歴史の進歩とはなにか (岩波新書 青版 800)

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  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004130024

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  • 歴史の「進歩」という理念に対して厳しい批判がなされている現代において、あらためて歴史の「進歩」について考えなおし、その積極的な意義を救い出そうとする試みです。

    著者はまず、西洋思想における「進歩」の概念史を整理し、進歩の理念の普遍性や、歴史のなかに生きる個人の実存としての意味との相克など、現代において進歩を論じる者が向きあわなければならない問題を明確にしています。

    そのうえで著者は、日本の民衆史が明らかにした、彼らの抵抗運動のもつ思想的意義などを参照しながら、それぞれの時代のなかで典型的な「苦」を減らすことに、歴史の進歩の基準を求めるべきだという考えを提出しています。そして、現代のメタ倫理学やリゴリスティックな規範倫理学を批判しつつ、経験的合理性の枠組みのなかで上述の進歩をめざす実践を善とみなそうとしています。

    鶴見俊輔らが主催する『思想の科学』の代表メンバーであり、日本を代表するポパリアンともいうべき著者らしい立場から、歴史の進歩の意義を力強く擁護するという、いわば反時代的な試みが展開されています。

  • ☆☆☆☆☆ やっと読み終えた。長い時間を費やしながらじっくりと読んだ。1971年10月20日第1刷発行のもの。

    「進歩史観」から「進歩の基準」、「人間史のパラドックス」を経て、著者としての結論
    『人間歴史の未来を創るのは、言うまでもなく人間である。多くの人間は過去、現在の惰性に押し流されたとしても…。その惰性に対して異なった方向へ未来を作ろうとするとき、人間は価値理念の導きを必要とする。しかも過去の試行錯誤から人間はより良い理念を、そして、よりよく実現可能な理念を探究することができる』と説く。


    考えてみれば、人類の歴史は、時間の経過とともに、一方方向に進歩してきたわけではないことは史実を読めばわかることだし、地域によるその人間の叡智の高度化と衰退、停滞の繰り返しが、存在したこともそれほど時代を遡らなくても歴史的事実として確認できる。ただ、ほんの何世紀かのなかで、西洋の思想が人間社会をリードしている期間が続いているに過ぎないのに、何故か西洋文化が人類の先端を走り、文化をリードしているような錯覚を持ってしまっている。
    マヤ文明を滅ぼした、当時のスペインの文化レベルとマヤ文明の文化レベルを比較したら、当然優っていたマヤ文明。そのマヤ文明が唯一、戦闘における武器の有効利用ということに劣っていたために、その優れた文明を途絶えさせてしまったことからもわかるように、人類の長い歴史のなかでは、優れた個人や、優れた文明国家が必ずしも、その思想や文明を継承させることができたわけではない。
    そこには、偶然性が左右するそのときどきの適者が存在し、他を駆逐してしまうことが、当然のこととして起こってきたに違いない。
    ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの関係もそう言われている様に…。

    いま、私が生きているこの時代の瞬間は科学技術的には高度な文明の時間経過の中にあるのかもしれないけど、それは“人類の叡智”という視点から「歴史の進歩」を捉えると必ずしも、高度な進歩の経過点にはないような気がしてしまう。
    2016/05/07

  • [ 内容 ]
    人間の歴史にとって進歩とみえる現象が、他方では大きなマイナスをもたらしている事実が明らかになるとともに、素朴な人間進歩への信仰は崩れて、進歩をはかる価値観自体が混迷している。
    人間にとっての進歩とは、価値とは、という問いに対して、著者自らの主張を提示しつつ、読者自身がその問題を考えることを促す哲学のすすめ。

    [ 目次 ]


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