心変わり (岩波文庫)

制作 : 清水 徹 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 141
レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (482ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003750612

作品紹介・あらすじ

早朝、汽車に乗り込んだ「きみ」はローマに住む愛人とパリで同棲する決意をしていた。「きみ」の内面はローマを背景とした愛の歓びに彩られていたが、旅の疲労とともに…。一九五〇年代の文壇に二人称の語りで颯爽と登場したフランス小説。ルノードー賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • ようやく読了。いまのところヌーウ゛ォー・ロマンのひとつとして位置づけられており、名高い小説だ。

    主観をそのままに表すリアリスムのために、主人公は常に「きみ」(vous)で語られる。

    そのことも確かに風変わりだが、僕はこの小説が、全て列車のなかで主人公の想起するところによって語られていることに着目したい。列車の、三等の客室という狭い場所、移動する場所、揺れ動く場所だからこそ成立する仕組みによって成り立っているのが、この小説なのだから。

    心変わりにおける時系列の乱れ(という言葉でとりあえず説明させてもらうならば)が起因するのは、その語り手の認識、意識により物語が語られるということである。語り手としての主人公は列車の客室のなかで、過去の記憶、目の前の客のこと、ローマあるいはパリでの出来事の予測、そして全てを包括する夢・・・というように、思考を巡らせる。これは「きみ」という語り口もさることながら、列車という地理的な移動形式、またコンパートメントという、常に定まった人間が向かい側、あるいは隣にいる、そのために他のことを考えながらでもついつい思考が目の前の、お馴染みの観察相手に向かってしまうという状況、そのことに大きく原因がある。

    また、アエネーイスに端を発する夢のなかでは、主人公は幾度も、覚めたり夢に入ったりを繰り返す。これは意識の覚醒と沈滞ということだが、それはそのままに、列車の揺れのせいだと言える。揺れ動く電車のなかで寝入ったときの、あの半分まで現実におり、半分まで夢に足を踏み入れたままの状態だ。

    そして個人的に新しく勉強になったのは、アウグスティヌスがまとめたところの、ローマ汎神が行為それぞれに付されるということである。作中では男女が性行為に至り、身篭るまでがなんと、神の名において説明されるのである。これは驚きであった。

  • 一人称より内面的になるのに気付いた

  • Nouveau roman と呼ばれる小説が時代と巧みな連関をもって現れた頃を私は知らない。
    進む列車に乗り込んだ主人公の心の変異が時間軸を巧妙に操りながら構成されている小説。

  • 二人称の特性に彩られてローマ=パリの往復を重層的に描き上げた一章の構造は素晴らしいの一言。三章からの混乱の伏線もここにある。

  • ちょっと思い込みの激しい四十路オヤジになって恋人に逢うつもりで長い列車の旅にゆられる。主人公が好きではないのに、列車と雨とパリとローマの記憶が透明感があって美しい。意外と読みやすくて、疲れない。

  • 電車に乗るとただ前に進むのではなく、進んでは戻るようなゆるやかな振動を感じることができる。その揺れのように想いは過去に未来に現在にゆったりと揺れる。目的地は定住の地であるのかはたまた単なる享楽の地であるのか。目新しい楽しみを見つけた時から馴染み深く退屈で穏やかな生活は陳腐化され、新しい楽しみを邪魔する憎しみの対象となる。物事はそのまま存在するだけだ。必要以上に意味づけているのは彼自身なのに。変わったのは彼なのに。
    彼の「心変わり」それは結局、他人を巻き込んでいるだけで実際のところ深く人とぶつかることも思いやることもなく彼の内部だけで勝手な理屈で完結する。つまり彼自身が「汽車」であり「乗客」であり他者は彼にとっては通過駅のひとつである。たまに乗客になってもそれは旅を共にする「仲間」ではないのだ。ゆえに他者の痛みを知ることもない。
    私たちはひとりひとり乗客ではある。でも単に乗り合わせた行きずりの人であっても心通わせ、ときには一緒に旅をする仲間になる。なのに彼にはそれがない。彼がもっているのはプライド、他者を物のように扱う人間味のない気持ち、そして孤独だけだ。

  • 「きみ」という言葉で主人公は誰かによってかたられる。
    二人称が我々読者の主人公へのなりきりを気持ちよくふせぎながら、
    傍観者としてのじれったい位置へとどめようとする。

  • この小説はモダニズム文学の「意識の流れ」「内的独白」の手法を二人称形式で採用することに成功した心理小説であり、不倫の姦通小説でもあり、紀行文学のはての観光者による都市小説であり、芸術や文化をめぐる教養小説であり、都市から都市へと移動する列車の車室を扱った鉄道文学でもある。上に挙げた諸領域のどれでもあって、そのうちのどれかに収まるものでもない。
     創造(クレアシオン)という言葉よりも労作(エラボラシオン)という言葉を好むこの作者は読む者に、すでに築かれている文化体系への参照を強いる。一冊の本は無数の過去の本との照応関係を約束する。ビュトールにとって世界とはいわば図書館のようなものであって、読むということがすでに批評的な言説にならざるを得ないのは、世界のあらわれを無数の連続体(セリー)のなす網目(レゾー)と考える態度にほかならない。われわれの世界は目に見えない意味が無数に溢れている。だから一冊の書物のなかに無数の書物が存在している。このことは紋中紋という形式のもつこの作品の意味である。
     ところで、題名通りの帰結に主人公がいたるのはさしたる問題ではない。主人公の意識の機構に独自性は与えられていない。むしろ、誰の意識にも占めているはずの情報としての世界とその秩序がいかなる綾をなすのかを追究することがビュトールの目的である。日常がいかに唖の世界として成立しているということを知らせてくれる小説である。

    【鍵語】
    車室 コンパートメント Compartiment 長距離列車 夜行列車 旅 旅行 移動 紀行 ローマ パリ キリスト教 ローマ・カトリック 異教 ヴェルギリウス アエネーイス 地獄下り 越境 鉄道 鉄道文学 部屋 密室 模様替え 知識 二人称 Vous 推理小説 誰何 あなた きみ 距離 合い間 間 どこでもない 場所 空間 心理 映像 カメラアイ 映写室 風景 車窓 記憶 意識的記憶 記録 過去 現在 未来 現象学 時間 都市 全体と部分(細部) 語り手 通過 駅 二等車 三等車 疲労 眠り 夢 パンニーニ ピラネージ マックスウェルの悪魔 仕切り 分室 熱分子 温度差 温度 古典力学 裂け目 亀裂 エネルギーとエントロピー 差異 反復 熱死 情報力学 情報理論 冗長性 リダンダンシー 地図 地図衝動 旅程 時間割 時刻表 カタログ 旅程 もののやり方 ダブル・バインド 永久機関 見えない都市 バロック 博物館 体系 目録 眺望画 画中画 紋中紋 パノラマ 共有すること   

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