新唐詩選 (岩波新書 青版 106)

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  • Amazon.co.jp ・本 (233ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004140160

感想・レビュー・書評

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  • 久々に本を買った。図書館から借りて読んでいるのは1965年版だが、著者への感謝の意を込めて新品を買った。まだ途中までしか読んでいないが、これは手元に置いておきたい本。多分トイレに置くけど。
    杜甫、李白、王維らの詩とその解説が載っている。中学か高校で五言絶句とか七言律詩とか言葉は習ったが、この本を買わせるだけで良かったのに。
    とは言え中高の時に出会っても絶対に読まないだろうな。「これは名著」と思う自分に歳を感じる。
    何なら中高の時に授業で漢詩を読んでいる可能性があるし、この本を紹介されている可能性すらある。しかし残念ながら何も憶えていない。藤田先生ごめんなさい。

  • 正直、読み下し文を読んでもさっぱり理解できなかったので、しっかり語句を解説してくれてる前編はよちよちながら進めることが出来た。後編は辛かった…

  • 吉川幸次郎パートはちょっと俗っぽくチューニングしつつも下品でない解説を、詩句に沿って丁寧にしてくれるので安心して読めた。三好達治パートは唐詩のポエジーについて本質をつかみに行こうとしていて、鋭角で切り込んでいくかんじ。この二部構成はとても良かったです。

  • この本は後篇を読んでから前篇を読んだ方が理解が進む。

    唐詩をしっかり理解して読みたいと思い、前に何冊か買って読んだ。小川環樹の『唐詩概説』(岩波文庫)は基礎知識をつけて変遷を追いかける意味ではまあよかったが、詩歌の魅力に迫ることはなく、また同じ人の『李白』(岩波新書)はただただ眠かった。前野直彬の『唐詩選』(岩波文庫)は上巻だけ読んだが、苦痛でしかなかった。どれを読んでも詩歌の面白さが伝わらず、文法解説書にしか思えない。

    三度目の正直を期待して本著を購入したが、吉川幸次郎の担当した前篇(本篇)全部削って三好達治に紙幅を譲りたいくらい、三好達治の「オマケ」が素晴らしい。詩歌の楽しみ方や、目を向けるべきところ、中国詩の特徴など、詩歌に疎い人にとって非常に為になる話ばかり。吉川の文章はどちらかというと論語でも読まされているような感じで、訳文も、ゆうたら悪いが、センスがない。いづれにしてもあの文章を通じて詩歌に魅力を見出すことはできなかった。

    前篇は書題どおり『"新しい"唐詩選』で、吉川幸次郎の(多分)独断と偏見で選ばれた唐詩が解説とともに紹介されている。ただし紙幅の関係で扱う範囲は盛唐から晩唐で、つまりどう考えたってはじめから杜甫と李白しか紹介する気がない。実際、吉川担当の前半だけで李白の詩が60頁。前半全164頁の中の60頁なので、三分の一強。本家唐詩選も李白の詩が可也の数収録されているらしいので、この割合についてとやかく言うつもりはなかったが、王昌齢の紹介で「ただこの詩人については、吉川の前著……に、相当詳しい記載があるので、ここには……一首のみをあげる」という乱暴ぶりに驚いた。自著の宣伝か。

    ---
    p.128
    「杜甫が人間の心情の美しさを歌う詩人であり、李白が人間の行為の美しさを歌う詩人であるとすれば、王維は主として自然の美しさを歌う詩人である。中国における自然詩……は……自然を詠ぜんとして自然を詠じたのではない。……自然の美しさを人間の道理の源泉、典型としてあがめつつ詠ずる……傾向にある。……王維の自然詩は、他への関心をたって、純粋に自然の美を探究する。」
    p.140
    獨坐幽篁裏,彈琴復長嘯。
    深林人不知,明月來相照。
    (独り幽篁の裏に坐して、弾琴復た長嘯。
    深林人知らず、明月来たりて相に照らす)

    鳥の声や風の音、葉や枝の触れ合うささめきを聴くのではなく、琴や唄いという人工音で悦に入っている時点で自然美といえるのか甚だ疑問。自然と人間の間で生きているといった方が当たっているのでは。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/248094

