近代の政治思想―その現実的・理論的諸前提 (岩波新書 青版 A-2)

著者 : 福田歓一
  • 岩波書店 (1970年1月20日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (201ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004100027

近代の政治思想―その現実的・理論的諸前提 (岩波新書 青版 A-2)の感想・レビュー・書評

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  • 1960年代の講演であることに時代を感じる。政治思想の由来を紐解きながら、最後に当時の問題意識に焦点を当てる。
    「人間のつくりだしたものが非人間化して、人間に対立し、人間を非人間化するのが、まさに現代の特色」
    この問題提起と回答を探るとすれば、おそらく当時の言論界としてはマルクス主義的なものを土台とすることが一般的だったことだろう。歴史の法則に光をあて、革命を含めたパラダイムの変革を呼び起こす…と。
    もしそうだとすれば本書はその対案を示しているのかもしれない。いかに近代的な事物であってもそこに関わる生身の人間いるわけで、人間ひとりひとりを信頼し、憐憫や同情を持って思想的に訴える。エンタープライズが日本に出入りし、冷戦下で核戦争が現実味を帯びる時代、それでもまだ、いやだからこそ人の可能性を信じている。
    現在本書の議論に窮屈さを感じるのは、問題提起も回答も近代思想の枠組みの中でこねくり回しているようにみえるからだ。科学的理性とは異なる理性的な何かを想定し、近代の枠組みに捉われない思想を展開しようとしているのかもしれないが、人間を信頼する根拠を人間の作り上げた文化に由来する何かに依拠するのであれば、やはりそれは近代の枠組みの中の話であって、結果的に説得力に欠ける大きな原因なんだと思う。

  • 13年ぶりに読み返すと、あの頃は気付かなかった、まさに時代制約を受けたような「進歩派」的な匂いと、政治思想の泰斗たるにふさわしい鋭利な問題提起があった。

    白眉はもちろん後半部、社会契約説の三巨人を語る部分。ホッブズとロックが理論を立てる上での時代背景と、それによる人間観の違い、さらにそれがルソーに至るとまったく前提が異なってくるような話って、案外記憶していなかったので「なるほど」みたいな感想になったのはちょっと恥ずかしいけれど、楽しさもあってよかった。

    重ねてこの三人が「アダム・スミス以前」つまり産業革命の衝撃を目の当たりにする前の理論だったという指摘については、完全に読み落としていたことに気付く。不覚。この人、やっぱりすごい。

    一方、政治と宗教が分離していく経緯についての書き方を見ると、政教分離規定の結末がやや自明にもたらされたような印象を受けるし、いわゆる「未開社会」の書き方については、気を付けてはいるけれどどこか上の空な感じも受ける。思想の時代的制約というのはこういうことかな、と思ったり。

    にしても最後の問題提起はすごかったなー。低所得層問題とネットを介したエンタメ隆盛を見ると震えすら走るような言葉だ。

  • 本書はヨーロッパの政治思想を中世まで遡って考察したものである。
    まず、ルネサンス期においてマキアヴェリが成し遂げたことは「人間が本来社会秩序のなかに生まれて、そして、この社会秩序を、自然の本性から尊重していくものだという考え方を、徹底的に打ちやぶった」とする。体制的には、近代国家の土台を絶対主義の時代に求め、その後、ホッブズ、ロック、ルソーを引きながら、近代の政治思想とは何かを論じていく。
    平易に書かれているのであろうが、このような分野には疎いため、よく理解できないところも多かった。

  • 著者の深い理解を感じつつ、講義体で書かれているのでさらっと読める。

    あまりにさらっと読めて、理解できるが、身につかない感があり、もう一度読みたい本。

  • 政治思想に限らず、「近代」というもののエッセンスが新書一冊に収まっているという驚異の本です。

  • 講演録。思想が成立する社会的な条件と思想的な条件を整理。
    後半は、冷戦下の文明に対する危機感が色濃く反映されている。
    絶対主義時代の遺産である主権という概念を、批判的に吟味する必要性を訴えている。
    国民主権とは、まったくなぞの言葉である。
    それに、人々が政治を考えなくなってる。
    批評の力が衰微した社会に未来は期待できない。「パンとサーカス」に安住してはいないか、常に意識する必要がある。

  • 【4. 宇宙像の解体と政治の世界】p67
    カント「私の上にある星を散りばめた天と、私の内にある道徳律」

  • 東京大学法学部にて、長年に渡り政治学史の講義を務めた西洋政治思想の泰斗、福田歓一先生の一般向け講義録です。1968年に東京・神保町岩波ホールで行われた市民講座が元になっています。

    福田先生はその名もズバリ『政治学史』(東京大学出版会:1985)という、名高い「教科書」を作られています。これはわたしのバイブルでもあります。しかしこれは内容・価格・装丁いずれもかなりの重厚感があり、学生さん以外にはおすすめしにくい。一方、本書はタイトルこそカタい感じですが、口語調のまったりとした講義録になっており、お手頃価格で読みやすい一冊になっています。

    第1章、第2章までは中世以後のヨーロッパの歴史、ならびにキリスト教が社会統治において果たしてきた役割が俯瞰されます。第3章では近代政治思想の三羽烏、ホッブズ、ロック、ルソーの思想がまとめられます。「結び」では、『政治学史』からは見えにくい、福田先生ご自身の考えや価値観を垣間見ることができ、特に興味深いところです。

    空母エンタープライズの佐世保入港が「身近な例」に取り上げられる(P.188)時代の本ですから、いささか言葉づかいが古臭いことは否めません。しかし、現在の日本も依然「主権国家」であり、そこは1968年当時と変わっていません。そしてその「主権国家」が生まれた背景やメカニズムを知ることは無意味ではない、と思われます。

    福田先生は、東大法学部で学んだ人たち、つまり良くも悪くもいまの日本をかたちづくってきた人たちが、若かりし頃に教わった先生です。その意味で、本書は日本における、ヨーロッパ的政治思想のスタンダードな受け取られ方、を伝える本ともいえるかと思います。

  • おもしろいですし文がきれいで、章の結でぶわーっとなりますね、おも、おもしろい‥

  • 近代の政治思想の要諦は共同体・社会・権力が所与のものではなく、それが人間生存の条件から生まれてくるメカニズムを明らかにした所だという指摘は鋭いと思う。
    自然と人間の峻別に由来する「内面の自由」を私達は本当に認識し、その価値を守ろうとしているだろうか?
    この本の最終章で扱われている2つの問題。
    生産から切り離された人間が「現代のパンとサーカス」をあてがわれる時、我々は本当に理性を獲得できるのだろうか? 重い。
    そして国家の本質である暴力の問題。今、国防の観点からのみ軍備が議論されるが、抵抗権の物理的所在を問わなければならない。ベトナムのアメリカ戦勝利を再認識すべきだ。
    選挙は革命の制度化。日本の政治家と官僚に身に染ませなければ。

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