ある老学徒の手記 (岩波文庫 青112-1)

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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003811146

作品紹介・あらすじ

鳥居龍蔵(1870‐1953)は小学校を中退し、独学自修した。考古学・人類学を学ぶために上京。帝国大学理科大学人類学教室標本整理係となって研究を始める。飽くなき探究心で国際的な業績をあげた稀有な民間学者の自伝。

感想・レビュー・書評

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  • 【目次】
    はしがき(二十七年九月十日 建設相公邸にて 鳥居龍蔵) [003-007]
    目次 [009-011]
    地図(鳥居龍蔵のアジアにおける調査地) 012

    私の幼少時代と阿波の徳島 015
    東京遊学時代 053
    遼東半島の調査 098
    台湾調査時代 115
    阿波の木頭 143
    私の結婚と当時の勉強の仕方 145
    北千島調査 155
    太平洋岸より日本海岸へ横断調査 174
    西南支那の調査 177
    私と沖縄諸島 202
    満洲の調査 212
    妻と嬰児を伴い蒙古旅行 224
    第三回満洲行と漢代遺跡 274
    第一回朝鮮の調査 286
    南樺太島の調査 297
    第二〜六回朝鮮の調査 307
    第一回東部シベリア調査旅行 333
    北樺太(サハレン州)の調査 333
    第二回アムール河(黒龍江)とキジ湖 374
    私の勲章と学位 382
    私の大学退職 385
    昭和元年山東省調査 389
    金の上京と渤海故址 394
    第三回シベリア・満洲調査 400
    第三回蒙古旅行・遼代陵墓の調査 431
    昭和七年満鮮の調査 453
    医巫閭山と画像石墓 458
    第四回蒙古調査・遼の三稜と中京城 462
    結語 467


    解説 伝説の鳥居龍蔵(田中克彦) [471-494]
    略年譜 [495-507]
    編集付記 508

  • 独学の人類学者、鳥居龍蔵の昭和初年までの半生の自伝。
    北千島、樺太から満州、内外蒙古までの調査旅行が圧巻。
    清朝の聖地で漢人もあまり入っていないモンゴル調査には生後70日の嬰児と細君を伴っている。
    本書後半は本人も執筆に倦んでいるのか、どこどこで何したの記述が続き退屈。

  • 文化人類学の創設者の鳥居龍蔵自らの手記。こんな日本人がいたことが誇らしい。牧野富太郎と同じように市井の学者が認めら得た良い時代だった。

  •  著者の鳥居龍蔵氏は明治期の考古学者・民族学者です。
     小学校を中退し、その後独学で必要な語学や専門の人類学を学んだとのこと、そういった厳しい環境下においても国際的な業績をあげた在野の研究者の自伝です。
     独立独歩の精神で自らの学びを貫徹していく鳥居氏は、1895年、初めての海外フィールドワークとして遼東半島の調査を行いました。そして、その後、台湾・北千島・西南支那・満州・蒙古・シベリアと精力的に探索の足を伸ばし数々の功績を挙げていくのですが、その地道な学究活動の道は必ずしも光の当たるところばかりではありませんでした。

  • 鳥居龍蔵『ある老学徒の手記』岩波文庫、読了。本書は小学校中退で国際的に活躍した東京帝大助教授(人類学)の自伝、53年朝日新聞社刊の文庫収録。生涯の概要は(徳島県立鳥居龍蔵記念館)→ http://www.torii-museum.tokushima-ec.ed.jp/denki.htm 60年・400頁の記録は躍動的時代小説の如し。脇目もふらず一気に読んだ。

    「私は学校卒業証書や肩書で生活しない。私は私自身を創り出したので、私一個人は私のみである」。鳥居は小学校を中退し独学自習の末、研究者へ。1875年に小学校全国設置の翌年の入学だが、学校嫌い=探究嫌いではない。「枠」が探究を塞ぐことを示す。

    本書の前半は鳥居少年の軌跡、後半は、中国・蒙古、そして南島を東奔西走する調査冒険の記録。学校否定から始まった学問の探究は、学歴・肩書きとの対決(要はいじめ)の連続だ。無学歴で助教授まで登るも軋轢から辞職。しかし探究は倦むことを知らない。

    しかし鳥居は歯牙にかけない。帝大を出なくとも数カ国語を操り、欧文で論文を書く。評価したのは先端の欧米だった。開国後、日本の国是は追いつけ・追い越せ。しかしその内実は、コピペと学界・学内政治。今も同じである。その軌跡は学ぶ意義と

    鳥居龍蔵は確かに字義通り「学校嫌い」で、学校を出たという「権威」との闘いの連続だったが、「学校嫌い」イコール「探究」ぎらいではなかった点は留意すべき。そして探究(その補助としての知識の吸収を含め)に関して、学校という「枠」の用意したそれに準拠しなくても学ぶことはできる訳でもある。

    鳥居龍蔵は語学の天才といってよい。自伝を読みつつ稀代の碩学・井筒俊彦を想起せざるを得なかった。昨今、グローバル教育(なんじゃそりゃ)でTOEICの点数稼ぎドリルに狂奔しているけれども、手段に過ぎない語学の修得に関しても、短期的「益」を超えた好奇心こそ、その習熟の因になるなあと。

  • 岩波文庫 080/I
    資料ID 2012200545

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