水俣病 (岩波新書 青版 B-113)

著者 :
  • 岩波書店
4.27
  • (18)
  • (6)
  • (9)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 110
レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004111139

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 水俣病についての解説。まだ全然解決に至ってない段階の本であるが、問題点がうまく整理されているように感じた。

  • (2016.09.11読了)(2014.08.26購入)(2011.04.26・第45刷)

    【目次】
    はじめに
    Ⅰ 水俣病の発生
    Ⅱ 原因物質を追う
    Ⅲ 水銀をつきとめる
    Ⅳ 胎児性水俣病
    Ⅴ 一酸化炭素中毒
    Ⅵ 新潟水俣病の発生
    Ⅶ 公害病認定から訴訟へ
    Ⅷ 水俣病の全貌の解明にのり出す
    Ⅸ 隠れ水俣病
    Ⅹ 水俣病は終わっていない
    あとがき
    参考文献

    (amazonより)
    公害病の中でも大規模で最も悲惨なものの一つ、水俣病。苦痛に絶叫しながら亡くなった人々や胎児性患者のことは世界的にも知られているが、有機水銀によるこの環境破壊の恐るべき全貌は、いまだに探りつくされてはいない。長年患者を診察してその実態の解明にとりくんできた一医学者の体験と反省は、貴重な教訓に満ちている。

  •  水俣病が公害問題であることは周知の事実である。が、その病状の悲惨さを知り、その病気がもたらす悲惨さを知っているかとなると、私のようにあまり知らないという人も多いと思う。そこでおすすめしたいのが本書である。

     なぜ彼らは苦しまなければならなかったのか。企業や行政、そして医学者は患者に対してなにをしたのか。そこに含まれる社会の不条理を、患者の悲惨さをドラマチックに強調することによってではなく、あくまで事実に基づいて冷静に記述している。

     工場排水との因果関係を把握しながらひた隠しにした企業。原因物質が明らかではないとして漁獲を禁止しなかった行政。魚無しの生活は有り得ないとして水銀まみれの魚を食べ続けた住人。水俣病発生の背景を考えただけでも、そこには様々な問題がある。

     さらに本書は、医学者である筆者自身への自戒も込められている。昭和35年に問題は解決したとして、水俣の実態を追跡することを怠った行政と医学者。問題は解決したとされてからも、「隠れた」あるいは「隠された」水俣病が蔓延していたのである。

    最初に「その病状の悲惨さを知り、その病気がもたらす悲惨さを知っているか」と書いたが、現地を訪れその病状の悲惨さに理解を深めていた医学者でさえ、その病気が社会的にどういう意味を持ち、どういう悲惨さをもたらすかということは、十分には知らなかったのである。

     多くの「隠れ水俣病」患者らは、工場排水と病状の因果関係を認められず、そのまま泣き寝入りすることを強いられていた。そのような状況下で書かれた本書には、水俣病がもつ問題の根深さと、その認定をめぐる不条理な実態が描かれている。

     本書を読んだ人は、水俣病という問題が過去の出来事ではないことにかならず気がつくと思う。それは、企業や行政、医学、市民、といったさまざまな存在を取り巻く社会というものがつねに抱えうる病理なのである。

     科学技術の進歩めざましい現代にこそ顧みることが必要な一冊だ、と、強い言葉でおすすめしたい。

  • 水俣の裁判の場合は、企業に過失があったかどうかということがいちばん大きな争点であること、水俣病の発生から実に15年も経って、はじめて「水俣市報」で水俣病認定申請手続の広報がなされたことに驚かざるを得ない。とにかく日本という国は責任を取ろうとしない。実際に起こってしまったことに対して、被害者が納得できる責任の取り方は事実上まず無理ではあるのだが、起こしたことの非は認めて謝罪することはできるはずだ。

  • 社会に大きな影響を与えた公害病である水俣病についてその原因追究の過程、企業の利潤追求や行政の姿勢、患者のおかれた立場などについて患者の側にたって水俣病を告発していた医師が記したもの。

  • 「安全性の考え方」に学ぶ

    表題は武谷三男氏の著書名。
    武谷氏の著作を根拠に、本書の中で企業の環境マネジメントにおける善管注意義務を語る。

    そのポイントだけを言うと、
    ・危険なものはできるだけ外へ出さないのが、
    排水処理の根本原理。
    ・排水の処理方法が研究、調査されるべき。
    ・排水後も環境に異常がないか常に監視すべき。

    さらに筆者は、
    企業は安全性不明の排水から生じる危険を予見しこれを未然に防ぐ必要な処理を講ずるべきと主張し、
    予見の対象をメチル水銀に限定するチッソの態度は「言い逃れ」に過ぎないと断ずる。

    企業はなぜ環境マネジメントをやらないといけないのか、その答えがわからなくなった時本書へ帰ってくる、
    そんな位置づけの本。

  • このルポは。1972年までに著者が熊本水俣病・第二の水俣病とも言われた新潟水俣病について、解説し被害者の生活から経済なども書かれています。ただ、1972年までなので現在解っている事でも書かれていない場合もあります。

