田中正造文集〈2〉谷中の思想 (岩波文庫)

著者 : 田中正造
制作 : 由井 正臣  小松 裕 
  • 岩波書店 (2005年2月16日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (407ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003810729

作品紹介

日露戦争下の明治37年、足尾銅山の鉱毒処理のため水没・廃村に追いこまれようとしていた谷中村に田中正造は移り住んだ。およそ10年にもおよぶ苦闘のすえ、人間の「生存権」を基本とする人権思想の確立、自治の回復とそれに立脚する人民国家の展望、綿密な河川調査に基づく治水の研究等、その思想は急速に深化をとげていった。

田中正造文集〈2〉谷中の思想 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 田中正造と言えば足尾鉱毒事件。しかし、本当のところ何をし、ど
    んな思想を持っていた人かはあまり知られていません。死の直前の
    明治45(1912)年に残した「真の文明は山を荒さず、川を荒さず、
    村を破らず、人を殺さざるべし」という言葉が、今年、反原発のメ
    ッセージの中で引用されて脚光を浴びましたが、それ以前はほとん
    ど忘れられた存在だったと言ってもいいでしょう。

    田中正造は、もともと裕福な農家の生まれでした。40歳で栃木県議
    となり、50歳で衆議院議員に当選した年、渡良瀬川で大洪水があり、
    鉱毒事件が顕在化した事から、足尾銅山鉱毒問題の追及を始めます。

    以後、国会議員としてこの問題の解決に尽力しますが、政府はおざ
    なりの対応しかせず、被害は広がり続けます。政治的な解決に限界
    を感じた正造は、61歳の時に議職を辞し、天皇への直訴を敢行。直
    訴は未遂に終わりますが、政府はようやく重い腰をあげ、渡良瀬川
    下流域に遊水池をつくることで解決を図ろうとします。

    しかし、これは、鉱毒問題を治水問題にすり替える欺瞞でした。お
    まけに、遊水池となる谷中村では強制的に立ち退きを命ぜられたの
    です。これに怒った正造は、谷中村に入り、立ち退きを拒否して残
    留した19戸、百余人の人々と共に明治政府と戦い続ける道を選びま
    す。時に64歳でした。

    ここから73歳で死ぬまでの9年間の田中正造の戦いは壮絶です。政
    府による強制破壊。掘建て小屋での着の身着のままの貧窮生活。偉
    人伝には決して出てくることのない、この谷中村での辛酸の中で、
    しかし、正造の思想は深みと輝きを増していくのです。

    一体、谷中村での9年間、正造は何を見、何を感じたのか。

    正造が見たのは、誰の命令にも従わず、地獄のような環境の中でも
    自らの意志で自らの生活を営もうとする残留民達の不屈の自治の姿
    勢でした。正造は、その残留民達の中に神を見るようになるのです。

    しかし、それは、谷中に入って何年もたった後のことでした。当初、
    正造は、無学な人民を教え導こうとするあまり盲目になっていたか
    らです。しかし、残留民達の静かな闘争、その背後にある不屈の意
    志と覚悟に触れて、彼は自らの不明を悟るようになります。教え導
    くのでなく、人民に師事し、尽くす。教えるのでも、聞かせるので
    もなく、聞く。そして聖書を読むように谷中を読む。正造の言う
    「谷中学」の始まりです。谷中学を通じて、正造は自己を根底的に
    問い直す作業を始め、それは死ぬ時まで続いたのでした。

    正造は、谷中で、「砕けたる天地」を回復するために必要なものを
    見出したのです。亡び尽くした日本において、人はどうやって自分
    達を守っていけばいいのか。残留民達の中に見た自治の姿勢が、正
    造の辿り着いた答えでした。

