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Amazon.co.jp ・本 (181ページ) / ISBN・EAN: 9784004000136
感想・レビュー・書評
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ゼロのおかげでN進法が使えるようになるなんて革命的な出来事です。世界はやがて、0、1の二つで表せるようになろうとは、当時のインド人も考えもしなかったとおもいます。ありがとう、インド人。
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身近な数学のルーツを考えるよい本。
インドで零が発見されたのは、もともと現地に十進法に忠実な記数法があったことが背景にあるらしい。たまに言われる仏教の「空」は関係なさそう。ヨーロッパにもかつてはソロバンがあったが製紙技術が伝わったことで衰微していった点など発見もあった。
ギリシャの数学と美術の関係も深いテーマ。後世は幾何学がアラブ世界で発展し、後にヨーロッパに入ってきた経緯を思うに楽しくなった。あえてピュタゴラスらが文字お越ししなかったかなどは、歴史のイフとして考えてみた。 -
(2018年1月のブログ内容を2020年11月に転記したものです)
○ インドとギリシャの数のかぞえかた
零はインドで発見されたというのはよく知られていることですが、興味があり、詳しく読もうと手に取りました。
私たちが何気なく行っている数の計算にも実は長い歴史がありますが、その歴史の中で、「位取り記数法」という考えに至るのにとても長い時間が必要だったことが書かれています。わたしたちが27529と書くとき、1番初めの2は20000を表すのに対し、4番目の2は20を表しています。同じ記号で2種類の数字を表しているのです。言われてみればそうですが、あまりにも普段自然に使いすぎているので、これを読んだときなるほどと思いました。BC五世紀の古代ギリシャでは
M(β) ,ζ φ κ θ (M(β)は (Mの上にβ))
と書いたそうです。ここでは20000はM(β)、20はκと書かれています。27029であれば
M(β) ,ζ κ θ
となるでしょう。1瞬4ケタの数かなと思ってしまいますが、2729であれば、
,β ψ κ θ
となります。20000と2000と20にはそれぞれ別の文字が割り当てられているのです。これは当時の数字が計算のためのものではなく、そろばんなどの道具で行った計算結果を記録しておくための道具だったことに起因するようです。
インドでなぜ、それとは逆に、0を置くことによる位取りが行われていたかということには諸説あり、本書でも明確にはしていませんが、インドでは数を郵便番号や電話番号のように順に読んでいく流儀があったことも原因のひとつではないかといっています。27529であれば
2アユタス 7サハスラ 5シァタ 2ダシァン 9
と読んだようです。これは現代日本で
2マン 7セン 5ヒャク 2ジュウ 9
と読むのに似ていますね。
このような読み方をすると必然的に空位(0)という概念が出てくるのではないか、というのは面白い考察だと思います。
○ 数の概念の拡張
さて、0の発見だけにとどまらず、数が自然数から実数まで拡張していく歴史も述べられています。これこそ本書の中心ではないでしょうか。
本文を一部引用します。
“ギリシァ人は、数学的事実――たとえば、ユークリッド幾何学における諸定理――は数学者がこれを発見するに先立って、すでにそれ自身存在しているものと考えていた、これに反して、現代では、数学的事実は、ポアンカレのいったように、「数学者自身が――時として数学者の気まぐれがこれを創造する」のであると考えられている”
人間のこころを説明するためのワードも、そのような飛躍が必要なのかもしれません。自然数(有理数の一部)から無理数への飛躍、これは離散から連続への飛躍でもあります。特に性に関して述べるとするならば、男女という枠組みから脱して様々な分類がなされていますが、これらは全て離散的な概念であり、連続的な性という考え方を持っている人は、少ないのではないでしょうか。真実は後世にまかせるとしても、そのようなことを考察するには十分な価値があるように思えます。そのために、数学の歴史というのは一つのロールモデルになるのではないでしょうか。
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1939年初版、手元にある2021年発行のものは第117刷で、息の長い大ベストセラーである。
