大隈重信自叙伝 (岩波文庫 青N118-2)

  • 岩波書店 (2018年3月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (528ページ) / ISBN・EAN: 9784003811825

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  • 大隈重信は天保9年生まれ。幕末~明治の政治家としては珍しい佐賀藩出身。まあ珍しいといっても薩長土に次ぐ位置ではあるのでそれなりに副島種臣、江藤新平、大木喬任らもいるけれど、やはり出世頭はこの大隈重信でしょう。本書は数種類の回顧談や談話から抜粋して編集されたもの。おもに明治政府成立~西南戦争の前触れとなる征韓論あたりまでの話が中心で、内閣総理大臣にまでなった晩年部分はあまり語られていない。

    佐賀藩といえば「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」の『葉隠』が有名ですが、反面、長崎警備を担当していたこともあり、幕末の時点では有数の開明派、近代化推進藩。にも関わらず、薩長のみならず土佐にまで出遅れたことを大隈は悔しがっている。どうも藩主(鍋島閑叟)がいざという局面で優柔不断だったことがずっと不満だったぽい。

    とはいえ幕末ギリギリなんとか食い込んで新政府では薩長土に次ぐ人材を輩出、大隈重信も外交や経済の面で大活躍する。渋沢栄一の自伝でもそうだったように、明治初期の政府のお仕事はあっちもこっちも問題続出、いわゆる内憂外患で大わらわ。まだ会津~五稜郭で内戦が続いているときから外むけには新政府できました!ってアピールしちゃったもんだから、戦争終わってもいないのに外交問題続出、お金はないのに制度や設備は整えねばならず、藩制度崩壊しても古い主従関係や藩閥問題は簡単には無くならず、高給取りの官吏の給料下げたら不満は出るし、政府内部も一枚岩ではないし、そこにまたキリスト教がらみの問題まで出てきて・・・私がこんな政府に雇われてたら多分過労死してる(苦笑)

    個人的に痛快だったのはいわゆる「浦上四番崩れ」の外交問題で、キリシタン弾圧にいちゃもんつけてきた英国公使パークスとやりあうくだり。もちろん信仰は自由だし、それを理由に迫害していいかというと現代人の自分は当然ノーと言うけれど、当時の日本の状況では「人んちのことに口出すな」と突っぱねなければ侵略されかねない。「耶蘇教の歴史は即ち戦乱の歴史なり。耶蘇は地に平和を送りし者に非ずして剣を送りしものなり。耶蘇教が産れし以来、羅馬法皇の時代と為り、世に風波を惹起して、欧州の人民をして絶えず塗炭の苦に陥らしめしものはこれ何者の所為なりしか」という大隈の言い分はまさに正論、スカッとする。

    全体的に、薩長閥に属さない佐賀藩士の観察なので、客観的に信頼できる部分は多いと思う。とくに西郷、大久保、木戸についての個々の分析や関係性は興味深かった。大隈は大久保、木戸については「文臣(文人)」西郷、板垣、山県あたりは「武臣(武人)」と分類しており、文人である木戸、大久保が「能く武人の跋扈を制し、以て軍国政治の通弊を表さなかった」点を高く評価している。とはいえ当の大久保、木戸は年中不仲で有名、それでもまあ気が合わなくても政治上のことに私情は挟まなかったからえらかったのか。「木戸公はリベラル、大久保公はコンサーヴァテブ」とも評しているけれど、大久保が保守派だったのは旧藩主の島津久光に遠慮する部分が大きかったことは理解しており、そこはやや同情的。

    西郷さんについては、大隈はあまり評価していなかったみたいだ。「世人の多くは西郷を目して英傑と称し、豪雄と称すれど、余は不幸にして未だその英傑と称し豪雄と称するゆえんを知るに及ばず」「西郷翁は元来英雄であったか英雄でなかったか、政事家であったか純粋な軍人であったか、ちょっと判断が付かぬような漠然たる人物であった。とにかく大きいところがあったに相違ない」こちらも大久保同様、旧藩主との確執でだいぶ煩わされていた点にはいたく同情している。

    大隈重信が仲良しだったのは伊藤博文、井上馨、渋沢栄一、五代友厚あたり。とくに伊藤、井上とはずっと協力しあっていたが、開拓使官有物払下げ事件→明治十四年の政変で仲間割れ、大隈は政府を追放されて野に下る。結果、この期間に今の早稲田大学の前身になる東京専門学校を設立したりした。このあたりから福沢諭吉の名前も頻繁に出てくる。なんやかんやでまた伊藤博文と仲直りして政界復帰してから外務大臣時代に爆弾テロに合い右足を切断。それでも84才まで長生き。なんというか、思ってたよりだいぶんタフ、かつポジティブな人で印象変わりました。大河ドラマも西郷や竜馬ばかりじゃなくてたまにはこういう人のもやればいいのにね。

    • 淳水堂さん
      こんにちは!
      たまたま護国寺で大隈重信のお墓を見たことありまして。
      行かれたことありますか?
      護国寺本堂の右側にひときわ大きな鳥居が!...
      こんにちは!
      たまたま護国寺で大隈重信のお墓を見たことありまして。
      行かれたことありますか?
      護国寺本堂の右側にひときわ大きな鳥居が!と思ったら大隈重信のお墓だった。
      そこから左を見たらまた大きな鳥居が!と思ったら三条実美のお墓だった。
      徳川綱吉由来の寺である護国寺境内に鳥居があり(大隈と三条は”神”として祀られてるってことですよね)、
      明治政府の大隈、三条、さらには山形有朋まで眠っている(鳥居は無し。そういえば護国寺から徒歩圏内の椿山荘はこの方の別荘でしたね)とはなんとも日本の宗教観の不思議。
      お墓の上にぷかぷか浮かびながら政治論争でもしている様相を思い浮かべてしまいます(笑)

      大隈重信のお墓は普段は門に鍵がかかっているので外から見るだけですが、
      早稲田関係者に聞いたら、行事(創立記念日とか??)がある時には執行部の方々が訪れて鍵も開かれるんだそうな。

      今の時期は枝垂桜も綺麗ですよ。
      有楽町線護国寺駅なので、ギンレイの飯田橋から一駅、行かれたことなかったら寄ってみてくださいませm(__)m
      2018/04/03
    • yamaitsuさん
      淳水堂さん、こんにちは(^^)/
      大隈重信のお墓って護国寺にあるんですね。知らなかった~~~(>_<)
      昔はよく東京でも、沖田総司のお墓...
      淳水堂さん、こんにちは(^^)/
      大隈重信のお墓って護国寺にあるんですね。知らなかった~~~(>_<)
      昔はよく東京でも、沖田総司のお墓だの、武道館へ行くついでに靖国神社の大村益次郎や大山巌の銅像を観に行ったりなどミーハーなことをしていたのですが、さすがに大隈重信のお墓はノーマークでした(笑)

      しかも山県有朋や三条実美のお墓まであるとは・・・。ああでも、大隈重信はこの本読む限りでは山県のことはあまり好きじゃなかったような・・・(苦笑)今は仲直りしてくれてるといいですね(笑)

      有楽町線ずっと乗っているのに、そういえば護国寺で降りたことってほとんどなかったかも・・・気候のよいうちに一度行ってみます(^o^)
      2018/04/04
  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/713294

  • 本館開架(特設コーナー) [大隈, 重信(1838-1922)]
    http://opac.lib.saga-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB2576676X

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