    足尾でも、水俣でも、そして福島でも、この100年間、日本人は同
    じ過ちをくり返してきました。政府と企業は、公益の名のもとに人
    間の健康と尊厳を破壊します。誰か特定の人が悪いからでなく、20
    世紀が築いてきたシステムは「そういうもの」なのです。ならば、
    自分達のことは自分達で助け合って守るしかない。そういう意志と
    覚悟、自治の姿勢、を私達が持たない限り、また同じ過ちはくり返
    されてゆくはずです。

    田中正造が谷中で根底から自己を問い直した過程。その結果として
    彼が辿り着いた自然観と人間観。そこには、これからの生き方を考
    えるるためのヒントが詰まっています。珠玉の一冊ですので、是非、
    読んでみて下さい。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    国に災いの多いのは人これを為す。天災にあらず。今回の水害府県
    に多し。概ね人造の災いなり。

    この天地は崩れたるの天地なり、日本に棲める人なきはこの時にあ
    り。已に人なし、無人の島か、否な無人の島にかかる惨事なし。や
    はり天地の砕けたりと云ふの外なし。

    今の法律は矢玉の如し。遮らざれば必ず人を射殺す。民声叫べ。
    (…)法のために人民あり、人民は的の如し。法律は矢の如し、法
    律は弾の如し、人民鳥獣の如し。

    治水は天の道なり。我々の得てよくする処にあらず。ただ謹みて謹
    みて他を害さざらんとするのみ。流水の妨害をなさざらんと欲する
    のみ。苟くも流水を汚さざらんとするのみ。清浄に流さんとするの
    み。村々国々群々互いにこの心にて水に従はば水は喜んで海に行く
    のみ。我々はただ山を愛し、川を愛するのみ。況や人類をや。これ
    治水の大要なり。

    智識あるものは智識を他人に恵ぐめよ。足手あるものは足手を寄付
    せよ。金銭もあるもまた同じ。此く互いに長短補足して一致漸くな
    る。また人は金のみで動くものにあらず、食のみで動くものにあら
    ず。人は心、人は精神、人は道理、人は大義身分、人は誠実。高く
    信じ、厚く信じ、深く信じ、互に信と信との結合に限るべし。

    水は法律理屈の下に屈服せぬ。水は人類に左右されるものでない。
    水は誠に神の如きもので、人類誠にへぼな人類なぞのきめた事に屈
    しはしない。

    人を殺せば人殺しなり。人を殺して治水と云うべからず。国家のた
    め、国家のためと唱えて、山林を盗み、山を盗み、洪水を出し、村
    を流し、村を潰し、古になき大毒海の如きを造り、もって窮民を造
    り多く人を殺す。国家のためとは何を。(…)此くの如きを国家の
    公益なりとせば、盗賊は国家のためあり。国民を殺すを公益とす。

    そもそも水の性は天心なり。法律理屈を以て成就すべきものに非ず。
    治水は無理の権威に服従せざる性質のもの也。また治水の真理は誠
    実にあり。金力を以てすべきものに非ず。然るに今の治水は工費の
    多少を争ふに過ぎず。これ実に水の心を知らざるの致す所也。

    山に樹を植るよりは早く我心に正直の樹を植えよ。正直の樹茂らざ
    れば山の樹も茂らず。

    人は万事の霊でなくもよろし。万物の奴隷でもよし、万物の奉公人
    でもよし、小使でよし。人はただ万事万物の中に居るものにて、人
    の尊きは万事万物に反きそこなわず、元気正しく孤立せざるにあり。

    町村自治の外、日本を守るものなし。政治と水理と同じ。

    凡物事を教へんとせば倦んで聴かず。今後は教へんとするよりは、
    先づむしろ教へられんの方針を取られたくば如何如何。正造も去三
    十七年巳来教へんとして失敗せり。三十七年の最初より正造谷中人
    民のはなしをきかん事につとめれば早くよかりしに、さはなくして、
    きく事は後ちにして教へる事のみ切迫せるまま、ひたすら教へん教
    へんとばかり取詰めたり。せき込めばせき込むほど反動して、正造
    の申す事はきく人もなくして空く徒労となり(…)回顧八箇年をへ
    てただこの一つ、聞くと聞かせるとの一つを発明したのみです。

