科学の方法 (岩波新書 青版 313)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 36
  • Amazon.co.jp ・本 (212ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004160502

作品紹介・あらすじ

付録: 茶碗の曲線 204-212p

感想・レビュー・書評

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  • 今となっては例として挙げられているものに古いものもあったりするが,そんなことはまったく問題ではない.科学とは本質的にどのようなものか,中谷宇吉郎はあいかわらずとてもわかりやすく書きだしている.

  • 自然科学が自然と人間の協同作品であるという考え方が面白い。測定とは何か、誤差とは何か、理論や実験の意味とは何か、といった事柄を丁寧に説いてもらえます。読みづらい点があるとすれば、単位系が古かったりするぐらいです。それも本質的な問題ではありませんが、理系の大学生以外が読むと混乱の元になるかもしれません。注釈つけてくれないかな…。

  • 科学哲学の本。
    とても分かりやすく面白い。
    良書。

  • 数学について以下のようなことが書いてあります。
    「数学は人間が考えたものだから人間が全然知らなかったことは出てこない。それでも数学はいわば人類の頭脳が作ったものであるため個人の限界を離れてこの頭脳で問題を考えることができる。」
    科学は人間が考えやすいように自然を捕らえた姿で、科学に用いられる数学も考えやすいように使っている、ということです。
    この主張は科学の限界を明快かつ分かりやすく伝えています。
    講義の速記を元に手を加えたとありますが、よって同じ話が何度も繰り返し登場します。それがうるさくなく効果的に用いられています。面白い本でした。

  • よくいわれる科学的実験法における限界が細かく書かれており、考え方の参考になります。

  • 中谷宇吉郎と言えば『雪』が有名だけど、もしかしたらそれ以上に面白いと思える科学論入門書。中谷さんは科学を人間と自然との共同作業だと考えており、自然科学といえども自然の全てを知るべき学問ではないとその限界をきちんと見定めた上で、解ける問題をいかに観測し、理論化していくかについて話を進めていく。中でも数学についてが興味深く、「数学は人類の共有資産であり、個人の頭脳では到達し得られない所まで人間の思考を導いてくれるもの」という視点は目から鱗だった。こんなにも科学を人間的に感じられた経験は、他にないと言っていい。

  • 低温物理学の専門家である中谷宇吉郎(1900-1962)が1958年に書いた科学基礎論である。基本的に科学は自然と人間の共作であり、科学的方法の基本は、分析と総合、因果律的思考、測定、恒存の概念であり、再現可能性を土台としている。再現可能な現象は安定しているが、この安定している性質のものには科学的思考を適用しやすい。自然界は極小と極大は、分かりやすいが中間の大きさの現象は分かりにくい。火星にいくことができても、一枚の紙がどこに落ちるのかということは予測不能である。地震の予測ができないことが最近話題になったが、地震学者が例にだした「鉛筆が折れる力」について、中谷宇吉郎がすでに言及しており、結晶の欠陥を例として詳しく論じられている。また、糸の長さは非常に量りにくく、張力、温度、湿度などに影響をうけ、さらに初期状態の湿度から湿らし、その後同じ湿度に戻しても、同じ長さにならないなど、歷史的要素もある。また、粒子の軌道をみるための「霧箱」が降雨のしくみを解明するものであった例などをあげ、定性的な研究が定量的な研究に劣るわけではないということを指摘している。また、科学にも人間的要素があるとして、1930年代の「金属線」とか「生物線」(ミトゲン線)など、現在は実在しない放射線がまじめに論じられていた例などを紹介している。氷のたわみや、雪の温度や超伝導など、著者の專門の話題も多い。有効数字や誤差など、基本的なことについても理解できる。

  • 「科学的である」とはどういうことか、についてのエッセイ。

    かなり古い本のため、現在分かっていることとどれくらい合っているのか
    分からないが、現代物理学の基礎になった重大な発見の周辺の
    エピソードは、有名な内容だが、何度読んでも面白い。

    本書の大まかなメッセージは、
    科学は再現可能であることが必要である、ということで、
    再現が難しい事象については適用しにくい。
    統計手法によって、全体としての再現性は得られたが、
    一つひとつの挙動については今の科学では解明できそうもない。
    だが過去にも科学者は制約の中でさまざまな発見をして
    知識を深めており、まだまだ未解明で残された領域についても
    少しずつ知識を深めていくに違いない。
    …という内容。

    エッセイなので、科学の方法について厳密に論証しているわけでもなく、
    また著者自身も特にこれだという考えがなさそうである。
    だがそれが逆に、自分でニュートラルに考えることができてよかった。

  • 科学を冷静に中立な立場から、考える。理系でない自分にも、科学の本質を見つめる機会になった!

  • 理科離れというものがある。
    実態は詳しく知らないが、うぃきによると

    理科離れ(りかばなれ)とは、理科に対する生徒・児童の興味・関心が低くなったり、授業における理解力が低下したり、日常生活において重要と思われる基礎的な科学的知識を持たない人々が増えていたりすると言われる一連の議論である。科学的思考力や計算力の低下により、特に高等教育において授業の内容を理解できない生徒が増え、専門的知識・技能を有する人材の育成が難しくなることが問題として指摘されている。
    一般的に科学技術が発展している国ほど市民の科学的思考力が低下しているとの指摘もある。これは科学技術が高度になり複雑化するにつれてブラックボックス化し理解しにくくなっているという側面もある。ただ、日本では、一般市民の科学リテラシーが先進諸国と比較しても極めて低いことが指摘されている。

    ということらしい。
    理科離れしても生きていける良い時代になった、というところが実態なような気もする(森博嗣風)。
    理科離れがあるとして、その主な原因としてというものを考えてみると、上記のような科学技術の高度化によるブラックボックス化と、科学について勉強したってもう良いことなんかない、という幻想の2つが主なものだろうか。科学の全盛期は過ぎた、あるいは自分が勉強しても追いつけないだろうという幻想である。
    この二つに対して「科学の方法」はこういう。

    p22 “科学が発見したものの実体もまた法則も、こういう意味では、人間と自然との共同作品である。”

    p158 “今日ほど科学が進歩しても、まだ我々の知らないことが、この自然界には、たくさん隠されているということは、常に頭に入れておいて良いことである。”

    p196 “しかし自然科学は、人間が自然の中から、現在の科学の方法によって、抜き出した自然像である。自然そのものは、もっと複雑でかつ深いものである。従って自然科学の将来は、まだまだ永久に発展していくべき性質のものであろう。”

    こういわれるとなんか元気でる。
    科学が人間と自然との共同作品と考えると、作品であれば俺でも作れそうなんて単純に思えてくる。
    まあ前半は主に科学の限界の話なので科学万歳ってわけでもないんだが。
    理科離れに嘆く人、理科離れしたっていいじゃんと開き直る人に読んでほしい一冊。



    目次

    1.科学の限界
    2.科学の本質
    3.測定の精度
    4.質量とエネルギー
    5.解ける問題と解けない問題
    6.物質の科学と生命の科学
    7.科学と数学
    8.定性的と定量的
    9.実験
    10.理論
    11.科学における人間的要素
    12.結び
    付録
    茶碗の曲線

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プロフィール

1900年石川県生まれ。物理学者。東京帝国大学理学部で寺田寅彦に師事し、卒業後は理化学研究所で寺田の助手となる。北海道帝国大学教授、北海道大学教授を務め、1962年没。雪の結晶の研究や、人工雪の開発に成果を上げ、随筆家としても知られる。主な著書に『冬の華』『楡の花』『立春の卵』『雪』『科学の方法』ほか。生地の石川県加賀市に「中谷宇吉郎 雪の科学館」がある。

「2014年 『寺田寅彦 わが師の追想』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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