科学の方法 (岩波新書)

  • 岩波書店 (1958年6月17日発売)
4.10
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Amazon.co.jp ・本 (212ページ) / ISBN・EAN: 9784004160502

みんなの感想まとめ

科学の本質に迫るこの作品は、文系の読者でも理解しやすいように、科学とは何かを丁寧に解説しています。再現可能性や科学の限界、定量的と定性的なアプローチなど、さまざまなトピックスがわかりやすく紹介されてお...

感想・レビュー・書評

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  • 科学の方法
    著:中谷 宇吉郎
    岩波新書 青313 (G-50)

    本書が目指すものは、科学の方法論を説くのではなく、現代の自然科学の本質はどういうものであり、それがどういう方法を用いて、現在の姿に生長してきたかという点について考えて見ようとある。

    帯に、松岡正剛氏推薦に絶対名著とある。

    科学万能の思想から離れ、科学には限界があること、ひいては、現代ですら、分からないことだらけであることを語ってくれる

    気になったのは、以下です

    ・科学について、何かを論じようとする場合に、まず取り上げるべき問題は、科学の限界の問題である

    ・このまま、科学が進歩を続けていくと、近い将来、人間のあらゆる問題が科学によって解決されるだろうという錯覚に陥っている人がかなりあるように思える

    ・同じことをくり返せば、同じ結果ができるという確信がもてることが、再現可能という意味である

    ・多数の例について全般的にみる場合には、科学は非常に強力なものである。しかし、全体の中の個の問題、あるいわは予期されないことがただ1度起きたというような場合には、案外役に立たない

    ・真空とは、われわれが実際に住んでいるこの世界の空間から、空気を取り去った残りであって、空気がないという意味での真空で、何もないということとは違っている

    ・科学は自然の実態を探るとはいうものの、結局、広い意味での人間の利益に役立つように見た自然の姿が、すなわち、科学の見た自然の実態なのである

    ・測定には必ず誤差がともなっており、我々は自然のほんとうの値を知ることはできない

    ・自然界自身に、精度の限界があって、六桁の精度のところまでしか、科学は取り扱えないともいえよう

    ・エネルギーの量は、形が変わっても不変であることと、物質不明の法則との2つが、今までの物理学、科学全般の基礎であり、この基盤の上に、現代の科学がきずかれてきたのである

    ・自然科学を2つに大きく分類すると、物理学や科学のようないわゆる物質の科学と、動物学や植物学、医学のような生命現象を取り扱う、生命の科学との2つに分類することができる

    ・繰り返して言えば、科学の限界は、再現可能な問題に限られている

    ・1つ1つの要素について、いろいろ法則を調べ、各要素について、一通り知識が得られても、それを集めただけでは、全体の性質は分からない場合が多い

    ・現在の科学では、数学を離れては、物理学も化学も成り立たない

    ・雷の電気がなぜ発生するか、ということさえ、まだわかっていない

    ・氷の結晶構造すら、まだほんとうのことはわかっていない。さまざまな気圧下では、氷の結晶は7種類存在する

    ・人間の腸内にいる細菌について、それが、どういう働きをしているのか、ほとんどわかっていないのである

    ・科学の研究は、それがどういう性質なのかを十分によく知る必要がある。すなわち、定性的な研究が先行する

    ・次にその量的な事実を行うことが、定量的な研究である。さらに一歩進んだ研究といえる

    ・まったく新しい発見というものは、今日のように科学が専門化し、かつ発達した世界になっても、やはり、思いがけないところにあるものである。極端にいえば、偶然に発見されることが多い。

    ・今日ほど、科学が進歩しても、まだまだわれわれの知らないことが、この自然界には、たくさん隠されているということは、常に頭にいれておいてよいことである

    ・実験と理論は、車の両輪とよく言われるが、自然科学の正道は、実験と理論とが平行して進んでいくことにある

    ・学問の定義の中にはいるには、体系ができてはじめて、それが役にたつ。まず、知識を整理することである。そして、それらを1つの統合した知識に組み立てることである

    ・理論がその価値を発揮する場合、知識を整理することによって普通の人間の考え及ばないところまで、思考が深められ、そしてそれによって新しい知識が得られ、次の発展を促すという場合である

    目次



    一 科学の限界
    二 科学の本質
    三 測定の精度
    四 質量とエネルギー
    五 解ける問題と解けない問題
    六 物質の科学と生命の科学
    七 科学と数学
    八 定性的と定量的
    九 実験
    十 理論
    十一 科学における人間的要素
    十二 結び

    附録 茶碗の曲線

    ISBN:9784004160502
    。出版社:岩波書店
    。判型:新書
    。ページ数:212ページ
    。定価:880円(本体)
    1958年06月17日第1刷発行
    2021年03月10日第76刷改版発行

  • 【星:4.5】
    科学とはそもそも何なのか?文系人間の私がそんな疑問をもって手に取った。そして、その疑問にしっかりと答えてくれた1冊であった。

    科学とは何か?・再現可能性・科学の限界・定量的と定性的・科学と数学の関係、などなど色々なトピックスを分かりやすく説明している。

    なかなかの名著だと思う。

  • 今となっては例として挙げられているものに古いものもあったりするが,そんなことはまったく問題ではない.科学とは本質的にどのようなものか,中谷宇吉郎はあいかわらずとてもわかりやすく書きだしている.

