あの人は帰ってこなかった (岩波新書)

制作 : 菊池 敬一  大牟羅 良 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 18
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (201ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004150121

作品紹介・あらすじ

子種を絶やさぬためといわれて嫁入りさせられ、いくばくも経ずして夫を戦場に送り出した若い農婦たちは、ひたすら夫の帰還を待ちわびた。しかし、待つ人は遂に帰らない。"家の名誉"と現実の苛酷さとの矛盾の中ではいずりまわった彼女たちの戦後の苦渋の真実は、過ぎ去った戦争の蔭に葬り去られてよいものであろうか。

感想・レビュー・書評

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  •  岩手県の山あいの集落に住む戦争未亡人の、来し方についてのインタビュー集。家族に成人男性がいないことで、様々な苦労があったことがわかる。そもそも力仕事の農業をやるのだって大変なのに、村落の共同作業に参加しても婦人は一人前に数えてもらえないとか。夜に男が複数人押しかけてきて性交渉を強要しようとする、断ると家の中を荒らして帰って行くなんて話は、ちょっとシャレにならない。でも、そういう苦労は、未亡人なら戦争に関係なくあったとことなのではないかとも思う。
     昭和の戦争でも、はじめの日中戦争のうちは戦死者も少なくて、未亡人も大事にしてもらえたけれど、末期の頃はそうでもなかったとのこと。戦後7年(だったかな?)たって恩給の給付が始まって、ようやく経済的な困窮から脱することができたケースが多いようで、男手がない農家の暮らしは本当に大変そうだと思った。

  •  戦後二十年目に戦争未亡人を訪ねたインタビュー集である。

     本書で訪ねた戦争未亡人は岩手のとある集落であって、日本全体の傾向とはまた違うのかもしれないが、それでも貴重な記録である。
     彼女達の多くは終戦時点で二十歳そこそことまだ若かったのだが、この集落の未亡人のほとんどが再婚せず、独身を通した。それにはいくつかの理由がある。

     一つ目は夫の生死が不明だったこと。一応官報で死亡が伝えられるわけだが、送られてくるのは空の木箱であることも多く、本当に死んだのかはわからなかった。もちろん信じたくなかったということもあるが、実際死亡が伝えられていた人が後日ひょっこり復員してくる事例もあり、なかなか再婚に踏み切れなかったのである。
     二つ目は子供がいたこと。子のない未亡人は実家に帰されることもあったようだが、本書に登場する未亡人達にはみな子があった。親の子の以前に家の子という意識も強かった当時においては、離縁するということは子を置いていくということでもあった。愛する子であり、愛する夫の忘れ形見でもある子と離れるというのは、彼女達には耐えがたかったのだろう。
     三つ目は周囲の目である。「戦死者の妻は操を守るべき」という雰囲気があり、再婚したり、別の男と恋仲になったりすることはふしだらであるとされた。それでいて「夫がいなくては寂しかろう」などといった無遠慮な言葉をかけられたり、何か頼みごとをした際に誘われたり、酷いと押し入って乱暴したりということもあった。周囲が勝手に「操」なるものを押し付けた挙句、操を守りにくいような環境を作り、結果的に他の男と関係を持った未亡人をふしだらと侮蔑する、マッチポンプのような迫害があったのである。
     そして四つ目が公的扶助である。昭和27年から戦死者の家族には遺族年金が支払われるようになるのだが、未亡人の場合、再婚するとこの年金は打ち切られ、その後離婚しても復活しない。不運にも相性の合わない男と再婚してしまった場合、離婚しようにも生活が成り立たなくなってしまうのだ。これがあるために再婚をためらう者もいたという。

     こうした条件が重なって、仕事と育児に忙殺されているうちに、気が付けば二十年目を迎えていたというのが彼女達である。
     今となっては戦時中のことを覚えている人は少なくなってしまったが、昭和39年はまだそこかしこに戦後が漂っていた時代である。が、彼女達の子供のインタビューによれば、戦中戦後生まれにとっては直接の戦争の記憶があるでなし、父の面影も知らず、世間的にも戦死者の子供だからどうという見方もほとんどなかったという。
     二十年経ったからといって愛する夫を失った彼女達の心の苦しみがそう簡単に癒えるわけでもなく、また一人親であるが故の経済的その他の苦労も解消されるわけでもない。にもかかわらず世間の風当たりは強く、「いつまでもめそめそするな」とか、「貰うものを貰っておいてまだわがままを言うか」とかいう声も強かった。

     別の本によれば、戦後二十年といえば、まだ帝国軍人の上官クラスも多く存命で、彼らに都合のいい、戦場での誉を称えるようなものしか出版できなかった時代とされている。そのような環境の中で、本書のような民衆の、それも戦争未亡人という忘れ去られやすい存在に着目し、丹念に聞き取りをした記録というのは大変貴重なのではないかと思われる。

