ゼーノの意識 ((上)) (岩波文庫 赤 N 706-1)

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感想 : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (370ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003770092

作品紹介・あらすじ

「お書きなさい。自分の姿が見えてきますよ」。医師の勧めで回想録を書き始めた主人公ゼーノ。嫉妬、虚栄心、背徳感、己を苛んだ感情をまざまざと蘇らせながらも、精神分析医のごとく自身の人生を淡々と語る。ジョイス『ユリシーズ』にもつらなる「意識の流れ」を精緻に描き出した、ズヴェーヴォ(1861-1928)の代表作。

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  • <私の幼年期を振り返るだって?あれから五十年以上の歳月が流れ、老眼になった私の眼に宿る光が、幾多の障害に妨げられることがなければ、遠いその時代まで見通すことができるかもしれない。高く険しい山のように立ちはだかるのは、私が過ごしてきた年月と時間だ。P10>

    精神科医に治療の一環として自分の人生を振り返り自伝を書くことを進められたイタリア人のゼーノ・コジーニは、心に浮かんだことをつらつらと書き連ねてゆく。
    だがどうやら治療の途中で逃げ出してしまったらしい。この手記は担当のS医師が「彼を困らせてやるために出版するけど、また治療に戻ってくるなら出版料の折半するよ。だってこの手記は非常に興味深いんだ」として出版されたというかたち。
    なお、この本の紹介として『「意識の流れ」を精緻に描き出した』とあるんだが、頭に流れる言葉をそのまま連ねたという小説ではなく、ちゃんと読者に語っているような手法で、それなら小説の手法の「意識の流れ」って何なんだろう?と思いながら読んだ。

    ゼーノの手記は子供の頃から始まる。
    厳格な経営者の父とはすれ違ってばかり。
    父はゼーノに失望し、ゼーノはどこか卑屈な心で父の期待を裏切る。物語はゼーノの心の内を語られているので、父はこう思っているんだろうし、自分がこう言ったら良いのかもしれないけど、様子を見て違うことを言ってみた、などとかなり屁理屈を述べている。
    ゼーノはなにかを嘲笑う様子を見せる。だが神を嘲笑いつつも、心の慰めを真の宗教に求め、それは表立って神を敬愛しなくても人として必要なものだと分かっている。
    そして父の死を看取り、信じてもいないはずの神に魂の安らぎを祈ってもいる。
    だが父が最期にしようとした行動が、ゼーノを殴るような仕草だったため、そのことでゼーノはやはり父は自分を憎んでいたのか?と考えたりする。
    これだけわかり合えない親子だが、それでも毎日食事をともにし、わかりあえなくても会話をして、お休みのキスをして…、というイタリア人の風習はなんだか「それでも家族」という感じでいいんじゃないのって思ったし、まあ父の最期の行動も「これだけ言っても息子に伝わないのかーー」という気持ちが出た程度だと思うんだけど。

    さて、ゼーノの特長として意思が弱いというか、策を弄する割には頑張り続けることがないと言うか。
    大学では科目を取り替えてはまた取り替え、父の会社を継ぐが老会計士オリーヴィからはずっとバカにされてるし、青年期に覚えた煙草は中毒となり毎回「これが人生最後の一本」と言っては辞められないという感じ。
    <私の人生は、なんの変化もないたった一つの音色しか提供できなかった。その音程はかなり高く、一部の人からは羨ましがられたが、恐ろしく単調だった。友人たちの私に対する評価は生涯を通じて変わらなかった。私もまあ、分別のつく年頃になってからというもの、自分自身への評価をあまり変えていないように思う。P104>

