弁証法とはどういうものか (岩波新書 青版 50)

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  • Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004120094

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  • 本書は科学的弁証法の立場から神秘的弁証法及び詭弁や折衷主義の批判を行っている。神秘的弁証法とは「なにか解決しがたいと思われる矛盾にでくわせば、いきなりそれを『絶対矛盾の自己同一』で片づけてしまう」そのような「神秘と不合理への逃避」とされる(14頁)。その代表格とされるのが田辺元と西田幾多郎である。私は両人の著作をそれほど読んだことがないので、評価を下すことができないが、松村が田辺の『哲学通論』の171頁から引用するように、田辺が弁証法の最終的な到達点である対立の統一を「『直接飛躍的なる統一を承認するのでなければ統一は成立せず』」(13頁)と考えているのであれば、確かにそれはたんなる「逆説的」(14頁)で訳のわからない呪文でしかないだろう。松村はヘーゲルの弁証法とそうした神秘的弁証法とを一応は別けて、ヘーゲルに対してそれなりの評価を与えてはいる(松村はヘーゲル『小論理学』(岩波書店)の訳者であるからヘーゲルの重要性には熟知しているはずである)が、ヘーゲルの論理の抽象性を批判している(206 - 207頁)。ヘーゲルが概念が弁証法的に自己展開し、否定の否定としての・・饌療、覆發里鯒聴・靴燭里紡个靴董◆峺充妥、砲蓮△海龍饌療、覆發里蓮△海了弭猷當・砲茲辰討呂犬瓩得犬犬燭發里任呂覆・・渋犬垢覿饌療、覆發里・弭佑砲茲辰毒聴・気譴燭砲垢・泙擦鵝廖・・屋・ぢ頁)と言う。ヘーゲルが伝統的な第一哲学として何ものも前提することなく、「存在」というまったく抽象的な概念から「定在」や「現実存在」や「現実性」といったカテゴリーを導出するのに対して、松村は素朴に現実的な物を信じるところから始めているため、食い違うのは当然だろう。弁証法とは、例えばソクラテスが対話者の最初の主張から最終的に反対の主張を引き出したように、思惟の一面性を突いてその反対の面を導き出すという点にある(ただしこれはヘーゲルが『小論理学』の79節から論じる「論理的なものの三つの側面」のなかでは第二段階の否定的弁証法に当たる)。資本主義であれなんであれ社会のうちに現存するものは、人間の思惟の産物であるのだから、現存するものの分析とはまさに思惟の分析に他ならないのではないか。例えば松村が矛盾の解決を「古いものの破壊と新しいものの創造」(210頁)と言う場合でさえ、そこで考えられている「古い・・發痢廚筺嵜靴靴い發痢廚・燭任△襪・鯤・呂垢襪海箸如・噂磴法峺鼎い發痢廚筺嵜靴靴い發痢廚噺討个譴襪發里・造呂修糧紳个里發里謀床修垢襪海箸發△蠧世襪海箸・・个気譴襪・發靴譴覆ぁ・弔泙蝓⊃靴靴い發里反・犬導很燭鬚靴新覯漫・・・垢科僂錣辰燭世韻乃賤茲瞭蛤曚砲覆辰討靴泙Δ海箸發△襪世蹐Α・燭世掘△修亮匆颪砲蓮・蠑歙④旅發ぁ慙斥・悄戮箸楼磴辰董∋・燭覆發里・泙泙譴討い襪・蕾鎚儖茲楼豼惺④い世蹐Α・修譴任發覆。⊆匆颪僚堯垢了・舛鯤・呂垢襪海箸任修琉賁明④鬚弔・海箸麓匆駟儚廚慮尭偉呂箸覆蝓△修譴・嵶鮖法廚鯔造い任い・里任修了・神④箒・垣④鉾甦囘、砲覆襪海箸呂覆い世蹐Α・燭世掘△修諒儚廚・崙・茵廚任△詆・廚・△襪・匹Δ・△修譴郎8什澆里錣譴錣譴・甬遒瞭・茲領鮖砲鯤・呂垢襪覆・燃猟蠅靴覆韻譴个覆蕕覆ぁ・・・・ぢ ちなみにヘーゲル的な弁証法と古代ギリシャにおける弁証法については、山口祐弘著『ヘーゲル哲学の思惟方法―弁証法の根源と課題 』(学術叢書)に詳しい。

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