者の実体験や考えがそのまま述べられていると思われるところも。
    P216で作者が作家にとって一人称で書くこととは、という考えが語られている。
    初めの考えは【自分の愛想の良い所とか、いじらしい所などを書くならこの手法で結構である。(中略)しかし、自分の間抜けな姿をさらす場合には、あまり具合の良い手法とは言えない】と書く。
    しかしある作家に小説における第一人称を否定され、その真意を考え、色々な小説論を読み結局作者なりの考えを述べる。
    【人は年齢を重ねるにつれ、人間の複雑さ、矛盾、不合理をますます意識するようになるものだ。これこそ中年か初老の作家がもっと重要な事柄を思考するのでなく、架空の人物の些細な関心事を書くことに熱中する唯一の弁解である。(中略)小説家は時に自分を神のように思って、作中人物についてあらゆることを述べようという気になることもある。また、時にはそういう気にならないこともある。後者の場合、作者は作中人物について知るべきすべてでなく、作者が知っていることだけを述べることになる。人は年と共にますます神とは違うと感じるものだから、作者が彼と共に自分の経験から知ったこと以外は書かなくなると知っても僕は驚かない、第一人称はこの限られた目的にきわめて有効なのである】

    • 日曜日さん
      この小説、素晴らしいですよね!モームの中で一番好きです。最後の最後に自分だけに素敵な秘密を教えてもらったと言う感じ、最高の読後感を思い出しま...
      この小説、素晴らしいですよね!モームの中で一番好きです。最後の最後に自分だけに素敵な秘密を教えてもらったと言う感じ、最高の読後感を思い出しました。
      2018/08/20
  • これも談話室で教えていただいたもので引用タイトルなんですが、お菓子とビール、という組み合わせに妙なインパクトがあって気になったので初めてモームを読んでみました。原題は「Cakes And Ale」シェイクスピアの『十二夜』からの引用だそうですが、要は甘いものとお酒、どっちも人生をハッピーにしてくれる嗜好品、転じて「人生の愉楽」といったような意味合いの慣用句(?)のようです。良いタイトルだなあ。

    主人公はモーム自身を思わせる作家のウィリアム・アシェンデン。亡くなった文豪エドワード・ドリッフィールドの伝記をその後妻の未亡人から依頼された友人の作家アルロイ・キアから、かつてのドリッフィールドとの交流について資料提供を求められたアシェンデンが、文豪とその最初の妻ロウジーについて回想する。

    ほとんどが回想なので、物語自体は非常に淡々としていて、大きな山場やハラハラドキドキがあるわけではないのだけれど、にもかかわらずこれがなんとも面白い!軽妙な語り口で、肩の力が抜けている感じがなんとも心地よく、そしてどのキャラクターも、一癖あるけれど魅力的で憎めない。

    登場人物にはほとんどモデルがいたようで、ドリッフィールドのモデルと目されたトマス・ハーディを侮辱しているなどと当時は問題になったりもしたそうですが、読んでいる限り、テッドはとても魅力的な人物だし、侮辱どころか主人公はとてもテッドを敬愛していたのだろうなと伝わってきます。アルロイ・キアにしてもしかりで、多少揶揄していたとしても結局キライになれないんだろうなという感じだったし。

    そして何より魅力的だったのはロウジー。娼婦と聖母と少女がいっしょくたになったような女性で、誰もが彼女に恋してしまう気持ちがとてもよくわかる。彼女の言動をふしだらで自己中と言ってしまえばそれまでだけれど、彼女に振り回された男たちは基本的に誰も彼女を恨んでおらず、どころか、彼女の存在こそが「お菓子とビール」であり、そして彼女が人生に求めたものもそれだけだったのでしょう。彼女にもモデルがいて、同性愛者だったモームが唯一心から愛した女性だったと言われているそうですが、この本を読むと、ほんとに大好きだったんだなあって伝わってきてほほえましくなります。

    ロウジーの人生自体はある意味波乱万丈だけれど物語の主題はそこではないので、何か大事件が起こるわけではないのだけれど、読み終わったときにしみじみ、なんか良かったなあ、と思い、良い本を読むって幸福だなあ、とじわじわ思わされる不思議な小説でした。

