日本の思想 (岩波新書)

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  • 岩波書店
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レビュー : 177
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004120391

作品紹介・あらすじ

現代日本の思想が当面する問題は何か。その日本的特質はどこにあり、何に由来するものなのか。日本人の内面生活における思想の入りこみかた、それらの相互関係を構造的な視角から追究していくことによって、新しい時代の思想を創造するために、いかなる方法意識が必要であるかを問う。日本の思想のありかたを浮き彫りにした文明論的考察。

感想・レビュー・書評

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  • 高校国語定番教材。
    『「である」ことと「する」こと』所収。
    その身分「である」こと、らしく振る舞うことが重要だった時代から、その身分に応じた仕事を「する」ことを求められるようになった変化。

    なんとなく後者の方がマトモに思えてしまうのだけど、筆者の言うように「する」ことが過剰になりすぎているきらいがある。
    むしろ「しなければならない」プレッシャーが、現代には噴出しているように思う。

    では、「である」ことの価値とは何か。
    筆者はアンドレ・シーグフリードを引用して、「彼によれば芸術や教養は「果実よりは花」なのであり、そのもたらす結果よりもそれ自体に価値があるというわけです。……「古典」というものが何故学問や芸術の世界で意味をもっているかということがまさにこの問題にかかわって来ます。」と述べる。

    どちらか一方に価値があるのではなく、その性質を見極めなくてはならない。

    他、「日本の思想」等が収録されている。
    日本の思想や学問が、地続きではなく蛸壺式であることへの言及。
    岩波新書が改版してくれたおかげで、字面も見やすくなった。ありがとう。

  • 日本の思想という、今にも繫がる視点からかかれたもの。
    ヨーロッパが共通の基礎的連帯があるが、日本はない。(昔は國體意識はあったが)なので、ササラ型ではなくタコツボ型なありかたである。そこでは、分化していて相互のコミュニケーションが不足しがちである。そこで、登場するのがマスコミ。マスコミは共通の場を作る一方でその理論を浸透させようとする。だが、マスコミ自体もやはりタコツボであるから共通のコミュニケーションがない。
    タコツボでは、「である」という状態が特に意識される。
    本来「する」領域でも「である」が居座っている。なので、「である」で見てしまい反省できないことがある。
    「である」により、政治も専門家のなかに閉じ込まれてしまう。たこつぼ?国の制度も「である」で判断しがち。とにかく、「する」でみないと民主主義や政治が自己目的してしまいがち。

  • 〇要約(~71頁)
     日本の民俗信仰である「神道」は、かねてよりその時代に有力な宗教と習合してその教義内容を埋めてきた。このような「神道の無限抱擁性と思想的雑居性」が相互に矛盾し得る哲学や宗教、学問等を平和共存させる思想的寛容の伝統の下に受け入れたため、新思想は無秩序に埋積され、近代日本の精神的雑居性は甚だしいものとなった。また、思想や価値観というのは、他からの刺激があって初めて自覚的で意識的なものとなるが、我が国ではかつてより他との関連の中で、自己を歴史的に位置づけるような思想に乏しかった(あったとしても断片的なものであった)ため、開国後西洋文化と対決することもなく、むしろ、自国の思想的伝統を曖昧なものにしたのである。
     開国後近代化に伴い、日本では、近代社会の必須要請である機能的合理化(ヒエラルキーの成立)と家父長的あるいは情実的人間関係という相互に矛盾し合うバランスを上からの国体教育の注入と下からの共同体的心情の吸い上げによって調整していく統治技術が求められた。そして、上述ように、我が国の確固たる思想や精神が確立されないまま、近代天皇制が精神的機軸としてこの事態に対処しようとしたが、私たちの思想を実質的に整序する原理としてではなく、むしろ否定的な同質化(異端の排除)作用の面だけで強力に働いた。
     すなわち、日本は、基底に共通した伝統的カルチュアのある社会ではなく、最初から専門的に分化した知識集団がそれぞれ閉鎖的な「タコ壺」をなす社会なのである。

     とにかく難解。1度読んでも内容が理解できず、2度目に何が分からないかが分かり、3度目にようやく文章の論理や内容がところどころ理解できるようになるレベルであると感じた。普段用いない用語が多いこともあって、言葉を読めてもその具体的意味が頭に入ってこないことが一つの要因なのかもしれない。
     日本では昔から、他との関連の中で、自己を歴史的に位置づける思想に乏しかったとあるが、その要因として、日本が海洋国であることや特に江戸時代には鎖国体制にあったことが考えられ、そのことが本書には記載されていないが、このようなことはおそらく当然の前提としているのであろう。
     難解な文章ではあったが、「制度」と「精神」の関係(40頁周辺)は勉強になった。政治や経済の制度「それ自体は世界共通であっても、人間関係が介在した制度はすでにカルチュアによって個性的な差を帯びる」ため、何らかの制度を創設、分析する際には、制度における精神(制度下にある人々の精神)を含めた全体構造を検討する必要があるというのは、政策を立案する時には頭の片隅に置いておきたい事項といえるであろう。

  • 私たちの社会が自由だ自由だといって、自由であることを祝福している間に、いつの間にかその自由の実質はカラッポになっていないとも限らない。自由は置物のようにそこにあるのでなく、現実の行使によってだけ守られる、いいかえれば日々自由になろうとすることによって、はじめて自由でありうるということなのです。

