自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 B-47)

著者 :
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  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004110477

感想・レビュー・書評

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  • 子どもの頃から疑問だったんですよ。自動車事故死が連日報道されても車は規制されない、どころか車に乗ってる人たちは偉そうで…車運転してる人たちだけで道路つくるお金払えばいいのに、などなど。ネット普及してからは、車利用者が実に自己本位な事がわかってビビりますし。「そんな素朴なことじゃ世の中わたっていけんよ」とは言わない宇沢さんでして、何となく車がいけないと思う理由はアレとかアレなんじゃないか、っていう論点をつないでいるので、読んでいると気持ちよくなりますね。

  • 過激だ。1974年の宇沢氏の論考。p.28 「自動車はまさに生物体に侵入したガン細胞のように、経済社会のなかで拡大していったのである。」

  • 現在日本は自動車なしには生きていけない社会になっている。
    いろんな意味でちょっと古い本だが「こういう視点もあったのか」って思える一冊。常に本棚の手の届くところにあるお勧めの本。

  • 昨今、これまで以上に自動車事故のニュース(とりわけ、あおり運転や高齢者ドライバーによるもの等)がクローズアップされている。私は自動車を運転しないものの、著者の名著に触れようと手に取ったものだ。
     著者は、社会的資本である道路が誰のためのものなのか、歩行者でなく、自動車のためのものなのか、ということを迸る憤怒を交えながら(時には、自動車をガン細胞とも)、熱い思いで読者に語りかける。自動車保有率など、現在の状況とは符合しない点もあるものの、半世紀ほど前に刊行されたその警句的な示唆に富んだ内容に読者と著者の距離感が縮まっていくことを自覚してしまうほどだ。

  •  自動車にたいする経済的・社会的価値がますます高まっていた1970年代にあって、その負の効用について警鐘を鳴らし、そのコストの取り扱いについて具体策を提起した書。この時代にあってこのテーマということで、著者の先進性は際立っています。

     第1章「自動車の普及」では自動車普及の歴史が、主にアメリカを中心にして語られます。
     ここで自動車の普及が様々な経済分野の発展に寄与したことに一定の評価を行いつつも、騒音や環境汚染などで市民生活の質を劣化させた点を指摘しています。

     個人的に興味深かったのは、フォードの「Tモデル」がアメリカにおける自動車普及を飛躍的に高めた点。1900年にはわずか4000台そこそこの自動車生産台数が、1920年には実に200万台(!)をこえるようになったのは驚異的です。
     そして、1956年に導入されたハイウェイ・トラスト・ファンド制度。これによって自動車用ガソリンに課税された税金はそのまま全額が新しい自動車道路の建設に充てられるようになったのですが、その巨額な資金が一気に道路網を拡充させたことは想像に難くないでしょう。なんとも思い切ったことをしたものです。

     第1章の後半では、自動車の急激な普及が様々な弊害を生み出し、それによって環境や市民生活に配慮した制度の導入が徐々に進んできている、そのようなストーリーが展開されるのですが、これはおそらく第2章「日本における自動車」に対する布石でしょう。要するに「世界はこのように改善の兆しがあるのに、日本ときたら・・・」といったレトリックであるように感じました。

     第2章「日本における自動車」では、日本の自動車の普及状況が批判的に語られます。数字を用いた定量的な議論がある一方で、いささか感情論的な指摘も多いのですが、このような感情的な指摘は著者の議論の ”冷静さ” を減じさせる印象しか残さないため、個人的に残念です。
     ただ、よほど著者が当時の自動車の普及状況に憤懣やるかたなかったのかを理解できます。

     第3章「自動車の社会的費用」が本書のハイライトです。まず社会的費用とはなにか?ですが、私はこの用語を全く知らなかったのですが、以下のような定義みたいです。

    「ある経済活動が第三者あるいは社会全体に対して直接的あるいは間接的に悪影響を与えるとき、そのうち発生者が負担していない部分を何らかの方法で計測して集計した額を社会的費用と呼んでいる。」

     従来の社会的費用は「ホフマン方式」と呼ばれる方法が主流なのですが、これについて異を唱え、別の集計方法を提示しているところに本書の独自性があると思います。

     「ホフマン方式」を簡単に説明すると、例えばある人が交通事故で命を落としたとして、その人が命を失わなかった場合に生涯でどれくらいの所得を稼ぐことができたかをもって損失額をはじき出す手法です。この場合、無職の方が命を落としたケースを計算すると、極端な言い方をすると損失額はゼロと結論されることもあり得ます。著者はその非人間性を批判します。

     そして議論は「ホフマン方式」が前提としている新古典派の理論への批判と移っていきます。
     この「新古典派」の理論はいろいろな特徴はありますが、要するに人間を生産及び消費のイチ要素と捉え、その活動の経済的価値(つまり金額)を市場の評価と合わせて算出する、といった点が大きいとうけとりました。

     著者はこのような新古典派の考え方を批判します。自動車の生じる騒音や公害は、社会的弱者がより多くの弊害を被っていると考えられますが(金持ちが多く住むところに幹線道路は通さないし、金持ちなら住居を変えたりリフォームすることで対策を講じることができます)、彼らの生み出す経済的価値は相対的に低いため、従って社会的費用も低くなるためです。
     この辺の新古典派の理論特徴の説明や、その欠陥を分析している個所はとても面白いし、とても勉強になります。

