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Amazon.co.jp ・本 (210ページ) / ISBN・EAN: 9784004150312
みんなの感想まとめ
異文化への深い洞察と、歴史的背景を交えた考察が魅力の一冊。著者は50年以上前にインドでの体験を通じて、アジアの相互理解の欠如や民族の概念について鋭く問いかけています。その視点は時代を超え、今なお色あせ...
感想・レビュー・書評
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小熊英二の『インド日記』を読んで感動した人は驚くとおもう。
あの名著には元ネタがあったのかと。
「アジアはお互いを知らない」「しかし西欧のことは知っている」という問題意識、同じ言葉でニュアンスが違うこと、それゆえの行き違い、<日本>からのまなざし、<日本>へのまなざしと・・。
インド日記で鮮やかに問題にされていたことは、堀田善衛が問うたことだった。
小熊英二の『インド日記』は本書の忠実なオマージュだったのだ。
50年前にここまで見つめ、考えていた人がいたという事実に、感動というよりもショックを受けた。
「国民」とか「民族」というものを現代よりも不用意に用いすぎているという違和感、「人間」なるものにそこまで普遍性があるのかという疑問、あえて挙げるならこの2点が気になった。
しかし、この本、50年以上前の本。
その視点はまったく色あせていない。
10年くらい前に書かれた本じゃないの?そういう疑問が、読み進めるうえでずーとつきまとった。
透徹しているという賛辞でもまだ足りない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
堀田善衛(1918~1998年)氏は、慶大文学部仏文科卒、小説家、評論家。芥川賞、大佛次郎賞、朝日賞、日本芸術院賞等を受賞。
本書は、著者が1956年11月~57年1月に、第1回アジア作家会議に出席するためにインドに滞在した際に、「インドというものにぶつかって私が感じ考え、また感じさせられ考えさせられたこと」を綴ったエッセイである。当該会議において、著者は事務局として、韓北屏氏(中国の作家)、劉慧琴嬢(韓氏の英語通訳)、パラグー氏(ビルマの仏教文学研究者)、ミール・シャカール氏(当時ソ連邦内のタジキスタンの詩人)、マリアム夫人(シャカール氏のロシア語・英語通訳)、アナンド氏(インドの代表的作家)の6人と1ヶ月に亘り寝食を共にしており、エッセイを一層奥深いものにしている。
上記の成り立ちから、書かれていることに明確な脈絡はないのだが、私なりに大きくまとめるなら、以下のようなことであろうか。
一つは、東はガンジス川から西はインダス川まで、南はコモリン岬から北はヒマラヤ山脈まで、インド亜大陸がいかに広大無辺で様々な気候・風土を持っているか、また、そこには17以上の言語が存在するように、皮膚の色・民族・言葉・カースト等により、いかに多様な人びとが住んでいるか、その一方で、日本がいかに均質な国であるかである。
二つ目は、日本から西アジアまでを含む広大なアジアが、(インドに代表されるように)いかに多様であるか、そして、その其々がいかにお互いのことを知らないか。更に、西洋によるアジアの植民地的支配が、アジアの独自の遺産の歴史化をいかに阻んできたか、また、そのために、アジアの人々が自分たちを、或いはお互いを、いかに西洋的な視点・価値観で見ているかである。
そして三点目は、近代日本の文明化は、着物を洋服に着替えることにより表面的に成し遂げたものに過ぎず、それは、「われわれが当然持ち得てよい筈の強烈な夢と理想を生むことを阻害し、それを内側から崩す作用をするであろうと思う。それはわれわれ自身の文化創造のエネルギーにもかかわることであるだろう。」ということである。
私はこれまでに、公私において多数の国を巡ってきたが、残念ながらインドを訪れる機会はなく、いつか行きたいと思っている。それは、藤原新也の『メメント・モリ』と『印度放浪』を読み、ガンジス河岸で死者が焼かれ、それが流されて行く写真を見て以来、(少々ありきたりの表現になるが)そこを訪れずして自分の人生観・死生観・世界観は定まらないと考えているからだ。
著者も、デリーに着いた翌日に、街頭にぼんやり立って次のように呟いている。「要するに「永遠」なんだ、これはまったく始末におえんわい。」と。
インド訪問が実現したときには、もう一度読んでみたいと思う。(インドはその時も本質的には変わっていないだろう)
(2023年1月了) -
2021年4冊目読了。
40年近く前に読んだ椎名誠の「わしもインドで考えた」に似ているタイトルだなあと思ったら、こちらが元祖だった。読点が多めの文章は、当時の流行りなのか。
インド滞在での経験から植民地時代や戦争、経済発展に切り込むハードな内容だが、「山羊の脳味噌」の章からインドの屋台飯を連想する自分は、つくづくYouTubeを見過ぎな気がする。
高岡生まれで親近感があるが、保守的な土地柄の生まれなためか、インドは肌に合わなかった様子。 -
新興国を存在させているのは過去ではなくて未来への希望、というのはとてもしっくりくる。
東に中華圏、西にアラビア圏、北にロシアに対するインドにおいて筆者はアジアの定義や存在について思いを馳せているが、果たしてインドをアジアとして捉えることは適切なのだろうか。筆者の言うように西欧への対比から無理矢理作られた括りなのでは。
人種(インドはインドヨーロッパ語族)、宗教(仏教の発祥とはいえヒンドゥが多数、東南アジアにはイスラムも)、社会体系(民主主義/社会主義など国ごとにバラバラ)を考えると、アジアというセグメントは地理的には簡単に分けられても地政学(地理+政治&歴史)的には細分化して捉えるべきと思う。
ともあれ、この色々なものが入り乱れているカオスとエネルギーを感じに、インドに行ってみたくなる。 -
2018年3月18日紹介されました!