  • 本屋で偶然見つけ、100刷以上のベストセラーということで読んでみた。第2章の「近代日本の思想と文学」は難しすぎてチンプンカンプン。ギブアップ。一方で講演体の後半はとっつきやすく、特に最後章「「である」ことと「する」こと」には思わず唸る。この章は現代文の教科書にも掲載されているということだが、これにハラオチする高校1年生が沢山いたら逆に怖い。僕は30歳以降の海外経験と会社経験を経てようやく、自分は日本人なんだなあ、面白いなあ、と実感するようになりましたが。

  • 小論2編と、講演2編。
    タイトルの「日本の思想」はあとがきにもあるが、ちょっと大仰で基本的には近代。マルクス主義が中心主題であり、本書が書かれた1950年代後半の空気が感じられる。
    日本に思想的伝統は存在しないという点と、蛸壺を横串に突き通す初めての思想がマルクス主義だったという点が議論の前提であるが、この前提は疑おうと思えば十分疑えるのではないか。特に前者は、体系的な構成をなしたものがないというのと伝統が存在しないことは別だと思う。

  • 丸山真男を読むのは初。よく内容が難しいと言われる本だが、1と2は元々論文に近い発表だからしゃーない気もする。それにしても一文が長い文章には辟易したが。ただ、後半二章は一気に平易になり、本としては色々問題があるのでは、と思ったりする。
    肝心の中身は、リベラルプラグマティストな個人的な考えとも合うもので好感触。直接言及されてないが、明らかにウェーバーの影響が大きく、価値自由だとか職業としての政治で展開された政治家の倫理性などの考えが下地にある。あとは、一箇所だけ名前が出てきたが、ポパーの影響も大きい気がする。

    日本には西欧的思想がなく、前近代が一気に近代化したとか、その際、空虚だからこそ天皇制がうまく働いたとか、どっかで読んだことあるなーって内容が多いのは、逆に前に読んだ本が丸山を下敷きにしてたということなのだろう。

    個人的に面白かったのは、2章の政治、科学、文学の三角関係。こうした座標での昭和文学史の見方は面白い。最後にSF作家のHGウェルズの引用があって、その終わり方がなんとも爽やかだった。

  • 「海外から入ってきた思想は日本で受容される」ということが書いてある。
    前半は難解だが、後半は前半のことを平易に解説していて面白い。

    特に、たこつぼ型とささら型の例えは「そうかもしれない」と思えた。

    日本ではたこつぼ型と云って、海外で発展した思想がぶつ切りになって入ってくる現象が見られるという。「互いの交流が希薄で、これはあらゆる分野、たとえば文化活動、経済活動、政治活動、あらゆる側面で見られる。」という。
    これは日本の「である」型の身分制の残滓である、とする。その考え方は民主主義の国家になっても同様だ、と喝破する。

    日本は曲がりなりにも先進国の仲間入りをしたが、明治維新が必ずしもいままでの体系をすべて粉砕したわけではないし、戦後改革も同様である。それは社会の随所に見られる、とする。

    「日本の特異性・独特性」を見事に表現した本であろう。もう出版から50年以上経っているが、まだ色あせていないのではないだろうか。

  • 内容は非常に難しいが、必死に主張を追っていくとまぁ言っていることは共感出来るところもあるし、一方でバイアスがかかった捉え方をしているのでは?と思うところもある。(1960年に書かれた本なので、自分は当時の日本人の価値観をしらないが)

    ただ、読んでいて思ったのは、
    これって何を目的に色々主張しているの?
    この主張の意味って何?
    ということ。

    以下は本書とは全然関係ないのだが、読んで思ったことを書く。
    なーんか社会の根源にある(かもしれないし、ないかもしれない。客観的には誰も認識出来ない)問題っぽいのを抽象的に語ってみせて、
    これが今顕在化している色々な問題の全ての原因だ!みたいに言ってアジってるだけじゃないの? とも思った。
    社会学者はいつもこんなこと言ってるイメージ。

  • 全部は読まなかった。丁寧に読んだのは「思想のあり方について」のみ。「『である』ことと『する』こと」も含め、他の章はほぼ流し読み。
    自分の教養のため、と思って手に取った一冊だったが、国体とかイデオロギーの話はやはりピンと来なかった。
    日本がタコツボ社会で、特殊だ奇妙だという主張はやや乱暴に思えた。アメリカも往々にしてタコツボ社会のように思えるし、現代ヨーロッパ(の中流階級以下)も概してタコツボなのではないかと思う。クラブとかサロンがある社会はヨーロッパ上流階級にしか当てはまらない議論なのではないか。

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著者プロフィール

1914年大阪に生まれる。1937年東京大学法学部卒業。1940年助教授、1950年教授。1961-62年ハーバード大学特別客員教授。1962-63年オックスフォード・セント・アントニーズ・カレッジ客員教授。1971年退官。1975-76年プリンストン高等学術研究所員。1996年8月15日歿。主要著作『政治の世界』(1952)『日本政治思想史研究』(1952)共編『政治学事典』(1954)『日本の思想』(1961)『増補版 現代政治の思想と行動』(1964)『戦中と戦後の間』(1976)『「文明論之概略」を読む』(1986)『忠誠と反逆』(1992)『丸山眞男集』全16巻・別巻1(1995-97)『丸山眞男座談』全9冊(1998)『自己内対話』(1998)『丸山眞男講義録』全7冊(1998-2000)『丸山眞男書簡集』全5巻(2003-04)『丸山眞男回顧談』全2巻(2006)『丸山眞男話文集』全4巻(2008-09)『丸山眞男話文集 続』全4巻(2014-15)『丸山眞男集 別集』全5巻(2014-)『丸山眞男講義録 別冊』全2冊(2017)。

「2018年 『戦中と戦後の間[新装版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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