    • 日曜日さん
      こんばんは!談話室の質問の答え(「ねじの回転」の件)にコメントをありがとうございました。
      こちらをお訪ねしましたらベスト3に私の大好きな「...
      こんばんは!談話室の質問の答え(「ねじの回転」の件)にコメントをありがとうございました。
      こちらをお訪ねしましたらベスト3に私の大好きな「お菓子と麦酒」が入っていて感激しました。最後の最後が素晴らしい小説ですよね! yamaitsu様の本棚、素敵に面白そうな本がたくさん並んでいますね。また拝見させてください。
      2017/03/24
    • yamaitsuさん
      日曜日さん、こんにちは(^^)/
      モームはこの本で初めて読んだのですが、あまりにも面白くてしばらくブームでした。
      「ねじの回転」も大好き...
      日曜日さん、こんにちは(^^)/
      モームはこの本で初めて読んだのですが、あまりにも面白くてしばらくブームでした。
      「ねじの回転」も大好きなので、日曜日さんおすすめのほうの翻訳でいつか再チャレンジしたいです!
      2017/03/27
  • 人間くさく、でも綺麗な小説だなーという印象。
    一本の良い映画を見た後みたいな読後感。

    年配の小説家の男の記憶を通して、
    奔放で魅力的な女性ロウジーを描いた作品。
    このロウジーは、著者モームが人生で最も愛したとされる女性をモデルとしている。

    欠陥も多く、思い通りにならないロウジーとの思い出が、
    主人公にとって、モームにとって、
    そして彼女を愛した他の男たちにとっての
    「CAKES AND ALES」(=人生の愉悦、つまり人生のすばらしいところ)だったという。

    叶わなかったけど、散々だったけど、
    それでも大好きだった人との思い出を
    心の片隅に持ってる読者は、
    切なくても悪くないなあ、人生味があるなあ、なんて思うんじゃないのかな。

    主人公の抱くノスタルジーを通し、
    過ぎていく人生というものを素敵に思わせてくれる、ある意味での前向きさが、
    この小説を好きだなあと思った理由なのかも。

    100年前も今も、人間って変わらないんだなって感じます。
    奔放で自由な人たちの魅力も。
    初めてのモームだったけれど、他の作品も読んでみたくなった。

    主人公の皮肉屋な性格から飛び出す文壇界への批判や、
    イギリスの階級社会の様子も目に止まって興味深い。

    本の中盤までは退屈だと感じて、中々頁が進まなかったので、
    忍耐して読んでください。
    途中から急におもしろくなります!



    P.232
    「わたし、あなたを楽しくさせてあげるでしょ?わたしといて幸福じゃあないの?」

    「すごく幸福さ」

    「だったらいいじゃない。
    いらいらしたり嫉妬したりするなんて愚かしいわ。今あるもので満足すればいいじゃない。
    そう出来る間に楽しみなさいな。
    百年もすれば皆死んでしまうのよ。」

  • 朝起きて、さあ続きを読もう!と思ったところで昨日読み終わっていたことを思い出してがっかりした。それくらい面白かった。語り手の少年時代のみずみずしい思い出と現在の皮肉な視点の混ぜ具合が巧み。甘いお菓子としょっぱいお菓子を交互に食べるようなもので、飽きないし両パートがいっそう引き立って感じられた。

    話の本線とは別に、19世紀末のイギリスの階級意識、上流階級の社交界の雰囲気を垣間見られる点、語り手の展開する文学論議も興味深い。トラフォード夫人のいやらしいことといったら! 彼女のような人をフィクサーと呼ぶのかもしれないけれど。

  • モームは最近の新訳ブームか、文庫本が出るとせっせと読んでましたが、この作品が一番面白かったです。
    モーム自身を思わせる主人公、作家や批評家への鋭い皮肉、故郷に対する懐かしさと失望、憧れの女性との体験と別れ…全てが流れるように書かれていて、読むことの楽しさを実感させてくれます。
    やはりモームが生涯唯一愛した女性がモデルといわれるヒロイン、ロウジーが魅力的ですね。男性なら一度は恋したいと思うだろうし、女性なら一度はロウジーのように生きてみたいと思うはず。
    主人公とロウジーの初めての夜はロマンチックでした。たぶん理想的な童貞の捨て方じゃないでしょうかw