書名の「零の発見」と「直線を切る」を収録している。本書は数学を題材にして通俗読物であり、数学とは無縁の一般人を読者に想定している。定義を重ねて論理を組み上げる数学をかいつまんで一般の読者に伝えるのは相当な困難をともなうだろう。その意味ではかなり奮闘している。
「零の発見」は零が発見される話ではなく、算術や筆記法、製紙技術等のその他の技術とともに広まっていく歴史的過程を主に追っている。零は発見なのか発明なのかといった話には言及されない。
「直線を切る」は連続性の問題を扱っている。線は点の連続なのか、円の中に描いた正方形を徐々に大きくししていくと円と正方形の面積が一致する瞬間があるのか等のの疑問について、人類の試行錯誤の変遷を辿る。
口から発せられる言葉と書かれた言葉に対するギリシャ人のスタンスの違いが数学の発展にも影響を及ぼしているというのは新たな視点だった。音楽と天文学が結び付けられて盛んに研究されていたことも知識としては知っていたが、何を意味するかは分かっていなかった。本書を読んで、それが明らかになったわけではないが、何かしらのヒントが得られた気がする。
ほかの数学の本を読んでみたいなと思わせる本だったが、本書を何度も読みたいかというと、そうでもないので☆2つとした。 -
全く理解出来なかったので星5つです。
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名著と言われる。当然名前は知っていたが、手を出さずにいた。先日たまたま奈良の豊住書店で見つけて、岩波はすべて半額であるので、購入した。零の話だけではなかった。副題にあるように、数学の生い立ちであった。本日後半を一気に読んだ。眠い目をこすりながら読んでおり、ついていけない部分も多々あった。ピタゴラスはやはりおもしろい。ゼノンのパラドックスは知らないものもあり目がくらむが、ユークリッドまではまだ何とかついていける。そこで、古代ギリシャから一気に19世紀に飛んでデデキントに来て、置いて行かれた。さて、今回、本書を読むことではっきりと目を開かされたのは対数について、そして対数を利用した計算尺についてである。こんなことは高校生のときに学んでいたことなのかもしれないが、全く意識に上がっていなかった。要するに、どういう必要性があって生まれてきたのかが見えると、一気に視界が広がるのだ。大きな数の乗除をするにあたって、いまのような筆算という方法がなかったときどういう仕方で計算をしたのか。対数を使えば乗除の計算が加減の計算にできるということ。そのこと自体は知っていたのに、乗除の計算がいかに難しかったかということに意識が回っていなかった。古代から西欧でもそろばんを使っていたということも今回初めて知った。そろばんで大きな数の加減はできるが乗除は煩雑になり難しいということ。さらに、西欧では日本のように動かしやすいそろばんには進化しなかったということ。そういう背景もあって、対数という考え方が発展してきた。さらには、インドでの零の発見に伴い、現在の形でのアラビア数字が伝わり、筆算も使えるようになってきたということ。そういう歴史があったのか。ところで、対数表はどうやって作るのだろうか。またまた謎が深まる。さらに、今回のことがあり、小4の生徒16名にそろばんが使えるか聞いてみると、大半は学校でやった???程度だが、珠算教室で習っていた(いる)生徒も4,5名はいた。まだ、そろばんは残っているのか。そちらも発見であった。次は同じときに入手した遠山啓著「無限と連続」へと進もう。
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ずっと読みたかった岩波新書の名著で、初めて数学史というものに触れてみた。人間が数字をどう捉えてきたのかということを考えもしなかったが、小中高で習ってきた数学の伏線回収の連続でとても楽しかった。対数えらい。
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零の発見に関する文章は全体の一割ほど。後は数学に関する雑編集。数学の生い立ちと副題にあるのでもっと系統だったというか、時系列的に進むのかと思いきや、本当にばらばら。半分ほどで退屈を感じた。尻切れとんぼどころか羊頭狗肉な感じすらした。
第二章?の直線を切る、の話の時間の段は面白い。 -
