失われた時を求めて(1)――スワン家のほうへI (岩波文庫)

  • 岩波書店
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本棚登録 : 944
レビュー : 37
  • Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003751091

作品紹介・あらすじ

ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん全身につたわる歓びの戦慄-記憶の水中花が開き浮かびあがる、サンザシの香り、鐘の音、コンブレーでの幼い日々。重層する世界の奥へいざなう、精確清新な訳文。プルーストが目にした当時の図版を多数収録。

感想・レビュー・書評

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  • 各巻の表紙のデッサン……この存在感と愛らしさは一体なんなの? と思っていたら、なんとマルセル・プルースト(1871年~1922年 フランス)の「いたずら書き」。友人の手紙の片隅や本作の草稿帳に残されていたもので、手すさびに書いたのかな? これがいたく気にいった私は、もうなにも考えずこの版で読んでみることに。やれ今どき14巻もの本を最後まで読み通す人が果たしてどのくらいいるのかいな? ぶつぶつ言いながら読みはじめた……いやはや、これがおもしろい!!

    吉川氏の流れるような、忍耐強い翻訳には舌をまきます。本文の見開きに注釈も配置されて、か・な・り読みやすい。この手の本になると、通常は末尾にある注釈を頻繁に訪ね求める必要がありますが、なにせ失われた時を探し求めるだけで精一杯の私は、いちいち巻末ページを探し求めるなんてとてもやってられません。この「割り注」でなければきっと挫折していたかも。しかもそこには古典作品、絵画、彫刻、建築物といった珠玉の資料が掲載されている、さながら図鑑や美術図録の様相。1900年代当時の地図もあって至れり尽くせり、ここまで気のきく本はなかなかお目にかかれません。おかげで溢れだすプルーストのおしゃべりに楽しくついていけます! 読書の醍醐味はたくさんあるけれど、なんといっても繋がっていくわくわくとした高揚感は最高ですね♪
    では本作の全巻構成です。

    1編 スワン家のほうへ(№1~№2)
    2編 花咲く乙女たちのかげに(№3~№4)
    3編 ゲルマントのほう(№5~№7)
    4編 ソドムとゴモラ(№8~№9)
    5編 囚われの女(№10~№11)
    6編 消え去ったアルベルチーヌ(№12)
    7編 見出された時(№13~№14(最終巻は夏ごろ出版予定、頑張って!):全14巻)

    さて語り手の「私」には、名前が与えられていません。でも彼の背後には、程よい距離を保ちながら作者プルーストが伴走しています。それはそれは爽快な走りで、バルザックやスタンダールのような圧倒的な筆力、その饒舌さにただただ呆れる(笑)。おまけにユーモアや諧ぎゃくに溢れていて可笑しい。人間に対する観察眼は鋭く、おそろしいほど冷静な心理分析や認知は、ブロッホの『夢遊の人々』を彷彿とさせますね。そういえばカフカもふくめて、さすが同時代の作家たちです。「夢想と現実の乖離」というのは本作の、あるいはその時代の大きなテーマでもあるのでしょうか。

    第1編「スワン家のほうへ」は、「私」が少年時代を過ごした架空の田舎町「コンブレー」を中心に、1883年~1892年ころの時代を描いています。「私」が回想しながら始まる物語は、ふとフォークナーの一連の物語の始まりを思い起こさせます。プルーストがフォークナーに与えたインスピレーションは、のちに海をわたり、時を超え、大江健三郎しかり、G・マルケス、バルガス=リョサ……松明の火のように世界中の才気の筆に広がり引き継がれていきます。すごいなぁ~。

    「なにげなく紅茶を一さじすくって唇にはこんだが、そのなかに柔らかくなったひとかけらのマドレーヌがまじっていた。ところがおかしのかけらのまじった一口が口蓋に触れたとたん、私は身震いし、内部で尋常ならざることがおこっているのに気づいた。えもいわれぬ快感が私のなかに入り込み、それだけがぽつんと存在して原因はわからない。その快感のおかげでたちまち私には人生の有為転変などどうでもよくなり、人生の災禍も無害なものに感じられ……」

    有名な紅茶とマドレーヌの描写は可愛らしくてうっとりします。何かの拍子に、人の五感に触れた一瞬間、多幸感は突然降ってくる。それが偶然なのかどうかはわからないけれど。少年の「私」の驚きと困惑と感動が目に映るようで微笑ましい。

    とりわけ五感の鋭いプルーストは、「匂いと風味」が永続性のあるものとして絶賛しています。確かにある種の味や匂いに出会うと、思い出深いワンシーンや懐かしい記憶が鮮明によみがえってきますものね。