  • 初版は古い。前半は著名な詩人ごとに詩が紹介されてる。解説は著者の思いが強く感じられて。後半は「もっと漢詩読もうよ」。入門書。

  • 三好の文章は分からない。もっと易しく解説してほしい。

  • 岩波新書 新唐詩選

    前篇 吉川幸次郎 は 杜甫 解説がわかりやすい。後篇 三好達治 は 詩のチョイスがいい。表現は異なるが、両者とも詩の中の景色や自然から 人間の情感を取り出している。

    吉川氏は 詩人別の特性を強調し、三好氏は 詩の読み方を強調している

    吉川氏の杜甫と李白の詩の取り出し方の違いは面白かった
    *杜甫の詩は 自然と人間を比較し、自然の完全な秩序や調和から人間の不完全や有限性(老い)の悲観性を憂い
    *李白の詩は 人生を大きな夢に例え、自然と一体となって 秩序を保ちながら生きる楽観的な人間像を捉えている

    李白の荘子的な詩情は印象に残る
    *今日は風日好ろしきも、明日は恐らく如かざらん〜春風は人に笑う
    *世に処るは大きな夢のごとし(人生は大きな夢である)
    *頭を挙げて山月を望み、頭をたれて故郷を思う


    三好氏は漢詩を読むことを歴史を読むことと同じに捉えている〜なるほどと思う

    〈絶句ニ首〉
    江は碧(みどり)にして 鳥は いよいよ白く 
    *江=揚子江→揚子江のみどりの水面の上を飛ぶ白い鳥
    *白=旅人の悲しみ

    山は青くして 花は燃えんと欲す 今の春も看のあたりに又過ぐ 何の日か是れ帰る年ぞ
    *燃えんと欲す=自然のエネルギー
    *今の春も看のあたりに又過ぐ=今年の春も今までと同じように通り過ぎていく→万物はみな推移する感覚
    *何の日か是れ帰る年ぞ=失った官吏の職を得るために長安に帰れるだろうか〜おのれの命は旅人として推移しているが


    吉川幸次郎 杜甫解説
    〈春の望(なが)め〉
    国破れて山河在り 城は春にして草木深し
    *国家の機構が解体してボロボロになった状態→敗戦を意味しない
    *城郭に囲まれた町に今年も春が来た〜人間は秩序を失っても自然は秩序を失わない

    烽火(ほうか)は三月に連なり 家書は万金に抵る
    *三月=最も美しい月だが、安禄山の乱による狼煙の火はやまない
    *家族はどうしているだろうか〜家書(家からの消息の知らせ)が得られたら万金に相当する

    〈江亭〉
    腹をたいらにすれば江亭の暖かに 長く吟じて野を望むる時
    *江亭に大の字に寝そべりながら詩を口ずさむ幸福な時間

    水は流れて心競わず 雲は在りて意はともにのどかなり
    *悠々たる春の流れのように、わが命を安らかに、時間の流れに託す
    *自然と同じ秩序にいる

    〈高きに登りて〉
    風は急に天は高くして〜不尽の長江はコンコンとして来たる
    *風は 激しく山から見る天空は 高い
    *長江は大きくうごめきつつ流れている

    万里に秋を悲しんで常に客となり 百年の多病に独り台に登る
    *郷国を去ること万里、おのれはいつまでも客(たびびと)である
    *人生百年の半ばを過ぎたのに、わが身には多病と孤独しかない

  •  一般の詩は、散文と違って作者の生の感性が露出していて、発された言葉との距離感が保てない感覚があり苦手にしています。その点漢詩なら、漢字のみで綴られて書かれている言葉との距離が保たれるだけでなく、書かれた時代も隔てていて安心できます。
     漢字の羅列でまず感覚的につかみ、次に解説を読んでから読み直し、最後に書き下し文でそのリズムを味わえば、遥かに遠くの時代の情景が浮かび上がります。

  • 1952年(昭和27年)第1位
    請求記号:921.4ヨ 資料番号:010787323

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著者プロフィール

吉川幸次郎(よしかわ・こうじろう):1904―80年。神戸市生まれ。京都帝国大学文学部文学科入学、支那文学を専攻。1928―31年、中国留学。京都大学人文科学研究所東方学研究部研究員を経て、京都大学教授。この間、数々の著書を発表、日本の中国文学の普及に大きく貢献、芸術院会員、文化功労者となる。主な著書に『尚書正義』『杜甫私記』『陶淵明伝』『仁斎・徂徠・宣長』がある。

「2023年 『中国詩史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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