民主主義の本質と価値 他一篇 (岩波文庫)

制作 : 長尾 龍一  植田 俊太郎 
  • 岩波書店 (2015年1月17日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003900017

作品紹介

「自由の理念は破壊不可能なものである」。純粋法学の創始者ハンス・ケルゼン(1881‐1973)の代表作。相対主義に立つ世界観と現実主義的知性から、議会制民主主義は「自由」の最大化を実現する国家形態であるとして擁護し、絶対的価値の想定にもとづく独裁を批判する。民主主義の危機が切迫した1929年刊。

民主主義の本質と価値 他一篇 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 純粋法学で有名なケルゼンの古典。現代にも通じる民主主義論。公務員の勉強会でも取り上げたいな。

  • 学生時代から岩波文庫の西島芳二訳に親しんできたが、一度改訳したとはいえ初訳昭和7年という訳文の「生硬」さは蔽い難かった。そのため、この度ケルゼンやシュミットの研究で名高い法哲学者長尾龍一と明治大学大学院植田俊一郎との共訳に改め、更に「民主主義の擁護」をも併録して上梓したものである。もともと長尾は別著で「民主制の本質と価値」と「民主制の擁護」を訳出しているが、今回は再度原著に当って訳文を再検討し、まさに「新訳」に相応しく読みやすい文章になっている。内容については今更蝶々する必要もないだろう。ワイマール共和国が終焉を迎えつつある時代に、相対主義的世界観に立脚する民主主義をいかに擁護するのか。苦悩するケルゼンと相見えることは、現代民主主義にとっても無意味ではあるまい。

  • 読み直したさ:★★★
    ・全員一致で成立し,多数決によって存続していることは,「自由」の意味が変遷したことを意味する。
    ・多数決原理は平等によって導かれるのではなく,「万人が自由ではあり得ないとすれば,可能な限り多数の者が自由であるべきだ」,「可能な限りの少数者が,その者の個人意志と社会秩序の一般意志との相克に陥らないようにすべきだ」という前提から導かれる。p.23
    ・自由概念が「国家の支配からの個人の自由」から「個人の国家支配への参与」と変遷すると,自由主義〔国家秩序がそれを創造する個人をどこまで支配するか,どこまで個人の自由に介入するかの問題〕と民主主義〔国家秩序への服従者たちが国家秩序創造に参与する度合い〕とは別問題となる。
    ・法令違憲においても,付随的違憲審査権のもとで判断がされるが,あくまで立法事実のみが考慮されることからすると,少数者の人権を考えているのかもしれない。
    これら少数者の人権を保護することで,むしろ「団体意志形成における全員一致への方向」をさらに推し進めることができる。p.75
    ・民主主義に関して論じるときは,大抵あれ,あの相互的了解のための前提として,ある程度の社会の文化的同質性,特に言語の共通性が共有されているのだろうなあ。p.86–87
    他にも色々あるけど読書メモを読み直すこと。
    〈感想〉
    民主主義とは何か。イデオロギーとしてではなく,現実の。この分析手法はデューイとかなり近い。
    一文一文が明晰であり,論理明快,また読み直したい。

  • 第2次大戦前に書かれた法学書ながら、これは掘り出し物の良著だった。
    「民主主義」と「自由」「国家/国民」という、実際の経験上、なかなかすっきりと概念配置ができない問題に関して、ケルゼンは鋭い分析をしている。
    「自由」は国家の統治とはほとんどの場合折り合いの悪い問題系だが、ケルゼンによると民主主義においてはこの「自由」概念が変容し、個人の自由というテーマは「国家の自由」にすり替えられるという。
    もちろんそうすると、集団内諸個人が共有する「一般意志」が問題になってくる。代議制・多数決の手法によって、統計学的には個人の政治的意志が国家に委ねられるのかというと、実際にはそこには亀裂があるといつも感じている。
    そもそも、私は「国民」なのか?「国民」という概念はあまりにも濫用されると、個人を圧殺するのではないか?
    こうした私の日頃の疑問に、この本は答えてくれた。
    「複数の人間が、この『国民』(概念)において統一体を形成することが、民主主義の基本前提であるように見える。」(P30)
    しかし、
    「国民は、民族的・宗教的・経済的対立によって引き裂かれており、社会学的には、均質の固形凝集体であるというよりも諸集団の束である。」(同)
    そこでケルゼンは(統一体としての)「国民」概念を、「国家法秩序の統一性」という面のみに、いちじるしく狭く限定する。
    「『国民』とはそのような統一体であって、素朴な観念が誤解しているような人々の総体・寄せ集めではなく、国家法秩序の規律対象となる個々の人間行為の体系に他ならない。
    ・・・
    国家秩序が把握するのは、個人生活の特定の側面にすぎない。人間生活の相当部分は、国家秩序の外に在り、必然的に国家から自由な領域を留保されている。」(同)
    したがって、「諸個人の多様な行為を国家法秩序によって統一化したにすぎないものを、『民衆の総体』としての『国民』であると賞するのは擬制」なのである。