    プルーストの描写はかなり修飾過剰です。しかも一つの事柄に次々に連想される事柄と修飾が連なって、さながら想像の芋づるですね。直喩や隠喩の比喩表現もすこぶる多い。それでも鼻についてうんざりしないのは、おそらく徹底したクールな観察と怜悧な分析に裏付けられたリアリズムを基調にしていて、多くの人々の普遍的な五感に寄り添うからでしょう。それらがあらゆる色合いを帯びた夢や幻想や妄想と融合して、より意味深長なものになっていきます。

    表紙のデッサンにくわえて、そのタイトルにも興味津々の私は、さっそくヒントになりそうなくだりがいくつか文中に光っているのを発見して喜んでいます。そのうちのひとつ、たとえばこんな感じです。

    「私はケルトの信仰がじつに理にかなっていると思う。それによると、亡くなった人の魂は動物とか植物とか無生物とか、なんらかの下等な存在のなかに囚われの身となり、われわれは事実上、失われている。ところが多くの人には決して巡ってこないのだが、ある日、木のそばを通りかかったりして、魂を閉じ込めている事物にふれると、魂は身ぶるいし、われわれを呼ぶ。そしてそれとわかるやいなや、魔法が解ける。かくしてわれわれが解放した魂は死を乗りこえ、再度われわれとともに生きるというのだ。われわれの過去も、それと同じである…」

    死をのりこえて永遠に生きる、「時」に囚われることなく、しなやかに過去をへめぐり、五感を駆使してそれらを鮮やかに蘇らせていくプルースト。そんな美しい詩情と軽やかな「私」の旅にしばらく同行してみようと思います。はたして最後までいけるかな? わくわくします(^^♪

    ***
    「時よ止まれ!
     おまえは美しい」 
            ゲーテ『ファウスト』

  • 読むのはもう何度目になるのかよく覚えていない「失われた時を求めて」の第1巻です。光文社文庫の方の感想にも書きましたが、「失われた時を求めて」がとかく難解な印象を持たれがちなのはこの第1巻の一見取り留めのない描写が原因なのではないかと思います。一度読んだだけでは捉えがたいのですが、通して読むと脈絡のないエピソードに見えるものが、大きなひとつの物語になっているのが分かります。

    この第1巻は、後に重要なテーマとしてクローズアップされる主題がすべて出てきています。それでいて子ども時代のノスタルジックな思い出が語られていて、語り手とは生まれた時代も国も違うのに、まるで自分の少年時代を語られているかのような錯覚を覚えてしまうのはプルーストの魔法としか言いようがないですね。

    私が特に好きなのが、幼い語り手が母親からおやすみのキスをしてもらえるかどうか不安でいても立ってもいられなくなって、拙い策を弄するシーンです。
    後の巻で語り手が経験する恋愛は、その全てがこのシーンでの母と息子のやりとりの拡大した再現とも言えるものです。ただ、語り手の想いが報われるのは結局一番最初の母親だけで、その意味ではここが唯一の幸福な「恋愛」描写になります。その後の語り手を考えると切なくなりますね。
    (これは受け売りですが)この母と息子の関係が疑似恋愛なのは、母親が読み聞かせるジョルジュ・サンドの「フランソワ・ル・シャンピ」が、義理の母親と息子の恋愛物語であることに端的に表れています。母が小説の恋愛描写を飛ばして読み進めるのは、それが性的な描写だからではなく、自分と息子との関係を重ね合わせているからです。

    それにしても、「失われた時を求めて」は何度読んでも新しい発見がありますね。

  • 再びプルーストの『失われた時を求めて』の扉を開きました。

    私が最初に読み通した翻訳は集英社の鈴木道彦訳で、この翻訳はそれまでの井上究一郎訳に比べわかりやすく、『失われた時を求めて』を的確で印象的に伝えてくれる翻訳として、今後これ以上のものはないと思っていました。

    ところが昨年、光文社古典新訳文庫から高遠弘美訳、岩波文庫から吉川一義訳が相次いで出版されました。高遠訳はちらっと立ち読み程度での判断ですが、わかりやすいけどやはり鈴木訳の印象的な文章には及ばないと思い読むまでには至らなかったのですが、吉川訳は岩波文庫ということもあり、この本を書店で手に取ったとき受けたとても繊細で"素敵な本"のようなイメージから、読まなくても手元においておくことにました。

    その後、保苅瑞穂先生の『プルースト読書の喜び』を読んだことがきっかけで、再び『失われた時をもとめて』の扉をポルシェ911がそうであるように最新のものが最良という思いもあって、最新の吉川訳で開けることになりました。