あまり自然科学には興味のない自分でもスラスラ読めたので初級者向けの本かと思われる。つまらなくはないが、率直な感想としてはやはりあまり興味は湧かないと思った。ただ、0の概念の発見は人類史上有数の発見なのだと痛感した。このような認識は教養として必要なものであると思う。
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50ページで力尽きました。今までの数学書は読者を置いてけぼりにするからこの本は違いますよと最初に宣言していたが、結局は置いてけぼりにされた。
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2011年3月
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初版は1939年、私が手にしたのは2024年1月の第119刷でした。
零の発見
直線を切る
という2つのお話です。
零と連続という数学の根本的な概念が読み物として語られています。
最後のほうは難しくて良くわからなかったですが、数学ってほんとうに果てしないなと思いました。 -
面白かった
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792
吉田洋一
1898年東京生まれ。1989年逝去。東京帝国大学理学部数学科卒業。第一高等学校教授、東京帝国大学助教授、フランス留学を経て1930年北海道帝国大学教授。1949年立教大学理学部数学科教授。著書:『零の発見』、『微分積分学序説』他多数。M&Sでも『微分積分学』、『ルベグ積分』、『数学序説』(娘婿の赤摂也と共著)を収録。
こんにちのように、自然科学が進歩し、また、産業が異常な発達を見た世の中にあっては、必然的に厖大な数を取扱う場合が多く、インド記数法は一日も欠くべからざるものとなった。あるいは、そういうよりも、インド記数法なくしてはこんにちの科学文明はもたらされえなかったと考える方が、むしろ、適切であるかも知れない。
形式的な考えかたというけれども、形式的であるところが実は数学の特徴なのであって、これがなかったならば、こんにちの数学の進歩はえられなかったろう、といっても過言ではないのである。代数学がギリシァで発達しなかったことについては、さきにものべたギリシァ数字の影響も無視することはできないが、一つにはまたギリシァ人の数に対する考えかたが、ある意味で、きわめて具体的であって、代数学のような形式的方面には向かなかったということも、その理由として考えられているのである。
ギリシァ時代に零が発見されなかったのはなぜであるか、という疑問に対しても、いまのギリシァ数学の具体性ということを理由の一つとして数えることができるであろう。ところで、それならば、とくにインドにおいて零の概念の発達を見たのはなぜであるか、ということが当然問題になるのであるが、こういう種類の問題に対しては明快な答を期待しうべくもないことは最初から明らかであろう。なかには、これを「空」というようなインドの哲学思想と結びつけて考えようとしている人もないではないが、これは、はたして、いかがなものであろうか。こういう高遠な考えかたは、ただ興味だけを中心とした見地からは、捨てがたい味があるにしても、とうてい問題の本質に多くの光を投げえないのではないか、と思われるのである。
十三世紀も終りに近づくにしたがって、イタリアの諸都市においてはインド記数法がようやく日常の用に供せられはじめたらしい。その一つの証拠をわれわれは一二九九年に発せられたフィレンツェ政府の布告において見ることができる。
地味ゆたかな流域を擁するアルノ河にまたがって「花の都」の称をえたフィレンツェは、十字軍の影響その他のためにヨーロッパの商業が活発になってくるとともに、しだいにその繁栄を加えてきた都市であって、十三世紀にはヨーロッパにおける産業および金融の一大中心となるほどの成長をとげた。この都市に銀行業をいとなむ者の数が、このころ、すでに二十二家に達していたという事実からもその繁栄の度をうかがうことができるであろう。こうした銀行業者たちのなかには、この世紀の終りごろにいたって、簿記の記入にインド記数法を採用するものが現れてきた。前記の布告は、すなわち、この新しい数字の使用を禁止しようとする趣旨のものであったのである。
西洋の数学はギリシァにおこり、ギリシァの数学はピュタゴラスにはじまる、といわれる。 もとより、ギリシァの数学とても、忽然として無から生まれでたものではなく、またピュタゴラス以前に数学に心をひそめたギリシァ人が全然いなかったわけでは決してなかった。 ナイル河の流域に幾千年の文化を築き上げたエジプト人は、ギリシァ人にさきだって、すでにかなりの程度の計算術と幾何学的知識とをもっていた。
