朱子学と陽明学 (岩波新書)

  • 岩波書店 (1967年5月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (214ページ) / ISBN・EAN: 9784004120285

みんなの感想まとめ

儒教の重要な二つの流派、朱子学と陽明学の起源や特徴について深く掘り下げた内容が展開されています。著者は、これらの学問が持つ思想的背景を詳しく解説しており、興味深い視点が多く提供されていますが、儒教につ...

感想・レビュー・書評

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  • まとめ
     本書前半では、仏教や道教を取り込みながら独自の発展を遂げる宋学が朱子学に結実した過程を丹念に追っていく。朱子学が影響を受けた他の学問分野の思想を探るだけではなく、儒教側の受容のあり方に重点が置かれている。従来、儒教の価値を否定する立場からは、朱子学は所詮他の思想を剽窃してつぎはぎしたに過ぎないとされてきたことへの反論でもある。一例を挙げれば、同じ「万物一体」であっても、仏教や道教では瞑想と諦念へ結び付けられるものが、程明道では仁と結び付けられ、人を責任と行動へと駆り立てる動因へと変容するのである。
     後半では陽明学の成立を程明道−陸象山の系譜としてではなく、朱子学からの必然的な発展として描く。朱子学は、世界における理−気に人心における性−情を対応させ、気質の性すなわち人欲を去ることを目指した。この態度が「敬」であり具体的な方法が「格物致知」(=読書)である。こうして朱子学は、古典を自由に読み解くという儒教の方法論そのものが聖人へ至る道である説いた。しかし、これは同時に古典の読み方を固定化してしまうことになる。
     必然的に硬直化した朱子学に対して、陽明学は心即理と良知によって応えた。情を悪として排除した朱子学と異なり、性−情を一体とした心に天理が宿っていると考え、その良知によって正しい理を判断することができると主張した。これによって儒教の古典の中にすでに記されている天理を見出すという「読書」の意味を反転させ、「良知」に従って古典の内容の是非を判断することが可能となった。歴史的背景に位置づけて古典を本来の意味のまま読むという姿勢は考証学を準備したと言える。絶対的な理の存在が疑問視され、相対主義的な考え方が生じたことで、儒教以外の思想・知識も積極的に取り入れられるようになった。さらには読書そのものを軽視するものも現れたが、これは結果として士大夫以外にも陽明学が受容されることにつながった。一方で、あまりにも急進的な実践は、旧来の社会秩序や価値観を破壊して社会不安を引き起こし、頽廃主義を招くことにもなった。

    感想
     朱子学は伝統的な儒教の到達点であるが、同時に陽明学を生みだしたことで儒教は終焉を迎えたと言える。中国における合理主義が芽吹き、儒教の聖典を単なる古典に貶めた。そこにはもはや絶対的な天理は存在せず、ゆえにそれに基づいた性−情の二元論も成立しなくなる。しかし、絶対的ではないとしても、客観的な理−気としての世界や社会はなお存在しており、性−情との関係の問題は解消していないはずである。特に、朱子学の関心とするところの道徳と個人の葛藤は重要な問題である。ところが陽明学では、客観的な天理の消失と同時に、「性−情」の運動そのものを「良知」として絶対的に肯定し、内面の葛藤を度外視してしまった。こうした考え方は、朱子学の転倒としては価値を持ったかもしれないが、朱子学の提起していた問題に何ら回答を出さないまま放棄することでもある。今日の議論で、朱子学を「客観唯心論」、陽明学を「主観唯心論」と整理する、素朴で粗雑な理解が通説となっていることからすると、今日に至るまでこの問題が顧みられることはなかったようである。いささか乱暴かもしれないが、今日におけるマルクス主義の定型的で教条主義的な解釈は、陽明学における絶対的な「心」を「生産関係」に置き換えたにすぎないとすら思えてしまう。

    感想の蛇足
     西洋的な見方をすれば、朱子学と陽明学は、道徳と精神の関係を異なる側面から分析しているに過ぎないようにも思える。朱子学では、絶対的な道徳(=天理)が「性」と「情」を規定し、対立・葛藤を生む過程を重視しているのに対し、陽明学は「性−情」の調和が客観的な道徳(いわゆる超自我)を生成する過程に焦点を当てる。しかし、これらの要素は相互に影響を与え、一体として運動を生じるものである。どちらか一方の立場に固執するのでは、思想的な発展は望めない。古代において封建制の解体と高度な商品社会、さらには家族制度の解体と個人主義を確立し、西洋に先んじて合理主義を生み出したにもかかわらず、中世において強固な家族制度が再生され、康有為に至っても大同を主張するにとどまった中国では、ついに個人主義に基づいた倫理学は誕生しなかったのかと思うと慨嘆せずにはいられない。

  • 読んだ。朱子学と陽明学ならびに、その起源が書かれてた。へー、と思った。儒教すらまともに知らない人間にとって、若干なに言ってんのか解らなくて、ハードだった。

  • 第85回アワヒニビブリオバトル「【1日目】おうち時間DEビブリオバトル」4時間目 総合で紹介された本です。
    オンライン開催。
    2022.05.03

