沖縄ノート (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 280
レビュー : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004150282

作品紹介・あらすじ

米軍の核兵器をふくむ前進基地として、朝鮮戦争からベトナム戦争にいたる持続した戦争の現場に、日本および日本人から放置されつづけてきた沖縄。そこで人びとが進めてきた苦渋にみちたたたかい。沖縄をくり返し訪れることによって、著者は、本土とは何か、日本人とは何かを見つめ、われわれにとっての戦後民主主義を根本的に問いなおす。

感想・レビュー・書評

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  • 本書はまさに沖縄返還直前の1970年〜71年に書かれたものであるから、現代にあてはめて考えるのは無理だと思うし、実際こういった解釈で世の中に対峙するのは逆に危険な訳だが、知っててばちの当たるもんでもないけど、知っていないとばちが当たるかもしれん。過去に対して何を言う権利も無く、ただ与えられる言葉を理解して考えるだけという地味な読書だが、何がしかの種は残る筈。印象的な挿絵カットは儀間比呂志氏版画集「沖縄」ほかより。丸みを帯びた輪郭ながら力強いタッチに迫力アリ。

  • 2007年に訴訟を受けた本である。中身としてはさほど難しくなく(大江なのでもちろん文章は非常に読みにくい)、沖縄をめぐる諸事情の動向より日本人とは何かを突き詰めたもの。本書はノートなので、あくまで導入だと考えられるだろう。

  • 1970年に書かれた堅い文体が肌に合わなくて、最後まで読み通すのが苦痛だった。
    戦後に生まれた人間であるため、当時の葛藤や苦痛は味わう事は出来ないのだと痛感した。

  • 1970年刊。つまりベトナム戦争真っ最中(沖縄内の核・生物兵器保管疑惑に加え、ベトナム爆撃の前線基地として戦争加担)な一方、72年本土復帰が射程に見えてきた時期。「何のために沖縄に行くのか、という僕…の内部の声と、きみは何のために沖縄に来るのか、という現地…の拒絶の声に引き裂かれつつ」沖縄を見続けた著者の思索記録。という意味で、叙述が右往左往する傾向と、様々な事件・人物を所与の前提として書く傾向は否めない。◇ただ、現場に立ち、良い意味で誠実であろうとする姿勢は看取出来る。◆佐藤優氏の著書の読破後に本書へ。
    ここから看取できる、2人に伏流する問題意識は、沖縄の文化的・史的独自性とこれに依拠する自立志向である。また、本土側の、対沖縄への異別意識や言動が、この自立傾向を助長しがちであるという点も似通っている。◇さらに言えば、早期降伏ができず、沖縄を本土の捨石・蜥蜴の尻尾切りに利用した結果、その地政学的意義とも相俟って、沖縄の米軍基地の常在化を招いたこと、これに対する本土側の認識不足もまた、先の志向を助長しかねない点も同様か。
    ◆一方で、政府(自民党、特に佐藤政権)批判はともかく、米軍・米政府への鋭い批判目線は、自主防衛派の如き。この点は立場の違いを超えたものを読みとらざるを得ない。◆加え(文学者の著者に求めるべきではないだろうが)、何の脈絡なく、日本の本土企業による沖縄からの経済的収奪を言う件があるが、この点はある程度のファクトとエビデンスが求められるんだろうなと感じた(著者の誤謬を疑っているわけではない)。

  •  大江健三郎が復帰直前の沖縄について書く。

     これは復帰直前の沖縄の怒りであり、その怒りにふれて日本人であることを見つめざるをえなくなった大江健三郎の怒りであると思う。
     復帰前の怒りであるが、今現在の沖縄の怒りにも共通している。2015年の今、この本を読むことの意味は大きく、重い。

  • 今となっては、ちょっと偏っているかなと思うが、太平洋戦争~日本国復帰に当時を過ごしたのであれば、そうであるのかなと思う。

    現在の日本政府の対応を見ると、沖縄独立運動は起こってもしょうがないかなと思ってしまう。

  • 沖縄を理解する上で一度は読んでおくべき一冊。

  • 復帰40周年記念読書。
    「沖縄」と「本土」の埋まることのない溝を認識しつつ、かつ自身が「本土」側に属していることを痛感しつつも、沖縄のふところに深く入り込んで、本土の人間なら見て見ぬふりをしたいであろう問題を真正面から見つめ続ける著者に脱帽。

    本書の中で大江は繰り返し問う、「日本人とは何か、このような日本人ではないところの日本人へと自分を変えることはできないか」と。
    沖縄(基地)関連のニュースが出るたびに、「傲慢だ、強欲だ、日本の癌だ」と沖縄を貶めたがる人たちがいる。あるいは積極的に罵倒こそしないが沖縄問題など自分には関係ないことだと思っている人たちがいる。彼らがすなわち大江の言う「このような日本人」である。

    集団自決裁判で問題とされた部分は最後の章にあるが、この記述を誹謗とするのは明らかに誤りであることがわかる(はじめに言っておくと、俺は教科書の「軍命」削除はやむなし、という立場)。
    本書全体を読めば、渡嘉敷島の守備隊長はあくまで「日本人」の象徴として取り上げられているのであることがわかるし、また、島民に自決を直接的に命令したかどうかは本書の文脈ではどうでもいいことだ。
    島民を救えず、結果的に自決に追い込んだ人間が、時間の経過とともに薄れゆくおのれの記憶を美化し、「英霊を弔う」などと称して島の慰霊祭に参加しようとするというメンタリティを大江は問題にしている(多くの元将兵たちが同様の思考様式を共有しているという推測付きで)。
    それを理解しようとせず、個人への誹謗と決めつけて裁判を起こした弁護団もまた「そのような日本人」であったということか。

    右も左も本土の人間が大江のように真っ向から沖縄のことを考えてくれる日が来なければ、沖縄問題は終わらない。日本に明るい未来はない。沖縄が顧みられず今後も平行線をたどるなら、独立の2文字が頭をもたげないでもない。

  • エッセイにしては難解。左の人の書いた文章という印象は受けるが、沖縄問題について考えるのにはよい本。

  • ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎の評論での代表作の一つ。
    沖縄ノートとひろしまノートは、それぞれノートという題をもらっているが、内容の方向性は違うかもしれない。

    時代を代表する作品であることと、大江健三郎の個人としての記録であることに違いはない。

    始まりは広島ノートと同じ様に個人が遭遇した事象から始めている。

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