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椎名誠さんの『インドでわしも考えた』は、この本をふまえての題名。椎名さんの方は読んでいないが、こちらは昔読んだ。ワタクシは、インド産のお香を買ってみたり、インド音楽を聞いてみたりしたが、インドにまでは行く事ができなかった。
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小説家のインド旅行記。
著者の率直な感想と観察。
インドの奥深い魅力、神秘さ、日本との異質さを感じる。
文章がおもしろく、疲れたときや気分を変えたいときなど、折に触れ、何度も読みたくなる作品。
岩波新書の中では、個人的には好みの書籍である。 -
1956年頃のインドを書いた本。英国の支配から脱し、今よりも更に荒涼としたインドの様子がありありと描かれていた
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インド旅行に行って感じたことをそのまま書いたものです。
なのでスラスラと読みやすかったです。
もう1950年代の本ですが書いてあったのは日本の英語教育はダメだと。
このようなシステムでは英語は学べないというようなことが書いてあってまぁもうその頃から言われてたんだと納得。
それに英会話でもthank you(ありがとう)と言っても変な顔をされたそうで理由はセンキューがsunk you(おまえを沈めるぞ)と聞こえることもあったそうで。
他にもI Love you(愛してる)もI rub you(私はあなたを揉んであげます)と聞こえることもあるそうで英語も今の教育ではなかなか上達するのは難しいのかなと思いながら読んでました。
他にもカースト制度や富裕層、言語や人種のことなど色々思ったことが書いてあります。
今の世界の公用語は英語が主ですがインドでは17種くらいあるそうでそれも左から書くものもあれば右から書くものもあって苦労しながら旅行した感想が書いてあって面白かったです。
それにしても英語はなんとかならないものかな。 -
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堀田善衛氏が日本の作家を代表し1956年にインドで行われた第1回アジア作家会議に参加した際に考えたことをまとめた本である。正直に言うと、本書を読むまでこの著者を知らなかったのだが、とても興味深く食い入るように読んだ。
著者は3か月ほど現地に滞在し、主にインド、そしてそれ以外のアジアの国々から参加していた作家や詩人などと交流し議論を交え、近代および(1950年代当時の)現代の日本について考察をしている。
戦後の混乱が続いていたと思われる当時の日本から、よくこの著者が代表として選ばれたものだ、と感心する。彼の所感は率直であり、謙虚であり、深く共感できるものであった。
1950年代のインドのあらゆる意味でのすごさが描かれている。地理的な条件から外国の影響を何千年と受け続け、混とんとしていて、それでいてというよりだからこそパワーを秘めている。気候条件も厳しい。文化的な面、生活面では、長く搾取し続けた英国のしてきたことを忘れてはならない。宗教、言葉、一部のインテリ層が何を考えていたのかが良く分かる一冊である。
そして、この経験により、知識人である著者自身はどういう影響を受けたのか。一文が長くて読みにくい部分もあるが、機会があれば是非手に取ってもらいたい。 -
1956年にインドのニューデリーで開催された第一回アジア作家会議に書記局員として出席した著者が、インド滞在中の思索をまとめたものです。
英国帝国主義による搾取の結果、貧困・飢餓に陥っているインドの状況から日本を含むアジア諸国の未来を考えます。
第二章のアジアがアジアをなんにも知らない、で書かれていることが非常に考えさせられたので簡単に要約します。
会議の一ヶ月前に準備のため5カ国(日本、中国、ビルマ、タジキスタン、インド)の作家・詩人7名(うち2名は英語とロシア語の通訳)が合宿をします。
一ヶ月もの間、寝食を共にしているのにも関わらず、それぞれの国の話題は出るものの文学の話題だけが一切出てきません。
というのも、お互いがお互いの文学についてなに一つ知らないからだというのです。
著者の堀田の例を取ると、中国の現代文学は少し知っている。
欧州の文学は中国のそれよりもより少し知っている。
これらを除くとアジアの文学をなに一つ知らないのだ。
私個人の話しをすると、アジア以外の海外作家の作品はいくつか読みましたが、アジアはおろか中国や韓国の文学もほぼ知りません。 -
