アデュー エマニュエル・レヴィナスへ (岩波文庫 青N605-2)

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  • 岩波書店 (2024年10月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (310ページ) / ISBN・EAN: 9784003860472

作品紹介・あらすじ

さらば友よ。レヴィナスから受け継いだ「ア-デュー」という言葉。デリダによる応答は、レヴィナスの遺産を存在論や政治の彼方にある倫理、歓待の哲学へと導く。デリダがパンタン墓地で読み上げた弔辞と、集会「エマニュエル・レヴィナスへのオマージュ」で行った講演「迎え入れの言葉」を収録。

感想・レビュー・書評

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  • デリダは『エクリチュールと差異』でかねてからレヴィナスの倫理思想がユダヤ教、ユダヤ人の共同体を背景として前提にするがゆえにそのうちに閉ざされ、ユダヤ人以外の他者に排他性をもつ危うさをもっていることを警告して来た。デリダは本書でもレヴィナスの思想がシオニズムを超えて他者を歓待しようとする思想であろうとしたことをていねいなレヴィナス読解を通して明らかにしていく。イスラエルが無辜のパレスチナ市民でさえ大量殺戮の対象にすることを厭わない現在の状況だからこそ、改めて読まれるべき本である。

  • レヴィナスおもしろい。
    「à Dieu 」
    この言葉は神に開かれているだけでなく、無限の応答責任へと開かれている。名詞も動詞もなしに、沈黙のすぐそばで顔と響きあう、前代未聞の言語の象徴と捉えてよいだろうか。

    主人ではなく人質としての主体、その主体性とは応答責任であり、同一性とは責任逃れに陥らないことを指す。

    フッサールの現象学において卓越した着目点である、異他的なものに対峙して起こる驚愕とそこで立ちはだかる深淵を、倫理と政治を繋ぐ図式に関わる沈黙・裂孔とみなし、その不連続性を組み込む形での歓待の哲学へと我々を導いている。バタイユとかなり似ているがこちらの方がより傷つきからの立ち直りをリアルなものとして捉えているか。

    身代わりについての思考が気になった。不可能事としての可能事の論理へ、身代わりは傷つくことのできる力、というと何となく「輪るピングドラム」を想起させるものの、上手く噛み砕けない。またトーラー、矛盾そのものとしてのシナイといったものがユダヤ教でどのような意味を持つのか分からないのも悔しいところ。

  • デリダがレヴィナスの弔辞に送った言葉と、レヴィナスへのオマージュとして行った講演「迎え入れの言葉」が収録されている。

    私は2人の本を読んだことがないので、裏口から入ってしまったような感じがした。

    顔や人質など、見知らぬ言葉があったが、AIに聞いたりして読み進めた。

    レヴィナスの思想は「異質なものを受け入れる」という今の移民問題を引き起こしたような思想が書かれていて、思わず「やば」と口にしてしまったが、そういう実現不可能とも言える思想に葛藤することで倫理が芽生えるというロジックらしい。

    レヴィナスはイスラエルを認めるような発言をしたりして、サイードとかにも批判されたとのこと。

  • たくさん線を引いた

  • 【本学OPACへのリンク☟】

    https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/721724

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