    先日読んだウィトゲンシュタインふうに考えても、「国家」「国民」などという、そもそもの実体が判然としない抽象語に関しては、それを語る文脈においてその内容も曖昧に変容する。最初に明示的な「意味内容」があるのではなく、最初にディスクールがあるのである。「意味」ではなく「文法」である。
    国家だの国民だのと言う観念ごときに包含されうるほど、「人間」は単純なものではないと私は考える。個人はそれ自身が多様性をもち多義的な存在であって、それが何万人も集まればその多様性は爆発的なものにならなければおかしい。
    にも関わらず、ことに最近の日本では「国家」をふりかざす論者が増殖し、あたかも鉄壁の統一体であるかのように「国民」が語られる。そこからはみ出した者は「非国民」であり「売国奴」とされてしまう。あげくのはてには、ISILに人質としてつかまったジャーナリスト後藤健二さんに対し「自己責任」だのと突き放すばかりか、「(国にとって)迷惑だ」とか「自決して欲しい」などという言表がまかりとおる有様だ。
    明らかに、日本はいま、「国家」や「国民」の概念が熱狂的に強調されすぎて、「人間」が見失われようとしている時代にあるのだ。

    ケルゼンが教えてくれるのは、「国民」という概念はそうそう拡張されるべきものではなく、一定の(法秩序という)観点に立った場合に「のみ」語られうるという、純粋論理的な思考である。
    特に「国民」概念に関して、この本は私の最近の戸惑いをすっきりさせてくれた。議会、行政、多数決原理など、本書にはもっとたくさんのことが語られており、そのすべてに同意することはできないかもしれないが、政治について考える上で、この本を読んでおくことはとても有意義だと思う。

  • 日本におけるケルゼン研究の第一人者による新訳。表題の「民主主義の本質と価値」に加えて、「民主主義の擁護」という小論が訳出されている。ケルゼンの主張の骨子は、人間は本性的に自由を求めるものだというルソーを思わせる命題から出発しつつ、直接民主政の不可能性を指摘したうえで、議会制民主主義を擁護するというもの。しかし、シィエス流の議会主権論とは異なり、レファレンダムやイニシアティヴを議会制の補完政策として提言するなど、議会制のもとで可能な限り一般意志と全体意志の接合を具体化することを目標としている。そのため、ソ連については好意的な記述も見られるものの批判的であり、ファシズムも当然批判されている。加えて、「民主主義の本質と価値」では職能代表制に対する批判に紙幅が割かれているが、これについては村上淳一『ドイツ市民法史』などを参照するとよりケルゼンの標的を具体的にイメージできるだろう。民主主義は真理への到達不可能性(相対主義)を前提とするという最後のテーゼは、認識に捧げられた彼の「純粋法学」との関連でもまた興味深い。その一方でこれは、ケルゼンが戦間期や戦後の法学において嫌われてきたわけを窺わせるテーゼである。今回新たに収録されている「民主主義の擁護」は、ナチズムが席巻しつつあるなかですら、民主主義は反民主主義的政治信念も受け入れるものであり、多数者が独裁を選択するのであれば、民主主義者は自由の理念と一緒に沈没していくのである、という相対主義テーゼをケルゼンが一貫して擁護したことを如実に示している。

  • 大事なのは相対化

  •  他律は苦痛と自由を求めて抗議し叛逆する彼が人なら我も人なり。彼我が平等であり続けたいなら支配を受けねばならぬ。支配が不可避なら我々自身による支配のみを受けよう。統治者と被治者を同一とし秩序の規律対象となる個々の人間行為の体系を形成しよう。けれどもわたしの暮らしの相当部分は体系の外にあって自由な領域が留保されている。それは必然である。

    『なぜなら、万人に超絶する絶対善の権威に対し、その救済対象である者にとって、服従以外の態度があり得るだろうか。絶対善を知り、それを欲する絶対善の専有者に対して、報恩の限りなき服従以外の態度があり得るだろうか。』127頁

