地の底の笑い話 (岩波新書)

著者 : 上野英信
  • 岩波書店 (2002年6月12日発売)
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  • レビュー :7
  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004150237

地の底の笑い話 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 『追われゆく坑夫たち』を読んでから本書を読んだ方がよかったかもしれない。
    (147ページ)「大多数の労働者にとってケツワリ(=逃亡・脱走 ※引用者注)は唯一の無言の抵抗と復讐の手段であったと同時に、もっとも日常的な感覚の次元における退職手続きであった。あるいは退職闘争と名づけてもよいだろう。」
    ブラック企業に翻弄されながらも、それと闘う手段を持つことが必要ということか。

  • 笑えない。

  • 私が読んだのは、図書館にあった1967年の初版。10年前に復刻されたらしい。上野英信というと『追われゆく坑夫たち』は知っていたが、この本は知らなかった。

    挿絵はすべて山本作兵衛さんの作品で、「筑豊の地底で生きてきた生粋の炭鉱労働者」である山本さんが、離職後にその炭鉱生活を克明に絵で記録したものが、章の扉をはじめ、数多く掲載されている。

    「地の底で働くひとびとの笑い話をともしびとして、日本の労働者の深い暗い意識の坑道をさぐってみたい」(p.iV)というのが、著者がこの仕事にこめた願望。坑内労働の合間に、おりにふれて老いた坑夫たちが語ってくれた「古い、なつかしい笑い話」を求めて著者はほうぼうの炭鉱を歩き、話をきいてまわった。そうした笑い話を拾い歩く中で感じたことを書きとめたのがこの本だという。

    ▼…今日も依然として、働く民衆がみずから名づけて「笑い話」と呼ぶ世界に生きており、生活と労働のもっとも重い真実をそこに託している…彼らはなぜそれほど重要なものを笑い話と名づけなければならなかったのか。彼らにとってそもそも笑い話とはなんであるのか。(p.iv)

    はしがきには、「わが国の石炭産業の労働者が、いわゆるエネルギー革命によってどのように壊滅的な打撃を受け、いかに悲惨な状態に追い込められているのかということについては、いまさら説明の必要もないだろう」(p.iv)とある。この本が出された1967年には、説明の必要もなかったことなのだろう。石炭から石油へというエネルギー革命からほぼ半世紀、なにが当たり前になり、なにが当たり前ではなくなったのかと考えてみるが、私にはわからないことが多い。

    前近代的な炭鉱の労務政策については凄惨な話も多いが、暗い救いのない話ばかりがすべてではない。たとえば「どれほど好条件の特別キリハをもちだされようと、頑として小頭の奸計にのろうとしない女たちがいたことを、おもしろおかしく、しかも力づよく、笑い話は私たちに伝えてくれる」。(p.78)

    あるいは、炭鉱からの逃亡・脱走をいう「ケツワリ」について、「ケツワリ遊びをいやがうえにも楽しいものとするために、それぞれ精いっぱいの知恵をしぼり、工夫をこらす。その姿がどんなものであったか、笑い話はいまなおユーモラスに私たちに語り伝えている」。(p.140)

    とりわけ離れ島の炭鉱からのケツワリ話が伝えるのは、知恵をはたらかせることの大切さである。
    ▼偶然はもはやここではけっして脱出の奇蹟を恵んでくれない。人を頼らず自力で、あくまでも絶望せず積極的に、しかも熟慮して創造的な方法で断行を、という経験者たちの教訓は意味深い。が、その三条件のうちでもとりわけ、知恵を働かせることの重要さを、かずかずのケツワリ話は教えてくれている。(p.160)

    離れ島の炭鉱で、坑夫の脱走防止には、島の住民たちに、強圧的に脱走坑夫の監視と逮捕の責任が求められた。かりにも坑夫に逃走の便宜を与えた場合には「直ニ地主ヨリ其地所ヲ引揚ゲ退去セシムル事」が確約され、「作物番人給扶助費」という大金を投じることによって。つながりを断つという労務政策である。

    ▼…たえまない脱走に手をやいていたことはたしかであるが、それをひそかに庇護し、脱出を援助する者も少なくはなかったのである。脱走防止の完全を計るためには、そうした結びつきを断ちきり、いやがうえにも一般島民と坑夫たちとの対立を激化させ尖鋭化させる以外に途はなく、それがまた最善の方法であった。(p.157)

    坑夫たちは、「ところで、これは笑い話ばってん…」と言い、「ところで、これは馬鹿話ばってん…」と言い、あるいは「夢の話は馬鹿がするというが、わしは馬鹿じゃけん、夢の話をしよう」と前置きをして、それぞれの体験を語った。

    ▼いずれにしても、笑い話であるかないかを決定しているものは、ここでは個々の話の形式や内容ではなく、その話の主人公や語り手の人生そのもの、労働者としての存在そのものの喜劇性である。坑夫と呼ばれる人間自身が、しょせん一片の笑い話以外のなにものでもないというリアリスチックな認識に支えられて、はじめて個々の話はいきいきと笑いの生命を獲得するのである。…特殊の例外を除いて、笑い話だけが独立し完結した形で語られることはけっしてない。いつもきまって長い苦難の身の上話の流れの中から顔をだし、やがてふたたびその黒いゆるやかな流れの底に沈んでいく。(p.22)

    この本には、そんな話がつまっていた。

    (11/18了)

  • 50年近く前の1967年に発行。石炭産業労働者、すなわち、炭鉱労働者を題材とした本です。
    鉱山で働いていた労働者たちの生活と労働が「笑い話」として綴られていますが、内容からすると、悲惨な体験を笑い話と名づけなければならなかった当時の過酷な労働環境は想像に絶します。
    炭鉱労働という題材を深堀することによって、人生における様々なテーマを考え直すきっかけにもなるような気がしました。
    序文で筆者は次のように語っています。「労働者にとって、労働とは何であるか、職場とは何であるのか、愛とは何であるのか、死とは、性とは、夫婦とは、仲間とは、いったい何であるのか、あらためて根本から考えなおさずにはいられなかった。」

  • [ 内容 ]
    ボタ山のふもとの納屋生活のあけくれ、また、一秒後の生命の保証もない坑内労働の合いま合いま、折にふれて老坑夫たちの語ってくれた、懐かしい笑い話。
    “幼い頃から筑豊炭田のあらあらしい脈動をききながら育ち、敗戦後はいくつかのヤマで働き、生涯を炭鉱労働者とともに生きたいと願ってきた”著者が生き生きと描き出す労働者像。

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