  • 書名から勝手に概論的な内容だと思いこんでいたが、全く違った。性即理の朱子学と、心即理の陽明学を対比させ、どのような思想的変遷を辿ったのかを考察したもの。かなり専門的な内容だった。思想というものは突然変異的に出現するものではなく、どんなに対立する思想にも何らかの繋がりがある、という主旨。
    万物が本来持つ”あるべき姿”を性とし、それが世の構成原則(理)になっているという朱熹の『性即理』理論。心は性と情から成り、性は人に元来備わっている(=未発)”善なるもの”で「体」、情は物質である「気」が動いた結果(=已発)としての「用」であり、これらは別物という考え。事物の「性」を正しく理解することによって物事の道理が見極められる(格物致知)。
    一方で陽明の考える『心即理』は、性と情とを区別せず、人欲も理性もまとめて心=理なのだ、という思想。心=良知=天理であり、良知をもって事物を正しく見ることが格物致知の真の意味だという。
    素人的にはそれほど隔たりがあるように見えないが、中世以降の二大中国思想の片鱗を少しだけ理解できた。

  • 改めてまた読もうと思うが、とりあえず一回目においては退屈さしか覚えなかった。

  • 基礎知識がある前提で書かれているので難解。
    心を性と情に分けた上で、朱子学は「性即理」、陽明学は「心即理」。

  • 朱子学と陽明学の基本的な考え方をわかりやすく簡潔に説明している入門書です。

    1967年に刊行された本ですが、長年にわたって読者の評価を得ているロングセラーで、今なお優れた入門書と言えるのではないかと思います。もっとも、現在では木下鉄矢による厳しい批判がなされており、また垣内景子の『朱子学入門』(2015年、ミネルヴァ書房)や小島毅の『朱子学と陽明学』(2013年、ちくま学芸文庫)などのわかりやすい入門書が刊行されていますが、本書のコンパクトな叙述のスタイルには類書にない魅力を感じます。

    とりあつかっている内容としては、朱子学と陽明学の概要のほか、「儒教の反逆者」として李卓吾に一章があてられており、その「童心説」について紹介するとともに、仏教との関係にかんする著者自身の疑問が提起されています。

  • 信州大学の所蔵はこちらです☆
    https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BN01796873

  • 【目次 】
    第一章 新しい哲学の出発
    一 仏教・道教のいわゆる影響 001
    二 台頭する士大夫階級と宋学の理想 014
    三 宋学の形成 030
    四 理の哲学と気の哲学 054

    第二章 宋学の完成・朱子学
    一 中国最大の思想家、朱子 077
    二 朱子の論敵、陸象山 106

    第三章 陽明学の成立・展開
    一 王陽明の登場 119
    二 陽明学の展開、とくに左派 146
    三 儒教の叛逆者・李贄(李卓吾) 161

    あとがき191
    付 年表 

  • 程明道、程伊川の思想が発展することで朱子学に至り、さらに朱子学の問題意識を突き詰めることで陽明学に至るという流れがつかめる。問題意識の在り処に注目することで、朱陽の思想の概観が判る。

  • [ 内容 ]
    仏教の汎神論的思想を容れて宋代に確立した朱子学、心即理・致良知・知行合一を説く明代に生まれた陽明学。
    両者とも近世中国を支配した儒教哲学であり、また唯心論的実践哲学である。
    日本人の倫理観にも大きく影響を与えたこれらの学説の成立過程と歴史的役割を明らかにし、中国思想史におけるその位置づけを試みる。

    [ 目次 ]


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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 朱子学と陽明学の解説書。

    朱子学と陽明学って何?という本では無く、
    ある程度知っている人のための解説書である。

    朱子以前の宋学から始まり、
    陽明学の成立とその後の影響までを解説する。

    性即理と心即理の具体的な違いや、
    陽明学が自己否定に至ってしまうことなど、
    分かったつもりで分かっていなかった
    新たな発見の連続だった。

    四書と近思録と伝習録を読んでから
    この本を読めば、そういうことだったのか!
    という新しい発見があることだろう。

  • ちゃんと読んだ。ほとんど知ってる内容だったということから、影響の大きさが分かる。

  • 新書だが、非常に難しい。
    専門分野の人でないと読めない。

    朱子学なら単行本で、三浦国雄先生の『朱子』が分かりやすい。

  • 中国における背景とか主だった人物の思想の系譜とか関係とか。
    予備知識がある程度ないとつらい。

  • 「天地のために心を立て、生民のために命を立て、往聖のために絶学を継ぎ、万世のために太平を開く」
    後書:青年の客気云々。励まされ。

  • 入門書としては適しているのではないかと。

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著者プロフィール

1917年 広島県三次市生まれ。
1941年 京都帝国大学文学部史学科卒業。
1943年 東方文化研究所助手。
1946年 東海大学予科教授。
1949年 京都大学人文科学研究所助教授。その後同教授を経て京都大学文学部教授。
1981年 退官、京都大学名誉教授。
1997年 学士院会員。
2000年 逝去。

編著書・論文
本書収載「島田虔次著作目録」参照。

「2005年 『中国思想史の研究』 で使われていた紹介文から引用しています。」

島田虔次の作品

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