アメリカ感情旅行 (岩波新書)

著者 :
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004151005

感想・レビュー・書評

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  • とても面白かった。
    昭和時代の日本人の常識のようなものが海外生活と照らし合しながら比較しているのが面白かった。

    現在日本では当たり前となっていることも、海外で初めて目の当たりにする日本人の気持ち。

    当時、綿菓子が日本には存在しなかったのか、著者は「単体の機械で作る、蜘蛛の巣のようなふわふわした飴」と表現しているところが、良かった。

    綿菓子のことを特に意識したことはなかったので、確かに蜘蛛の巣みたいだなぁとちょっとした発見があった。

    この本では、基本的に黒人差別が書かれている。
    しかしその中で、黒人は白人に差別されているが、我々黄色人種は彼らの眼中にもない…という文があり、私がうすうす今まで感じていたことが書かれていた。

  • 安岡章太郎、すきだ。すごくすき。前に第三の新人たちの小説をいろいろと読んだときも、安岡章太郎はとりわけ好みだと感じたが、今回はじめてエッセイを読んでほんとうにすきになっちゃった。たとえば村上春樹や柴田元幸のもっているようなユーモアとバランス感覚と鋭い洞察力と寛容さ、そういうものを安岡章太郎も持っているとおもった。
    描かれるのは1962年のアメリカ。まず、現代の知識人が海外滞在の紀行文を書くとして行き先が英語圏であるならば、英語力の稚拙さに苦労するというはなしは出てこないだろうとおもった。つまり現代の英語の覇権をおもい、時代性を感じた。そして人種差別について。戦時下に青春を過ごしたこの世代の人間がアメリカに抱く感情は非常に複雑なはずだけれども、安岡章太郎の視点はとてもリベラル。ポリティカル・コレクトがどうとかではなく、自由闊達に、しかし人間味を失わないまま問題に切り込んで行く。62年といえば公民権運動の真っ最中だ。アメリカの人種差別問題への並々ならぬ関心に、黄色人種であり敗戦国の国民であるという視点が伺えるが、安岡章太郎は実際に自分の目で見たことを、感じたことを、ニュートラルに咀嚼している。ニュートラルといっても、指摘しておくべきは安岡の問題意識には被差別側として黒人に自らを投影する気持ちと、黒人と日本人はまったく異なるという至極当たり前の事実と、両方が入り混じっているのではないか、ということ。とくに白人化する黒人への違和感や、黒人自身による自発的隷属に直面したときの反応など、その後文化的植民地と化していく予感漂う時代に生きた安岡にとって切実なものだったんだろうなあ、とおもいます。あとは、何度も言うけれど彼の頭でっかちにならないそのバランス感覚。ひとを多面的に見る姿勢が、すごくいい。そしてそれはひとつの真理を掴み取っているようにおもえる。この本の最後のほうで、アメリカ人も我々とそう変わらない、と書いているが、あの世代が劣等感も敵愾心もないはずはない。そんな紀行文をハエを使ったたとえ話で締めくくる、感性。だいすきです。
    なんだかアメリカについての記述がそのまま現代日本について当てはまりそうなものが散見され、わたしたちの社会に影もなく忍び寄るアメリカを相対化していった第三の新人世代の文学というものが、いまのわたしたちのあり方を考えるうえで大変重要であると再認識した。今年のはじめに安岡が亡くなっていよいよ第三の新人は遠い過去になってしまった感があるが、読み継がれるべき作品群を残しているんだと声を大にして言いたい。

    あと、江藤淳の「成熟と喪失」をちょっと前に読んだので、安岡のアメリカに対して江藤淳のアメリカがいかなるものであったか、というのが気になった。確信を込めた予感としてわたしの考えは安岡よりだとおもうけど。比較してみたいなあ、と。

  •  「どくとるマンボウ航海記」の巻末解説でこの本のことを知りました。新書は手に入らなかったので、全集で読みました。
     半世紀前に、アメリカのしかも南部に留学することのすごさ。黒人ではないが、有色人種である作者が、ちょいちょい差別されながら生活し勉強していく様子が細かく書かれています。
     またアメリカの南部人気質と、その当時の共産主義に対する恐れの大きさに、大変興味を持ちました。

  • [ 内容 ]
    アメリカで黄色人種はどのような位置にいるのか――。
    一九六○年から翌年にかけて、南部と北部の境にあるテネシーの州都ナッシュヴィルとその周辺で半年間過した作家が、人種偏見、黒人差別などの問題をとりあげる。
    新しくて古い国アメリカの現実を柔軟な姿勢と独自の観点とからとらえた、日記スタイルの実感的アメリカ論。

    [ 目次 ]


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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 青F100

  • 2008/2/11購入

  • 「旅行者の見たハエについて」のくだりで、この本の最後の最後に
    「たとえば「中共にはハエが一ぴきもいない」といったことを、どのように受けとればいいのかということも、こんどの旅行で学んだような気がする。つまりそれは、その旅行者が中国でハエを一ぴきも見なかったということなのだが、そのような言葉を過不足なしに一つの知識として受けとることを、私はこんどの海外旅行ではじめて体得したように思うのである。」(P215〜)と語る。
    唯物論のようで唯物論でないような。
    旅のあれこれはマイノリティ観察記のようだが、結局、言いたいことは「旅行者の見たハエ」に結語している。

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著者プロフィール

安岡章太郎

一九二〇(大正九)年、高知市生まれ。慶應義塾大学在学中に入営、結核を患う。五三年「陰気な愉しみ」「悪い仲間」で芥川賞受賞。吉行淳之介、遠藤周作らとともに「第三の新人」と目された。六〇年『海辺の光景』で芸術選奨文部大臣賞・野間文芸賞、八二年『流離譚』で日本文学大賞、九一年「伯父の墓地」で川端康成文学賞を受賞。二〇一三(平成二十五)年没。

「2020年 『利根川・隅田川』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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