もっとも、近ごろになって、バビロニアの数学が全然経験だけの産物であるということに対しては、疑いをもつ人が出てきた。彼らは、たとえば、二次方程式の解法その他の代数学的知識を心得ていたのであるが、こういう種類の複雑な公式類が思いつきや経験だけで得られるとは考えられない、どうしても、複雑なものを一歩一歩単純なものに還元していく方法によって得たものと見るべきで、もしそうならば、これはすなわち単純なものを出発点として複雑なものの証明をおこなったということにほかならない、というのである。また、ギリシァ数学の文献が多くは失われて、いま残っているものはそのきわめて小部分だけに過ぎないことはよく知られてはいることであるが、バビロニアの数学の文献はこれにくらべて、さらに、はるかに乏しいことを考えて見なければならない、すなわち、現在えられた材料だけでバビロニア人が「証明」を知らなかったとにわかに断定もできまい、というのである。
なお、バビロニアの数学は天文学と密接に結びついて発達したという説が一般におこなわれているが、最近の研究によればバビロニアにおいては計量的天文学が出現するに先だって、久しい以前に「純粋数学」がすでに高度の発達の段階にあったことが明らかになってきた。このことは、バビロニアの数学が実用向き一点張りの「技術」に過ぎなかったと断言するのはすこしく早計であることを示すものであろう。
ここにいう態度の相違がいかなるものであるかは、ここにこれを詳説するいとまがないが、きわめて大ざっぱないいあらわし方をすれば、ギリシァ人は、数学的事実 たとえば、ユークリッド幾何学における諸定理 は数学者がこれを発見するに先だって、すでにそれ自身存在しているものと考えていた、これに反して、現代では、数学的事実は、ポアンカレのいったように、「数学者自身が 時として数学者の気まぐれがこれを創造する」のであると考えられている、ということができるであろう。とくに幾何学についていえば、ギリシァ人にとっては、真の空間はただ一つ与えられたものであって、ユークリッド幾何学はその空間の性質を演繹的方法によって記述しようとするものであった。しかるに、現代の考えかたからすれば、ユークリッドの空間以外にいくらでもちがった構造をもつ「空間」を創造しうるのであって、そのいずれが真の空間であるかということは意味がない、ただし、考察の範囲を日常の経験にとどめておくかぎりにおいては、ユークリッドの空間をもちいることがもっとも便利である、というだけのことになるのである。こうなってくると、こんにちの幾何学は、ユークリッド幾何学がその内部において多大の進歩をとげたという程度のものと見るべきではなくして、そこに幾何学的なものにたいする態度の上に革命的な飛躍があったと考えなくてはならないであろう。 -
2022.01.08
森田真生さんの『数学する身体』を読み、この本を知る。
年始のブックオフで見つけ購入した。
アラビア数字は、そもそもインド発祥の数字がアラビアを経由してヨーロッパに伝えられたことでそう呼ばれていることを知った。
アラビア数字が広まる前の世界では、ローマ数字など大小を比べることが比較的わかりづらい数字であった。しかし、零がなくても数字を表せるからこそ零は要請されなかった。
一番驚いたことは、アラビア数字が広まり、紙が普及して、筆算ができるようになったことで、算盤が不要になったことだ。筆算を早くやるための機械が算盤かと思っていたが、アラビア数字が広まる前の筆算ができない時代の計算に必要だったのが算盤ということは知らなかった。現代の義務教育では、筆算を教わった後に算盤を教えられるが、僕自身算盤について理解に苦しんだし、良さが分からなかった。ふいに、この昔年の疑問に答えを与えられた。
ともかく、人類の進歩はすごい。
巨人の肩の上で僕たちは数学をしているんだなと実感した。 -
#科学道100冊/科学道クラシックス
金沢大学附属図書館所在情報
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https://www1.lib.kanazawa-u.ac.jp/recordID/catalog.bib/BN01933169?caller=xc-search -
2005/04/25読了
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