  • 自然科学が自然と人間の協同作品であるという考え方が面白い。測定とは何か、誤差とは何か、理論や実験の意味とは何か、といった事柄を丁寧に説いてもらえます。読みづらい点があるとすれば、単位系が古かったりするぐらいです。それも本質的な問題ではありませんが、理系の大学生以外が読むと混乱の元になるかもしれません。注釈つけてくれないかな…。

  • 数学について以下のようなことが書いてあります。
    「数学は人間が考えたものだから人間が全然知らなかったことは出てこない。それでも数学はいわば人類の頭脳が作ったものであるため個人の限界を離れてこの頭脳で問題を考えることができる。」
    科学は人間が考えやすいように自然を捕らえた姿で、科学に用いられる数学も考えやすいように使っている、ということです。
    この主張は科学の限界を明快かつ分かりやすく伝えています。
    講義の速記を元に手を加えたとありますが、よって同じ話が何度も繰り返し登場します。それがうるさくなく効果的に用いられています。面白い本でした。

  • よくいわれる科学的実験法における限界が細かく書かれており、考え方の参考になります。

  • 中谷宇吉郎と言えば『雪』が有名だけど、もしかしたらそれ以上に面白いと思える科学論入門書。中谷さんは科学を人間と自然との共同作業だと考えており、自然科学といえども自然の全てを知るべき学問ではないとその限界をきちんと見定めた上で、解ける問題をいかに観測し、理論化していくかについて話を進めていく。中でも数学についてが興味深く、「数学は人類の共有資産であり、個人の頭脳では到達し得られない所まで人間の思考を導いてくれるもの」という視点は目から鱗だった。こんなにも科学を人間的に感じられた経験は、他にないと言っていい。

  • 科学分野が、現在までに、どのようなことを積み上げてきたのかを考察した新書。科学的な思考法を振り返り、基礎的なところを説明をしている。私には難しいものも含まれているが、平易な文章で読みやすかった。

  • 科学哲学の本。
    とても分かりやすく面白い。
    良書。

  • 低温物理学の専門家である中谷宇吉郎(1900-1962)が1958年に書いた科学基礎論である。基本的に科学は自然と人間の共作であり、科学的方法の基本は、分析と総合、因果律的思考、測定、恒存の概念であり、再現可能性を土台としている。再現可能な現象は安定しているが、この安定している性質のものには科学的思考を適用しやすい。自然界は極小と極大は、分かりやすいが中間の大きさの現象は分かりにくい。火星にいくことができても、一枚の紙がどこに落ちるのかということは予測不能である。地震の予測ができないことが最近話題になったが、地震学者が例にだした「鉛筆が折れる力」について、中谷宇吉郎がすでに言及しており、結晶の欠陥を例として詳しく論じられている。また、糸の長さは非常に量りにくく、張力、温度、湿度などに影響をうけ、さらに初期状態の湿度から湿らし、その後同じ湿度に戻しても、同じ長さにならないなど、歷史的要素もある。また、粒子の軌道をみるための「霧箱」が降雨のしくみを解明するものであった例などをあげ、定性的な研究が定量的な研究に劣るわけではないということを指摘している。また、科学にも人間的要素があるとして、1930年代の「金属線」とか「生物線」(ミトゲン線)など、現在は実在しない放射線がまじめに論じられていた例などを紹介している。氷のたわみや、雪の温度や超伝導など、著者の專門の話題も多い。有効数字や誤差など、基本的なことについても理解できる。

  • 「科学的である」とはどういうことか、についてのエッセイ。

    かなり古い本のため、現在分かっていることとどれくらい合っているのか
    分からないが、現代物理学の基礎になった重大な発見の周辺の
    エピソードは、有名な内容だが、何度読んでも面白い。

    本書の大まかなメッセージは、
    科学は再現可能であることが必要である、ということで、
    再現が難しい事象については適用しにくい。
    統計手法によって、全体としての再現性は得られたが、
    一つひとつの挙動については今の科学では解明できそうもない。
    だが過去にも科学者は制約の中でさまざまな発見をして
    知識を深めており、まだまだ未解明で残された領域についても
    少しずつ知識を深めていくに違いない。
    …という内容。

    エッセイなので、科学の方法について厳密に論証しているわけでもなく、
    また著者自身も特にこれだという考えがなさそうである。
    だがそれが逆に、自分でニュートラルに考えることができてよかった。

  • 科学を冷静に中立な立場から、考える。理系でない自分にも、科学の本質を見つめる機会になった!

