近衛文麿 (岩波新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (249ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004131335

感想・レビュー・書評

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  • 壮年期は軍部、特に皇道派と親しい。
    第一次内閣(1937年6月~1939年1月)で日中事変が勃発、ゆくゆくはそれが太平洋戦争の端緒となったとして、責任を負うことになる。
    また、この第一次内閣での大赦論などからも分かるように、世間の常識とは異なる考えに時おり強く惹かれるところがある。人間の好みについても、そうした傾向があることが、本書で触れられている。
    第二次内閣(1940年7月~1941年7月)では周囲の反対を押し退けて外相に松岡洋右を起用。基本国策要綱を発表し、大東亜共栄圏の樹立を掲げた。また、ついで日独伊三国同盟を結んだ(1940年9月)。そして、挙国政治体制を目指して「大政翼賛会」を組織した。しかし、当初の目的と異なる、ただの精神運動に成り下がった。また、その内部にマルクス的なものもナチ的なものも混在した国体明徴運動となった。
    そんな中、1941年4月に松岡外相は日ソ中立条約の調印に成功。近衛は一方ならず喜んだ。
    一方で近衛が目指していたアメリカとの交渉は松岡の反対により、前に進まず、事態は悪化した。
    松岡の任命責任を取って総辞職後組織した、第三次内閣(1941年7月~10月)では、成立直後に南部仏印進駐を認めてしまい、日米交渉の可能性を大きく狭めてしまった。そして、これに伴う石油禁輸措置が軍部(特に日米開戦に消極的だった海軍)の焦りを増長させ、開戦に向かわせた責任は大きい。一方で、暗礁に乗り上げた日米交渉を、非常手段に訴えてでも何とか実現したいと、近衛が努力したことも事実である。
    こうした、一連の、(少なくとも本人の思いとしては)自らの意に反する出来事の結果により、日本が全面戦争に向かったことは、本人の戦争責任意識の弱さに繋がっている。
    この点をどの立場から見るかにより、近衛への評価は分かれるであろう。
    ここでは、私見が固まっていないので、述べることが出来ないが、そうしたことを考えさせられる点で、非常に読みごたえのある本であった。

  • 近衛文麿は,昭和十二年以来困難を加える内外情勢に対処すべく三度首相の座についた.が,その内閣は終始軍部に操縦・翻弄され,日本は戦争と破局への道を歩むことになった.本書は,敗戦後に服毒自殺によって戦犯裁判を拒んだこの政治家の性格・思想,その果した役割を明らかにしつつ,政治責任とは何かについての貴重な示唆を与える。

  • 岡義武さんによる近衛文麿論です。引用されることの多い本なので、基礎知識を得るために役立ちます。以下引用の近衛さんインタビューが彼の抱えていた問題を表していると思います。「僕は運命の子だ。僕の周囲に今まで去来した数々のいろいろな分子、右といはず左といはずいろいろな人々が僕を取り巻いたことが、否、取り巻かれていたことが、今日の僕の運命を決定したのだ。これは僕の責任でもあり、悲しい現実であるのだ」毎日新聞S.20.12.17 伊東治正記者書名記事

  • ゼミのために読んだ本、もっともスタンダードな近衛文麿の概説本。

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