  • 今日、日本の各地で漁業被害や動植物の被害が問題になると、それをある程度やむを得ない必要悪のように言う風潮がある。また人間と魚とどちらが大事かなという議論が出てきたりする。しかし問題は、そのような議論ではなく、そのような環境異変(魚の被害など)の次にやられるものは人間であるということなのだ。そのことを水俣ははっきりと示している。(p.15)

    今まで、症状の程度によって補償に差をつけるという考え方を、私たちは非常に無批判に受けいれていたのであるが、その症状の重さ軽さを決める基準というものは、きわめてあいまいであることを知らねばならないと思う。
    さまざまな矛盾を持ったランクづけによる機械的な症度分け、それによる補償の差という考え方が、無批判にいろんなものの補償に拡大されていては困るのである。

    ここにも私は人類の罪悪を見た。人間が人間に挑戦してきた犯罪をみた。原爆に関しては、まだ問題は山積みされて残っているが、その中に、水俣がかかえている問題についてのいくつかの示唆に富む事実を見出すことができた。水俣病は人類が経験した環境汚染としては史上最初にして最大級のものであるが、放射能汚染もまた、汚染のメカニズム、規模においては異なるが、人類が初めて経験した巨大な環境汚染といっていい。したがって今後、被爆者や汚染された住民がどのような経過をたどるのか、不明であることは両者とも同じである。この不幸な経験を活かすためにも、今後一〇-二〇年以上も追究しなければならない(p.236)。

  • 一見とっつきにくそうな見た目、タイトル、そして本を開いてびっしりを細かい活字やグラフが並んでいるのを見て一瞬ためらったが、読み始めると止まらない感じでぐいぐい読ませる良書だった。

    水俣病の診断と研究に心血を注いだ筆者が、昭和46年当時の水俣病の状況について、様々な観点から論じた本。
    水俣病の発見と原因の特定にはじまり、それでも原因物質を垂れ流し続けた企業論理との対決、そして水俣病の実態とは何か、その中で医師の役割とは、といった感じで話が進む。

    今から40年前に書かれた本でありながら、全く古さを感じさせない。
    公害問題が起こったときの安全性や保障についての考え方、公害病の診断、認定の基準についての考え方など、勉強になった。
    ただ、安全性についての、武谷氏の「安全性の考え方」から引用されている、「放射能が完全に無害だと証明されない限り核実験はすべきではない」というような主張はいまいち腑に落ちなかった。
    それではどんな経済活動もできなくなってしまうが、それは同書からの引用「許容量とは科学的な概念でなく社会的な概念である」(つまりトレードオフ?)という部分が絡んでくると思うが、上記の部分とうまく繋がっていないような気がした。
    同書もいずれ目を通したいところだ。

    本書の最後の方で、原因物質に特有な症状が消えても、表面上は成人病や神経薄弱といった症状に姿を変えて、水俣病は世代を超えて残り続け、今後は疫学的な、継続的な研究が必要であろうという話があって、背筋が寒くなった。
    また、こういった新しい種類の毒というのは、本来毒をブロックする胎盤を通り抜けてしまい、出産という形で母体が毒を排出するという、種の保存とは逆の作用をもたらしているという話もあり、筆者と同じで、戦慄を覚えた。
    筆者は、そうして人類のレベルは低下していくのでは、というような感想を漏らしているが、全く笑い飛ばせない。
    公害問題というのは一時期騒がれて終わった気になってしまうが、基本的にとりかえしがつかないということが分かった。

    しかし、水俣病の患者の惨状というのは、学校で習ったつもりではあったが、やはりすさまじい。
    一方では多くの被害者の人格が完全に変わるほどの毒を垂れ流しながら(しかも影響が顕著なのが分かっても当該企業は続けていた。)、一方ではその診断や研究に奔走する。
    筆者もその点について奇妙な感慨のようなものを抱いたようだが、本当に人間というは奇妙な生き物だ。

  • 衝撃的。水俣病はまだおわっていないことを痛感させられる。

全17件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1934年鹿児島県生まれ。熊本大学助教授を経て1999年より熊本学園大学教授。胎児生水俣病、三池一酸化炭素中毒、カネミ油症など社会医学的研究を行う。また世界各地の水銀汚染や砒素中毒を調査。著書に『水俣病』、『水俣が映す世界』、『水俣学研究序説』ほか多数。日本精神神経学会賞、大佛次郎賞、アジア太平洋環境賞など受賞。

「2009年 『宝子たち 胎児性水俣病に学んだ50年』 で使われていた紹介文から引用しています。」

原田正純の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
フランツ・カフカ
宮部 みゆき
レイチェル カー...
三島 由紀夫
安部 公房
有効な右矢印 無効な右矢印

水俣病 (岩波新書 青版 B-113)に関連するまとめ

水俣病 (岩波新書 青版 B-113)を本棚に登録しているひと

ツイートする