    日本人の気風は下より起らず上よりす。

    人権また法律より重し。人権に合するは法律にあらずして天則にあ
    り。国の憲法は天則より出づ。ただ惜む、日本憲法は日本的天則に
    出しなり、宇宙の天則より出でたるにはあらざるなり。

    社会は悪魔の世となり、日本已に危く、已に下野(しもつけ)は亡
    び尽し、今下野に山もなし、川もなし、ただ工事泥棒のみ。誰一人
    谷中に同情する人もなく

    真の文明は山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さざるべ
    し。(…)今文明は虚偽虚飾なり、私欲なり、露骨的強盗なり。

    実行実行。徒に書冊の上に達するも実行に及ばざればただに知識の
    人にして、未だ真人と云ふべからず。努めよや努めよや。

    人は天地に生れ天地とともにす。些の誤りなし。安心も立命も皆こ
    の天地の間に充てり。よろこびもたのしみもまた限りなし。これを
    行ふは即ち愛なり、仁なり。これを実にす、これを義とす、而して
    知徳はこれの美なるものなり。また曰く、美は和を得るの要、和は
    天地を合す。

    尊き処は人の精神、自家の精神は他人の左右し得ざる事は勿論なり。
    予が二、三の信友は神に近きものあり。いかなる暴力といへどもこ
    れを奪ひ去るを得ざるなり。

    小事によく注意せよ。小事を侮るものは必ず大事成らず。

    日本死しても天地は死せず、天地と共に生きたる言動を以てせよ。
    天地と共に久しきに答へよ。

    物質上、人工人為の進歩のみを以てせば社会は暗黒なり。電気開け
    て世間暗夜となれり。然れども物質の進歩を恐るる勿れ。この進歩
    より更に数歩すすめたる天然及無形の精神的発達をすすめば、所謂
    文質ひんぴん知徳兼備なり。日本の文明今や質あり文なし、知あり
    徳なきに苦むなり。悔い改めざれば亡びん。今已に亡びつつあり。
    否已に亡びたり。

    (※カタカナ混じりの原文の仮名づかいを一部変更しています)

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    ●[2]編集後記

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    いよいよ12月も最後の週になりました。このメールも本年はこれが
    最後です。

    今年はいつもにも増して時間が過ぎるのが早かったという方が多い
    ようです。やはり震災のせいでしょうか。

    震災が起き、何もできない自分に対する無力感に苛まれながらも、
    必死で色々なことを考え、色々な場所を訪れ、色々な人と出会って、
    色々なことを話し合ってきました。何もなせてはいないけれど、何
    かとても大切なことを得たように思えた、そんな一年でした。

    10月に息子を授かったのも大きかったです。新しい命の持つエネル
    ギーは圧倒的で、毎日の暮しに大きな喜びを与えてくれます。

    習慣を持つことの大切さに気づかされた年でもありました。こうや
    って毎週メールを書くことを習慣にしてもうまる三年ですが、どん
    な状況でも書くと決めることによって、平常心が保たれるというか、
    環境が激変する中でも、変わらない習慣を持つことで、自分をつな
    ぎとめることができる。そんな実感を持ちました。おまけに、誰か
    が読んでくれていると知ると、それだけで気力がわいてきます。書
    くことに自分がどれだけ支えられてきたのかを改めて思いました。

    もっとも情報の洪水の中で、こうやってメールを毎週勝手に送りつ
    けることにはある種の暴力が伴います。それが常に気になります。
    ですから、ご不要の方は遠慮なくお申し付けください。空メールで
    結構ですので、このメールにご返信下されば即刻配信停止します。

    今年一年お付き合い頂き、本当に有難うございました。
    良いお年をお迎えください。

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