     そのうえで著者は、人や社会に被害を与えない道路の要件を定義して、そのような道路を作ったり、既存の道路をそれに改修するための費用を見積り、これを自動車利用者に負担させる方法を提案します。
     この費用はなかなかの額になると想定されるのですが、これにより自動車の最適数が維持され、同時に人や社会において好ましい都市構造を構築できるという効果が説明されます。これも一種の持続可能な社会といえるのでしょう。


     本書は経済学の基本知識(すくなくともミクロ経済の知識)がないと少々読むのに苦労します。私は経済学の入門書(※)で経済学の知識を補いながら本書を読みました

    (※)『入門 経済学』(伊藤元重/日本評論社)
      本書は主な経済理論を網羅しており、かつ内容も平易なのでおススメです。

     しかしながら、著者の新古典派への反駁はなかなか読みごたえがあります(これに対する個人的な反論もいろいろあったわけですが)。
     自動車の社会的費用という課題と対策に関する様々な考え方・捉え方に触れられ、同時に経済学のお勉強もできる良書だと思います。

  • こちらも読書猿さんの図書「はじめての新書」での紹介に
    よるものです。ちょっと冗長なところもあるけど、こんな経済学もあるのかと軽いショックを受けます。

  • 現実の社会問題と経済学の理論とが、斬り結ぶさまを学ぶことができた一冊。

    自動車という、それなしには考えられない事柄に対しても、批判理論を展開し、同時に理論的な枠組みを越えた社会規範についても論じられている。

    社会経済における自由と公正に関する議論では、”応益負担””応能負担””応分負担”それぞれの方法の適応が課題となっている。最適な解はおそらく一つではないし、また、不変とも限らない。常に社会的な議論と合意形成の努力が必要であろう。

    その際には、本書で示されているような、実際の課題を正面から論じる勇気、その理論と規範とを論じる知性が欠かせない。

    今日、自動車に関して、新たな技術的、社会的状況も生まれている。どのように論じることができるだろうか。Jane Jacobs『アメリカ大都市の死と生』も合わせて参照したい。

  • 車が当たり前の社会で、考えさせられる内容です。ペーパードライバーの私には、納得できることだらけでしたが、日常的に車に乗っている人は「そうは言ってもね〜」と否定的にみられるかもしれません。道は、本来歩行者のためのもの。高速道路などの自動車専用道路以外は、「自動車は歩行者の道を走らせて頂いている」くらいの意識で丁度いいのかもしれません。マイノリティーな意見だと思います。経済優先の社会では無視されるに違いありません。しかし、無駄なお金を負担し合っていることを、日本人は認識すべきかもしれません。

  • 難しかった。
    しかし著者の優しさ・思いやりがバックボーンにあることが伝わってくる名著であると思う。

  •  大御所による前のめりな新書。とても有名。
     既に私は大学一年目で読んだ、ような気がする。我ながら「読んだような……」というほど曖昧なので、しっかり読むために、購入し手元へ置く。

    【版元】
    著者:宇沢弘文(1928-2014)
    通し番号 青版 B-47
    ジャンル 書籍 > 岩波新書 > 経済
    刊行日 1974/06/20
    ISBN 9784004110477
    Cコード 0233
    体裁 新書・並製・カバー
    定価 本体700円+税
    在庫 在庫僅少

    自動車は現代機械文明の輝ける象徴である.しかし,自動車による公害の発生から,また市民の安全な歩行を守るシビル・ミニマムの立場から,その無制限な増大に対する批判が生じてきた.市民の基本的権利獲得を目指す立場から,自動車の社会的費用を具体的に算出し,その内部化の方途をさぐり,あるべき都市交通の姿を示唆する.
    https://www.iwanami.co.jp/book/b267083.html

    【目次】
    まえがき(一九七四年一月一三日 著者) [i-vi]
    目次 [vii-ix]

    序章 001
    1 自動車の問題性 002
    2 市民的権利の侵害 012

    I 自動車の普及 023
    1 現代文明の象徴としての自動車 024
    2 自動車と資本主義 026
    3 アメリカにおける自動車の普及 034
    4 公共的交通機関の衰退と公害の発生 040
    5 一九七三年の新交通法 044

    II 日本における自動車 049
    1 急速な普及と道路の整備 050
    2 都市と農村の変化 055
    3 非人間的な日本の道路 060
    4 異常な自動車通行 067

    III 自動車の社会的費用 077
    1 社会的費用の概念 078
    2 三つの計測例 085
    3 新古典派の経済理論 099
    4 社会的共通資本の捉え方 119
    5 社会的コンセンサスと経済的安定性 130
    6 市民的自由と効率性 138
    7 社会的共通資本としての道路 154
    8 自動車の社会的費用 159

    IV おわりに 169

    あとがき [179-180]

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著者プロフィール

元東京大学名誉教授
1928年生まれ。51年東京大学理学部数学科卒業、56年スタンフォード大学経済学部研究員、58年同助手、59年同助教授、60年カリフォルニア大学バークレー校経済学部助教授、61年スタンフォード大学経済学部準教授、64年シカゴ大学経済学部教授、68年東京大学経済学部助教授、69年同教授、89年東京大学を定年退官、新潟大学経済学部教授、中央大学経済学部教授、同志社大学社会的共通資本研究センター所長などを経て、2014年死去

「2017年 『経済と人間の旅』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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