  • 理科離れというものがある。
    実態は詳しく知らないが、うぃきによると

    理科離れ(りかばなれ)とは、理科に対する生徒・児童の興味・関心が低くなったり、授業における理解力が低下したり、日常生活において重要と思われる基礎的な科学的知識を持たない人々が増えていたりすると言われる一連の議論である。科学的思考力や計算力の低下により、特に高等教育において授業の内容を理解できない生徒が増え、専門的知識・技能を有する人材の育成が難しくなることが問題として指摘されている。
    一般的に科学技術が発展している国ほど市民の科学的思考力が低下しているとの指摘もある。これは科学技術が高度になり複雑化するにつれてブラックボックス化し理解しにくくなっているという側面もある。ただ、日本では、一般市民の科学リテラシーが先進諸国と比較しても極めて低いことが指摘されている。

    ということらしい。
    理科離れしても生きていける良い時代になった、というところが実態なような気もする(森博嗣風)。
    理科離れがあるとして、その主な原因としてというものを考えてみると、上記のような科学技術の高度化によるブラックボックス化と、科学について勉強したってもう良いことなんかない、という幻想の2つが主なものだろうか。科学の全盛期は過ぎた、あるいは自分が勉強しても追いつけないだろうという幻想である。
    この二つに対して「科学の方法」はこういう。

    p22 “科学が発見したものの実体もまた法則も、こういう意味では、人間と自然との共同作品である。”

    p158 “今日ほど科学が進歩しても、まだ我々の知らないことが、この自然界には、たくさん隠されているということは、常に頭に入れておいて良いことである。”

    p196 “しかし自然科学は、人間が自然の中から、現在の科学の方法によって、抜き出した自然像である。自然そのものは、もっと複雑でかつ深いものである。従って自然科学の将来は、まだまだ永久に発展していくべき性質のものであろう。”

    こういわれるとなんか元気でる。
    科学が人間と自然との共同作品と考えると、作品であれば俺でも作れそうなんて単純に思えてくる。
    まあ前半は主に科学の限界の話なので科学万歳ってわけでもないんだが。
    理科離れに嘆く人、理科離れしたっていいじゃんと開き直る人に読んでほしい一冊。



    目次

    1.科学の限界
    2.科学の本質
    3.測定の精度
    4.質量とエネルギー
    5.解ける問題と解けない問題
    6.物質の科学と生命の科学
    7.科学と数学
    8.定性的と定量的
    9.実験
    10.理論
    11.科学における人間的要素
    12.結び
    付録
    茶碗の曲線

  • 今から55年も前に出版されたとは思えない本です。

  • 科学について、素人にもとてもわかりやすく述べてくれている。
    どのような問題が科学で説明ができるのか、できないのか。
    どんなことも科学により解決されたと思いこまないためにも、科学の限界をよく知るうえで必読。
    身近な問題でも、科学で説明できないことはたくさんある。
    非常に良い本。

  • 分からないという事が、分かりました。

    この評価は、本が悪いのではなく、確実に私の学のなさが原因です。
    新書を読む力を身に着けたいものです。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/702331

  • 科学者でありエッセイの名手として知られる著者が、自然科学がどのような方法にもとついて進められているのか、またその限界はどこにあるのかといった問題について、わかりやすく解説している本です。

    われわれの常識にもなっている科学的世界像には、一般に知られていないさまざまな問題が含まれており、自然のなかにはわれわれ人間に知られていない多くのことがあるということを、測定や統計にまつわる具体的な例をあげて解説がなされています。

    著者は現在の科学の発展を「菌糸のような発達のしかた」というたとえで説明しています。「非常にうねうねしながら、無数に枝分れして、ずいぶん広い範囲にわたって伸びていっている。それである方向には、非常に深く入っている。それからまた枝分れも非常にたくさんあって、ありとあらゆる分野にまで、それぞれの知識が行きわたっている。しかしその間に、取り残された領域が、まだたくさんある。いわば線の形をとって進歩しているのであって、面積全体をおおう、すなわち自然界全体をおおうという形にはなっていないのである」。こうした卓抜な比喩を用いつつ、自然科学研究の現実のすがたをわかりやすく述べられており、おもしろく読むことができました。

  • 雪の結晶研究で北大生にはお馴染みの中谷宇吉郎によるエッセイ。「テレビ塔のてっぺん」の話が大好き。オススメ!

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著者プロフィール

1900–1962
石川県生まれ。
東京大学理学部を卒業し、理化学研究所で寺田寅彦の助手として勤務。
後に北海道大学教授を務め、雪と氷の研究で新境地を開く。
物理学者でありながら随筆家としても活躍。師と仰いだ寺田寅彦の想い出を綴った「寺田先生の追憶」をはじめ「日本人のこころ」「私の生まれた家」など作品は多数。

「2021年 『どんぐり』 で使われていた紹介文から引用しています。」

中谷宇吉郎の作品

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