子どものものの考え方 (岩波新書 青版 490)

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  • Amazon.co.jp ・本 (207ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004121213

感想・レビュー・書評

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  • 自分はもう子供ではない.

    少なくとも年齢的にはもう大人として見られている自分が,子供のものの考え方というものを上から目線で見てやろうと思って読んでみた.

    しかし,そんな安易な考えで読んだにしては自分への見返りがとても多かった本だった.

    1963年に刊行されたとても古い本だが,その導入は,テレビやマンガの普及でそれらが子供から考える力を奪っている,母親の育児・子供への教育の関心の高まり,などさして昨今言われていることと変わらないところから始まっている.

    主な内容は,子供の発達心理学についてであると言ってよい.まじめに子供の考え方を科学しているのがとても印象的な本だった.

    単に子供の思考が変わっていく過程を知ることができるというだけではなく,オトナがものを考えるときに十分役立つ説明が多かった.

  • そもそも書かれたのが五十年くらい前のものだから、なるほどかなり年季がある。五十年と言えば、まあそれはもう昔のことである。どことなく唯物論的考え方が見受けられたように思われたのだが、気づいたらそれが薄くなっていたような気がしないこともせず、そのあたりに少々読み終えてから戸惑いを覚える。少々混乱してきたので追って考察してみる。本著は最終的にピアジェへとつながっていく。どうにもフランスでは心理学と哲学は非常に関係が深いらしく、メルロポンティの後任がピアジェだったというわけだからそれはそうだとも言える。つまり心理学における因果性の獲得についてピアジェは段階的な発達を唱えたわけだけれども、カントにおいてはそれはアプリオリに人が持ちえている枠組みであると考えられていたわけである。だが、子どもを観察していくことで、子どもが因果性を獲得し発達させていくさまが見て取れるというのである。そもそも、子どもは論理的思考を行為から得ていくというのも面白い。要するに初期の子どもは無心であるが、少なくとも理性と呼ばれるものは持ちえていないけれども、自分のした行為に対しての母の反応を読み取ることで彼があれこれを獲得していくのだとすれば、なるほど行為から全てが始まっているとも言えそうだ。まあ、始まりって言うやつについて詳細に言及していくと泥沼にはまりそうなのでここについてはさして触れないでおこう。ただ発達段階については改定は加えられても、そのものを否定はできはしないだろう。段階はかなり詳細にわけられるけれども、前因果的思考と因果的思考との二つで十分なのではないかと思われる。アニミズムやら力動的やら、反作用的やらあれこれがあるけれども、ともかくこの反作用的なところから因果的思考は本格的に開始され、そうして最終的に因果関係を概念的に把握できるようになったときにある意味で抽象的思考は完成される。それによって高度な推論が可能となるのだろう。とまあ、あれこれ子どもの思考の発達を見ていくわけだけれども、正直言って世界が翻りそうになる。つまり、著者は子どもが見ている世界は未成熟でそれが発達していくのだとするある意味でマルクス的な進歩史観を軸としているけれども、むしろその未成熟とされる子どもこそが本質を見抜いているのではないか?少なくとも哲学的にはそう感じられてならない。進歩史観にしたがっている限りはこの疑問にはひどく鈍感にならざるをえないのだろうけれども、しかしやはりそう思われてならない。もちろん、子どもがその時点で本質を見抜いているというよりはむしろ最終的にそこへと戻ってくるという意味で本質を見抜いているといっているわけだけれども。しかし、それにしても直観なる概念もややこしい。直観を経験によって確立された経験則とすることもあれば、そうじゃなくてアプリオリ的に自明に与えられているもの=空間、時間と定義するものもある。あれかな?前者がイギリス連合哲学で、後者がカントなのかな?なんかややこしいけれども。

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