シェフチェンコ詩集 (岩波文庫 赤N772-1)

  • 岩波書店 (2022年10月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (248ページ) / ISBN・EAN: 9784003770122

作品紹介・あらすじ

「静けさにみちた世界 愛するふるさと/わたしのウクライナよ。/母よ、あなたはなぜ/破壊され、滅びゆくのか。」理不尽な民族的抑圧への怒りと嘆きをうたい、ウクライナの国民的詩人と呼ばれるタラス・シェフチェンコ(1814-61)。帝国ロシアに対する痛烈な批判、同郷人への訴え、弱者に寄せる限りない慈しみが胸に迫る一〇篇。

みんなの感想まとめ

理不尽な民族的抑圧に対する怒りと嘆きを詠んだ詩集は、ウクライナの国民的詩人の深い思索と情熱が詰まっています。彼は農奴の両親を早くに亡くし、自由を求めて芸術の道に進む中で、ウクライナ語の詩を通じて民族の...

感想・レビュー・書評

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  • ウクライナ人の心支え 詩人シェフチェンコの紡ぐ尊厳、自由、平等 | 毎日新聞
    https://mainichi.jp/articles/20220416/k00/00m/030/040000c.amp

    「ウクライナのためなら死んでもいいと詠った詩だ」サッカー界の“英雄”シェフチェンコが筆者の前で暗誦した“祖国の詩”(2/4) - 海外サッカー - Number Web - ナンバー
    https://number.bunshun.jp/articles/-/852351?page=2

    シェフチェンコ詩集 - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b612750.html

  • 幾つかの国では「国語の創造に寄与」というような次元で広く敬愛される詩人というような例が在ると思う。ウクライナに在ってタラス・フルィホーロヴィチ・シェフチェンコ(1814‐1861)は、そういう大きな存在感を放つ詩人ということになるのだという。
    本書は、シェフチェンコの詩集として知られる『三年』に収められている22篇から10篇を択んで訳出し、解説も添えて紹介しているものである。
    読んでみた作品そのものは、歴史として伝えられていること、半ば歴史のような物語として言い伝えられていることというような事柄に題材を求めたと見受けられる内容、加えて詩人自身の暮らしや人生の中での想いが吐露された内容である。
    シェフチェンコは「誰かに所有される」という“農奴”の身分だった。画を描くことに優れ、画を学ぶ機会も得て、やがて“農奴”の身分を脱する。そうした経過の中、故郷のウクライナからロシアに移り住み、またウクライナを訪ねて滞在するが、ロシアで最期を迎えた。
    各作品の中、『遺言』と題された作品は少し心動かされる。
    「わたしが死んだら なつかしいウクライナの ひろびろとした草原にいだかれた 高き塚の上に葬ってほしい 果てしない野の連なりと ドニプロの切り立つ崖が 見渡せるように…」というような調子なのだが、故郷を離れた場所で力尽きてしまうことへの無念と、それ以上の強烈な故郷への憧憬というようなモノに感じ入る。
    画家でも在り、画業が一定程度の評価を得た他方、母語であるウクライナ語による詩作に関しては、同時代の色々な人達に理解されなかった面も在るのだという。
    日本史で言えば、天保年間から“黒船”や幕府体制の動揺というような、江戸時代の終わり近くのウクライナ、そしてウクライナを離れて故郷を想うという詩人が考えたことが作品から伺い知れる。
    個人的な好み、また「原語の音声等が判り悪い?」というような要素の故に、外国詩をそれ程読むのでもない。が、最近の「ウクライナへの関心」という中で出くわして本書を手にしてみた。結局、少なくともこのシェフチェンコの時代には「不運であったかもしれない経過で現在時点に到っていて、それでも確かに在る故郷に熱い思いを寄せたい」という考え方が在って、現在に至ってもそういう考え方、感じ方が大切にされているということは記憶に止めたい。
    何かと話題になる外国の国名等に気付いた場合、当該国の「代表的文学」とされるモノに一寸触れてみるというのも有益かもしれない。そういう意味で御薦めしたいが、ある種のファンタジーのような叙事詩としての面白さも在ると思う。

  • ふむ

  • タラス・シェフチェンコは帝政ロシア時代のウクライナ生まれ
    農奴の両親を早くに亡くした彼は
    奉公先で出会った人々に芸術の才能を見出され、自由民となる
    勉学の道に入り
    画業と詩作を並行して行った
    彼の書いた詩は大半がウクライナ語で
    それが後世、ウクライナ・ナショナリズムの骨子となった
    つまり民族とは
    言語に基づいたアイデンティティなのである
    そしてそれゆえ、ロシアの文化人からは危険視されていた
    帝国主義の時代における話だが
    それは今でいうところの「分断」を煽るものにほかならないからだ

    ウクライナは黒海とアゾフ海に面しており
    スキタイの時代から交通の要所である
    ロシア、ポーランド、リトアニア
    あとタタールのクリミア・ハン国に周囲を囲まれていて
    常に緊張状態だった
    スウェーデンと組んで敗れたことが
    ロシアに従属した直接原因だが
    ナポレオン戦争の影響でその関係は強化されたという
    書物で知識を得たシェフチェンコが
    どういった歴史認識を持っていたのか
    はっきりしたことは不明だけど
    彼の詩はきわめて苛烈に歴史上のヘトマンを批判している
    ヘトマンとはコサック指導者のこと
    そしてそれ以上に
    ロシアへと奉仕するウクライナ人を激しく非難するものだった
    じっさい彼らは民族自決を忘れ
    毎日の生活に追われていた
    農奴の両親を早くに亡くしたことが
    シェフチェンコを過激な言動へ駆り立てたように思える
    しかし芸術家の自己プロデュースという側面も否定はできないだろう
    いずれにせよ
    ウクライナの人々に民族としての目覚めを促したことは事実であった

  •  図書館の新着コーナーで手に取った。、本著は2022年10月14日の発行、同年2月14日にロシアがウクライナへ侵攻を開始し戦乱はまだ続いている。
     解説によれば、13世紀にキーウ大公国が解体し、荒野となった現在のウクライナの地にコザーク(群れを離れた人)が移り住んだ。そして当時のポーランドに軍事力を提供していたが、ポーランドとロシアそれぞれとの確執のなか、17世紀に首領ボフダン・フメリニツキイがロシアと保護条約を結びロシアの庇護下に入る道を選択、シェフチェンコはこれがウクライナの苦難も歴史の始まりだとした。
     19世紀前半の時代を生きたシェフチェンコの出自は農奴、帝政ロシアのもとで祖先のコザークがつくりあげた国土を自分たちのものにできない憂いと憤りを詩いあげている。
     いまのウクライナの人々の憂いと憤りでもある。

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著者プロフィール

1942年,福岡県築上郡上毛町に生まれる。1960年,大分県立中津南高等学校卒業。1980年,くろつち短歌会入会。会誌『藍』に作品発表。著書に『豊前国三十三観音札所めぐり─歴史と心の旅路』(花乱社,2014年)がある。福岡県豊前市在住。

「2023年 『幕末小倉藩、流離の歌人 佐久間種と立枝子のうた』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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