近いはずなのに、欧米を通してでしか辿りつかないアジア。アジアの文学者で集まってみたら、共通言語がないため意思疎通ができなかった、という部分にハッとしました。ずいぶん前の本ですが、ここに書かれている問題意識や価値観は、今でも古びないです。
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1956年という戦後間もない頃にインドを訪れている。
日本の小説家代表としてアジア小説家会議に参加するためなので準国賓扱いではあるけれど、そこからでも見えるインドの貧困が生々しい。
氏の分析によれば1800年代まではインドは比較的裕福に自国内で産業を回して暮らしていたらしいが、イギリスが植民地化しほぼ全て搾取したためシステムが崩壊し困窮する人が大幅に増えたという。それが現在まで続いているというのだからイギリスの罪は重い。 -
堀田善衛 「インドで考えたこと」
インドの圧倒的な自然から人間を見つめ、日本の特殊性を見出し、歴史そのものを定義した本
命題は「旅が思考を運んで行く」だと思うが、全体を通じた主題は わからなかった。結語と途中の論考のつながりを見出せなかった
インドの圧倒的な自然の表現は良かった
*自然がどんなに過酷であるか〜自然が人間となれあっている日本島では想像できない。この自然に、人間が対抗するとなれば、宗教を含めた思想しかない
*濁った河が生命の源〜この河が一切の用をたしている〜この河で、身体を洗い、汚物を捨て、口をすすぐ
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1956年にインドで開催された「第一回アジア作家会議」に出席することになった著者が、そのときの体験を通して考えたさまざまなことがらをつづっているエッセイです。
とりあげられているテーマは、西洋とアジア、伝統と近代化、政治と文学など、多岐にわたっていますが、それらの問題をていねいに腑分けするのではなく、著者自身が「順序もなにもないたいへんに行儀のわるいもの」と述べるように、実地の体験にそくして低い目線からの考察が展開されています。
他国の人びととの対話や、インドの自然に触れることで、近代以降の日本文学があつかってきたテーマを相対化するような内容を期待していたのですが、どちらかといえば作家のアジア滞在記といった印象の内容で、文学そのものへの突っ込んだ考察がおこなわれているわけではありません。その点が多少期待はずれに感じてしまいました。 -
初の堀田善衛の本。間違いなく当時の一大インテリだったはずだが、その飾らない文章に驚いた。もしくはわざと混乱した文体を使ったのかもしれないが。
そして、このような国際的な取り組みにも参加していたこととは、知らなかった。
アジアは生きたい、と言って、西欧は、死にたくないと言っている。金言だと思う。 -
「海の向こうから日本はどう見えるのか」
所蔵情報
https://keiai-media.opac.jp/opac/Holding_list/detail?rgtn=074227 -
堀田善衛作品2冊目である。インドで、いろんな場面に出くわしたときの感じ方と考えが深い。そのうち、堀田善衛の小説にも挑戦してみよう。
池澤夏樹さん、宮崎駿さんらが堀田善衛作品をどう読んで、今の自分にどう影響したのかということを書いている新書が出たので、その新書をガイドにしながら、堀田善衛を何冊か読んでみようと思う。 -
20180322読了
1957年出版。1956年(昭和32年)の晩秋から1957年(昭和33年)の年初にかけて第1回アジア作家会議に出席するためインドに滞在した経験から考えたことをまとめた、著者曰く「行儀のわるい思想旅行、思考旅行、抽象旅行の記であるかもしれない」。●インドの人たちや、会議に出席するさまざまな国の人たちとの交流が記される。読んでいるとカルチャーショックのさまが生き生きと文面に立ちあがってくる。ただ、日本の作家、思想家はまだいいが、サルトルとかドストエフスキーとか海外の名前が出てくるとお手上げで、筆者の思索についていけなかった。勉強不足です。●P38抽象的第1日 ●P127山羊の脳味噌 食通ではなくグロテスクでなければなんでも食べるという筆者が降参したというこの時代のインドの食事(ホテルで出される西洋料理)はいったいどんなものだったのか…。そしてそれは今も変わらないのかな。イギリス人は2百年もインドを支配しておいてこんな不味い洋食しか残せなかったのかとまで嘆いていた。イギリスだしね・・・。
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