     聞き書きという形であり、方言をそのまま収録している点も、その語り口や、静かな感情というものをよく伝えているように思う。

  • 教科書。
    戦争未亡人へのインタビュー集。「英霊の妻」という幻想の身分に縛られ、社会や彼女らがそれで身分を確保されている”否定されてはいけない「戦争」”というものから、彼女たちが舐めたであろう辛苦が行間から伝わる。

  • 昨日、散歩の途中で立ち寄った古本屋で買った。これは岩手の農村の、出征した夫を失った妻たち(戦争未亡人)の声をあつめた1964年の本で、私が買ったのは1982年の17刷。かなり読まれたものなのだと思う。どんな人たちが読んだのだろうなと思う。

    編者の2人はともに岩手の出身で、大牟羅は『戦没農民兵士の手紙』を編んだ人でもある。

    古本屋でぱらぱらと見ながら、これは前に読んだ『母たちの戦争体験』や、そこにも出てきた『石ころに語る母たち』につながる本やなあと思った。そして、これは『自分たちで生命をまもった村』の沢内村につながる話でもあるのだった。

    この本で自分の生きてきた道を語る妻たちの住む横川目村はかつて岩手の東和賀郡にあり、沢内村は西和賀郡にあったが、その後両郡は合併して和賀郡となっている。

    第一部「勲章の裏に刻む」は、この農村部落の9人の妻たち(その部落の未亡人の全員)の聞き書きをまとめたもの、第二部「叫ばずに来た二十年」は、他の地域で見聞きしたこともあわせ、戦争未亡人たちのかかえる問題を編者が記したものである。

    未亡人たちは、最初のうちこそ気の毒がられもし、援助もされているけれど、「注がれる監視の目」があって、暮らしていくのにちょっとした手助けを得るのがかなり難しかったり、念入りに気を遣わねばならなかったりして、孤立していたり、あるいは何を言われてもと割り切ろうとしていたり、ともかく、ただ普通に暮らしてゆくことが難しいというのが強く印象に残った。

    女なるがゆえの監視の目ではなく、未亡人なるがゆえに注がれる監視の目のために、うかつに男性と話そうものなら変な噂をたてられ、助けを求めればできているのではないかと言われ、では同性の女性ならいいかといえば、そちらは「夫を横取りされる心配」という警戒があったりすると書かれている。

    ひとり身の女に対してがぜん不躾になる男性の例は、『We』で「ミボージン日記」を書いている竹信さんの話にも出てきたし、女性からも「夜の生活はどうしてらっしゃるの」といった、はなはだ興味本位の問いを投げられたりする話を、シングルで子どもを育てている人から聞いたこともある。

    加えて、1952年に講和条約が成立してやっと入るようになった遺族年金は、未亡人たちの貧しすぎる暮らしを支えるものになったけれど、それも次第に「国からカネをもらっていながら」という目に変わりつつあると書かれる。

    「女がひとりで生きる」ことへの、この寄ってたかっていためつけるような眼差しやふるまいは、ずっとずっとあるんやなあと暗い気持ちになった。

    もう一つ、未亡人たちが、戦争を憎む言葉よりも、宿命や運という言葉で自分の身の上を語ることについて、そこに深い沈黙があるのではないかと編者が書いているところが印象深かった。

    当初、未亡人たちの話を聞きながら、なぜ戦争を憎まないのだろう、と編者は思ったという。だがそれは、第三者的な見方で、自分がもし当の未亡人だったとしたら、同じようにしか言えないのではないかという思いに変わる。

    ▼…こうした私の見方が当るとすれば、戦争そのものを批判しないのも、「あんな戦争さえなかったら」「なに、戦争しなくてもよかったのに」と考えてゆけば、結局夫の戦死も、しなくてもいい戦争で戦死したことになる。言葉を代えて言えば"犬死"したことになる。そんな惨めさには耐え得ないからではなかろうか、そんな気もします。

     こう考えると、戦争を批判しないのも、宿命として甘受しているかに見えるのも、決して批判がないのではなく、また、宿命として甘受しているのでもなく、ここにも深い沈黙が隠されているかに思えるのです。そしてこうした深い沈黙が残されておればおるほど、誰かに訴えずにはいられぬもの、いや、訴えるというより絶叫せずにおれぬような思いが、常に胸底深く存在しているのではないでしょうか。ひとり未亡人たちだけでなく、遺族のすべてに…。(pp.194-195)

    これを読み終えて、もういちど読んでみたいと『母たちの戦争体験』と、それから『石ころに語る母たち』を図書館でリクエストした。近所の図書館にないので、古い本やしどこかからの相貸になるだろう。

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