    独り立ちしたゼーノは、自分とは全く正反対の特徴を持つ商人ジュゼッペに惹かれ、彼の娘と結婚することにした。
    ジュゼッペにはAで始まる四人の娘がいた。これはZから始まるゼーノとは文字では遠いところにいる女達だ。
    ゼーノが結婚するために恋することにした美人のアーダ、一目見たときに醜さにびっくりしたアウグスタ、いわゆる今どきギャルのアルベルタ、まだ幼くゼーノを頭のおかしい人扱いするアンナ。
    この結婚にまつわる記載は、結婚するために恋することにしたとか、でもそのアーダはグイードという男と親しくなってなんかムカつくやつーと思って、グイードが主催した降霊術でわざとテーブルを揺らしてやったりする。ガキの嫌がらせレベル(笑)。
    結局アーダには振られて、では代わりにギャルのアルベルタに声をかけよう、いっそ幼いアンナにしようか、二人にいなされたらしょうがないから自分に恋してるアウグスタにしておくか、という精神遍歴があまりにも赤裸々過ぎて、現代感覚ではクズで下衆なんだがもう面白くなってきた 笑。さらに自分を手に入れなかったアーダにはぐちゃぐちゃ仕返しめいた事をしてみたり、最初はムカついたグイードのことが気に入ってしまったんだとか、一体あんた一人で何やってんだ状態。当事者じゃないから笑えなくもないが、この家族が聞いたら怒るよ。…と思いつつ、まあこの心理状況ははっきり語る人が少ないだけで、実際にはそんな考えの人も多いのかなあとも思う。
    しかしこの小説は「過去を振り返る手記」であり出版をぜんtネイとしていないはずなのだが、読者に向かって書かれていると思われるところが多々ある。
    この場合も、結婚の話になるまで(喫煙の話の頃とか)は「妻」と書いているだけで名前は書いてはいないから、読者はゼーノが誰と結婚したのかは知らない。そして結婚の話を語るときに「妻はアーダ…、じゃなくてアルベルタ…、やっぱりアンナを予約…、まあ結局はアウグスタなんだけどね」という、読者への引っ掛けをしている、よね。

    さて、この結婚はわりと順調だったようだ。アウグスタは、ゼーノが食事の連絡をしないとお腹をすかせてずっと待っているような女性だったし、アウグスタはぜーのを愛していたが、「あなたが愛してもいないのに私と結婚したことは忘れませんよ」という意識があったため、むしろ過度の期待はせず、もともと家庭的な彼女は彼女なりの夫操縦法を行っている。そしてゼーノにとっても家庭における責任とか、家庭は帰る場所だとかいう意識を高めさせたらしい。

    だから愛人を作ることにしたのも、妻アウグスタに不満なわけではなく、男には愛人って必要だよねー、くらいの感覚なのかもしれない。
    その愛人は、歌手の勉強中のカルラだった。
    <だとすれば、この哀れな娘に、声楽の勉強を辞めて私の愛人になるよう勧めるのは、私としてはこの上なく正直なことだったに違いない。P313>
    援助を必要としているカルラとその母親に金銭援助をして、当然のように愛人関係に。同じ街でよくやるよって感じなんだが、当時の男たちには愛人は当たり前だったのかな。


    やってることはかなり下衆っぽいのだが、淡々として嫉妬や裏切りや二枚舌を語るその口調が正直過ぎて、むしろ正直なだけ良いのかとすら思ってしまう。(;´∀`)
    ということで下巻に続く。

  • 自伝風であり、舞台は作者の産まれたトリエステ(イタリアだが、オーストリアだった歴史がある)なので、つい本人と錯覚して読んでしまう。精神科医に何か書いてみればあ、と薦められて書いたようで。つらつらとした日常で、頼りない、子供っぽい(と印象を受けた)男性のひとりがたりで、淡々と三人の女性に結婚を断られたり、ふわーん、としている。後書きに本人は国籍はオーストリアで、結婚した家族はイタリア系で、なんか、定まらない自分の居場所を敢えて必死には捜していない、ふわーん、ほにょーんとした感じだった。

  • メンヘラ街道を歩む。作家にメンヘラは憑き物

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