    読み始めて、すぐに体が震えてくるような感動を覚えました。文章がすごく滑らかで言葉が体にすっと滲み込んでくるようで、『失われた時を求めて』がとても近くに手に届くものとして感じられたからです。鈴木訳のような印象深い翻訳ではないのですが、流れるような文章がそう感じさせてくれました。だから鈴木訳ではプルーストのイメージを構築するのに時間を要することがあった『失われた時を求めて』を一巻だけですが数日のうちに読み終えることができました。また、註が本文のなかに設けられており、絵や画が豊富なのも『失われた時を求めて』の世界を認識し易くなっています。

    さらにこの吉川訳は原文に忠実になるためにプルーストが思い描いた言葉の印象や、読者が文章を辿りイメージする順序を正確に再現してくれているということで、原文を手にすることができない読者にとっては、『失われた時を求めて』の世界により近付ける翻訳です。

    これから長い時間を要し『失われた時を求めて』をプルーストが託した文章、言葉をゆっくりと胸に刻み込み味わいながら再び読み進めていこうと思っていますが、その思いに応えてくれる大切な一冊となりました。

  • 日常を非日常的なものに昇華させる最上の比喩と情景描写。

    ーー小さな音が窓ガラスにして、なにか当たった気配がしたが、つづいて、ばらばらと軽く、まるで砂粒が上の窓から落ちてきたのかと思うと、やがて落下は広がり、ならされ、一定のリズムを帯びて、流れ出し、よく響く音楽となり、数えきれない粒があたり一面をおおうと、それは雨だった。

    上記は一例に過ぎないが、これほど豊かな「雨」を、「雨の音」を見たことがない。
    この文体は真似をしようとしてもできない、自分にはその感受性は今のところない、という絶望を味わった。

    あいにく詩やその他芸術的なものへの造詣が浅いために何度か挫折しかけたが、彼が綴る文字の表面を撫でるだけでも心に訴えかける何かがあった。

  • 公刊されている翻訳がいくつかあり、入手しやすいのは集英社文庫の鈴木道彦訳、光文社古典新訳文庫の高遠弘美訳、そして本書の吉川一義訳。立ち読みで読み比べて選んだこの岩波文庫版は大正解であった。原文は知らないが、プルーストの思考の過程=叙述の流れを忠実かつ意味明瞭に日本語化していると明言できる。翻訳の傑作である。

    そして小説自体もまた、当然のように名作。19世紀以前と20世紀以後の分水嶺にある小説としてとても感慨深い。自然描写など、リアリズムでありながらなお最高度の思弁性を備えた文章は20世紀の幕開けに相応しい。

    卑近な出来事から文学、美術、音楽まで広範囲に繰り広げられるプルーストの「思い」は、常に自分自身と繋がっているから、すべてが、どこまでも美しい。それらの源泉となっているのは、モノ・コトに宿る(むしろ宿らせる)記憶。人が記憶に生きるときのリアルこそ、本書を読む愉しみではないか。

  • もしも20代の頃この本をてにしたら、何だかさっぱりわからなくて途中で投げちゃったと思う。年をとることも悪い事ばかりじゃない。
    これと言ったストーリーがある訳じゃなく、主人公が思いをつらつら語ってるだけでなので正直疲れる。それでも主人公の感性が鋭いせいか案外面白い。

    この巻は主人公がⅠでは幼少期、Ⅱでは思春期と思われる。どちらも母方の祖父母の家で長期休暇を過ごした思い出を綴っているが‥‥
    まあああ暇な事❗️
    飲んだり食べたりすることと散歩に行くくらいしかする事がなく、散歩のルートが2つあって、それが「スワン家のほう」と「ゲルトムントのほう」。この2つの言葉は何かを象徴しているのだろうけど、現段階ではよくわからない。
    今後が楽しみ。

  • 時流から遅れがちなある貴族の家の出来事。世界最長の小説。読めるが、果たして最後まで読んだ方がいいのか…時間が溶ける…

  • 子どもの世界の豊穣さがこの巻では描かれている。母とのキスをめぐる複雑な感情、ブロックとの友情、読書論、俳優のランク付け、恋愛への憧れ、物事がうまくいかないことへの苛立ち、、、。

    なにより、かのマドレーヌと紅茶に象徴される五感に訴えかける描写は素晴らしい。
    また、諧謔と皮肉る精神(特に女中フランソワーズをめぐって)やサディズムの描写も意外性があってよい。

    さいごに、訳者後書きを読んで、天啓とも言うべき訳行の経緯に、泣けてしまう。最後まで心して読もう。

  • https://ameqlist.com/sfp/proust.htm
    全人名・地名・作品名を網羅した総索引付き
    https://www.iwanami.co.jp/news/n32571.html

  • 今年中に全部読み終わりたいな。
    描写が繊細でとても美しくハッとさせられるんだけれど、これを読むには現代は刺激が多すぎる。

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