  • ケルゼンの論考を読むのは初めてですが、民主制の本質を論じ、絶対的価値の想定に基づく独裁を批判するもので、共感しました。

  • ワイマール期に書かれた民主主義賛歌の表題作と、ワイマール政治が崩壊した時期に呻き声のように書かれた『民主主義の擁護』の二篇からなる小冊。この組み合わせが何とも...
    議論の前提とか考えたらそれだけで講義になるのですっ飛ばすとして、民主主義のそもそも論を考える一冊である。絶対的価値を否定し、議会制民主主義がもたらす妥協に価値を認めた。それを単に多数派批判のみならず、少数派批判にも使うのがいかにも相対主義らしい。
    プラトン『国家』の民主主義=ポピュリズムという批判に感化された人こそ読むべき一冊かもしれない。

  • 民主主義について考えさせられることが多い最近の政治状況。安保法案が参議院本会議で可決された日に読了。

    第1章は、「自由」の概念の変遷について。

    ①自由とは、本来は、「他律の苦痛に対する抗議」「社会的拘束の否定」(自然的自由)といったものであった。

    ②自由と同時に平等を求めるならば、支配を受け入れなけらばならないことがやがて明らかになり、自由とは「社会的拘束の一形態」「人間相互間の行動を拘束する秩序」(社会的・政治的自由)へと変質した。

    このあたりの議論はアーレントが「解放Liberation」と「自由Freedom」を峻別したことを彷彿させる。

    ③さらに、個人の意志と国家秩序との間に相克が生ずるのは不可避であることが明らかとなり、個人の自由に代わって、社会集団の自由(国家の自由)が前景に現れる。支配の主体としての“国家”は、民主的感性にとって耐えがたい「人間の人間に対する支配」という現実を隠蔽するのにも役立った。

    ④最終的に個人の自由は、国民の主権に取って代わられる。原始的・自然的な自由は意味を失い、個人は自由国家の“国民”としてのみ、自由を取り戻す。

    民主主義はこうして、「自由」の概念の変遷とともに生み出されたのだった。

    最近の政治状況から特に興味を引いたのは、第6章「多数決原理」。

    【多数決原理】とは、ケルゼンによれば「政治的対立の “妥協” の原理」。つまり、多数派と少数派が互いに “折れ合う” ということ。この考え方によれば、すべての議案(法案)提出者は、修正協議を前提としなければならない。

    もう一方の【多数派支配】は、多数派が数の力に物を言わせて自分たちの主張・政策を強引に押し通すこと。ケルゼンより2世代前に『自由論』を著したJSミルも、これを「多数者の専制」と呼んで強く批判していた。


    第7章。ケルゼンは、民主主義を統制する制度(行政裁判、憲法)の重要性についても述べている。

    “この憲法裁判所の役割は、民主主義にとって極めて重要である。なぜなら、立法過程において憲法を擁護することは、少数派にとって格別重要な利益だからである。”
    “統制のない民主主義は、長期にわたって存続することが不可能である。この合法性という自己制限が失われるとすれば、民主主義は自己解体するだろう。”(p98)

    ケルゼンが民主主義を擁護する根拠は、価値相対主義だという。

    “仮に「絶対的真理の認識、絶対的価値の洞察が可能である」という前提から出発するならば、事態は民主主義にとって絶望的だと言わざるを得ない。なぜなら、万人に超絶する絶対善の権威に対し、その救済対象である者にとって、服従以外の態度があり得るだろうか。”(p127)

    「絶対的真理」を認識できない(=正しい判断を下せない)人間に、民主主義なんて可能なのか?

    “民主主義がその正当化の希望を失うかのようにみえるまさにこの地点から、民主主義の擁護は出発するのである。”(p128)

    “相対的真理・相対的価値のみが人間的認識にとって到達可能なものであり、それゆえにすべての真理、すべての価値、そしてそれを見出すすべての人間は、常に身を退いて他者に場所を譲る用意をしていなければならない”(p128)

    『民主主義の擁護』最後の数行は力強く、感動的だ。

    “民主主義者はこの不吉な矛盾に身を委ね、民主主義救済のための独裁などを求めるべきではない。船が沈没しても、なおその旗への忠誠を保つべきである。「自由の理念は破壊不可能なものであり、それは深く沈めば沈むほど、やがていっそうの強い情熱をもって再生するであろう」という希望のみを胸に抱きつつ、海底に沈みゆくのである。”(p171)

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