  • 2014 4/20読了。Amazonで購入。
    『月と六ペンス』が好きだったのでモームをいくつか買ってみたうちの一冊。
    作家の主人公が、亡くなった古い知人の作家について、伝記を書こうというその未亡人と別の作家から資料の提供を求められることからよみがえる、知人作家の未亡人の思い出の話とか。
    実生活は割りと普通だった知人作家が偉大な文学者として崇められていることや、多くの人から好かれる快活なその前妻がすっかり貶められていることのギャップとかが、全然深刻じゃない感じで描かれる。
    『月と六ペンス』同様に主人公は作家だけれど、こちらは知人作家の前妻(ロワジー)との関係の当事者になっていたりして、扱いはだいぶ違う。

    作家論的な軽口/箴言とかも入ってきたり、気軽に楽しめる感じが良い。

  • 初読

    序盤のロイへの公平な辛辣さを持った描写を楽しんだ後は
    暫く気がノラないのだけど、中盤以降、俄然面白く一気読み。

    移り変わる時代、社会、人間の心。
    が交差する構成でより浮き彫りになる。

    ロウジーのなんという魅力。
    こういう女性をこういう風に見て愛する事の出来る、
    男、作家、モームのなんというロマンティック。
    ルノワールが描いたようなたっぷりとした情感の、しかも儚げな女性が目に浮かぶ。
    生き生きとした輝くような冒険の季節の思い出をかつて共有した友にウインクし
    1人でバーで飲みながら愛する人生に思いを馳せる。

    お菓子とビール。CAKES AND ALE を愛する人生。
    甘くて苦い。

    これわかって書いちゃうんだ、作家って変な生き物ね、
    な子供を失った後のロウジーの行動。
    私自身とはなんら重なる事の無いはずなのに
    わ、わかる………!と首がもげそうになりました。

  • とにかくモームが好きなもん好きはもんで。文学やら芸術やらで[好き]とか[嫌い]なんて言い出しちゃったらもうその時点で【評価】する立場ではないしレビュー描く事すら意味がない。
    どう転んでも[好き]なもんは好きでしゃーないのだから!そういう作家を個人的に何人かはいて良い。好きか嫌いかしかないのは無知の偏りとは分かっているが

  • ロウジーの言葉「あるがままの私を受け入れるのよ」
    この言葉が主人公を救い自由にした。人生の愉悦を緻密な物語に落とし込む技量は天才の成せる技だと思う。長い年月生き残ってきた、価値のある一冊。再読の価値あり。

  • 作家の主人公が、故人でかつて親しくしていた文豪の伝記執筆の依頼をきっかけに、その文豪と周辺の人々について主人公が思い出しながら語る。
    人物の描写が繊細。比喩で表現した部分が気に入った。特に、ミセス・ドリッフィールドについて「譬えてみれば、林間にある澄んだ池でしょうか」(pp.283-284)が印象的だった。

全27件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

モーム W. Somerset Maugham
20世紀を代表するイギリス人作家のひとり(1874-1965)。
フランスのパリに生まれる。幼くして孤児となり、イギリスの叔父のもとに育つ。
16歳でドイツのハイデルベルク大学に遊学、その後、ロンドンの聖トマス付属医学校で学ぶ。第1次世界大戦では、軍医、諜報部員として従軍。
『人間の絆』(上下)『月と六ペンス』『雨』『赤毛』ほか多数の優れた作品をのこした。

「2013年 『征服されざる者 THE UNCONQUERED / サナトリウム SANATORIUM』 で使われていた紹介文から引用しています。」

モームの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ヴィクトール・E...
J・モーティマー...
ミヒャエル・エン...
サン=テグジュペ...
三浦 しをん
有効な右矢印 無効な右矢印

お菓子とビール (岩波文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする