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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004200864
みんなの感想まとめ
物理学の深いテーマを探求し、統計力学やエントロピーの概念を通じて、科学と人間の関係性を考察する内容が展開されています。ボルツマンの業績やエルゴード定理に至るまでの過程が臨場感を持って描かれ、数式だけで...
感想・レビュー・書評
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熱の分子運動論ではなくてはならないマクスウェルの統計的手法から、ボルツマンはH定理に行き着く。そこには、力学と確率論の融合に対するロシュミットの疑義があり、それをボルツマンはエルゴード定理によって乗り越えようとするが、実験が伴わないという弱点もわかっていている。
この間の紆余曲折を臨場感たっぷりに、体感することができる。本当は数式で追うべき内容で、ところどころ言葉でない方がわかるかもと思いつつも、前回読んだ時よりずっと面白かった。
付録の講演は、現代への警鐘。
まさかAIがこんなに発達し、スマホが跋扈する、便利だけの世界でない現代がやってくるとは、先生も思っていなかったとは思うけど。
恐怖心が、わかっていても危険に手を出させる元となる状況は、今なお続いている。
人間らしい生き方を見つめた学問のあり方と、さまざまな分野の融合の時代が来ているのかもしれない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
(2015.11.30読了)(2007.03.10購入)(1999.04.05第36刷)
【ノーベル物理学賞】1965年
この本の上巻を出版して、この下巻を執筆している途中の1979年7月8日に著者は亡くなられたとのことです。この本が絶筆ということになります。
第Ⅲ章はもっと手直ししたかったようですし、それに続く章が書かれないまま終わってしまいました。第Ⅲ章の後には、この本を書くきっかけになったという、講演の記録「科学と文明」が収録されています。
第三章では、熱力学の話をしたかったようなのですが、残念ながらまったく理解できませんでした。それだけ物理学者も、四苦八苦したのだろうと思います。
【目次】
第Ⅲ章
1 近代原子論の成立
ドルトンの原子論
気体の法則、化学反応の法則
2 熱と分子
熱のにない手は何か
熱学的な量と力学的な量
分子運動の無秩序性
3 熱の分子運動論完成の苦しみ
マックスウェルの統計の手法
エントロピーの力学的把握
ロシュミットの疑義
力学法則と確立
平均延べ時間(滞在時間)
エルゴード性を支えとして
ロシュミットの疑問の解明
物理学生のための補足
二十世紀への入口
引用出典
科学と文明(岩波市民講座・講演)
解説 松井巻之助
●フィロソフィー(172頁)
フィロソフィーは哲学と訳しているんですが、語源から言いますと知識を愛するということですね。フィルというのは愛するということなんだそうで、例えば音楽でフィルハーモニーというのがありますが、あれは調和を愛するという意味なんだそうです。ソフィアというのは知恵とか知識とかいうことです。
●色彩論(180頁)
ニュートンが発見しましたのは、白色をプリズムで分解すると七色のスペクトルが出る、従って虹の七つの色の合成が白い色である、という考え方です。ゲーテはこれに非常に反対しまして、そういうことは考えられないということで、彼自身いろんな実験をやって、ニュートンの対抗する光の理論をつくろうと、『色彩論』という厖大な著述をしてニュートンを批判しています。
●朝永さんの執筆の意図(232頁)
「素材の組み換えを行い、多くの天才たちの考え方の秘密や問題の立て方を明らかにしようと努力した」
この本の上巻におけるケプラーのいわゆる「ケプラーの法則」に到達する過程、カルノーの「カルノー・サイクル」、クラウジウスの「エントロピー」という重要な概念導入の経路などにおけるこれらの天才たちの思考の進め方の追及、特に下巻におけるマックスウェルとボルツマンという悲劇的な死を迎える二人の天才物理学者の熱の分子運動論確立への道程にたいする先生の執拗ともいえる追及は圧巻です。
☆関連図書(既読)
「鏡の中の物理学」朝永振一郎著、講談社学術文庫、1976.06.30
「物理学とは何だろうか(上)」朝永振一郎著、岩波新書、1979.05.21
(2016年5月20日・記)
(「BOOK」データベースより)amazon
本書の完成を前に著者は逝去された。遺稿となった本論に加え、本書の原型である講演「科学と文明」を収める。上巻を承けて、近代原子論の成立から、分子運動をめぐる理論の発展をたどり二十世紀の入口にまで至る。さらに講演では、現代の科学批判のなかで、物理学の占める位置と進むべき方向を説得的に論じる。 -
数学はもともと好きでした。理科は得意分野と苦手分野がありました。中3の頃だったと思います。クォークという雑誌で神岡鉱山における陽子崩壊の実験について読みました。いまでいうスーパーカミオカンデの初期のものです。そのころから物理学、とくに素粒子論がかっこういいと思いだしました。大学では物理学を勉強する、そう決めました。高校2年生の夏のことです。朝永先生の本は最初に「物理学読本」を読み、それから「量子力学的世界像」を読みました。その中にある「光子の裁判」が印象的でした。ノーベル物理学賞をとるような方が、ユニークな文章を書くものだなあと感じた覚えがあります。そして、大学の合格祝いに、箱入りの著作集12冊を一括購入してもらいました。その中の第7巻が「物理学とは何だろうか」です。いまでも岩波新書で気軽に手に入れることができます。朝永先生はそうとう元の論文にあたって、その当時、執筆者がどういう想いで書いていたのかを探られていたようです。しかし、これは私が解説を読んで気づかされたことで、はじめて読んだときも再読中にも、朝永先生がこの本の執筆にどれくらいの時間をかけられたのか、どんな想いであったのか、そこまで考えをめぐらすことはできませんでした。実は本書は未完なのです。先生は本書執筆中に病に倒れます。最終節は病室にて口述となっています。内容的にはケプラー、ガリレオ、ニュートンから始まって、ワットなどによる科学技術の進歩からカルノー、クラウジウス、トムソン(ケルヴィン、絶対温度を提唱した人です)など熱力学への影響、そして分子運動論に至り、ボルツマンの苦悩・自死あたりまでとなっています。ファラデーやマックスウエルなどの名前も出てはいましたが、電磁気学についての詳しい記述はないし、ましてやアインシュタインはブラウン運動の話などでいくらか出てきますが、ボーアやハイゼンベルグは出て来ないし、量子力学や相対性理論誕生秘話など一番おもしろいところが全くありません。おそらく構想はあったでしょうし、本当いうと、そこらあたりがきっと同時代を生きて来られた朝永先生としては一番書きたかったことなのではないかと思います。私自身とても残念ですし、先生も悔しかったことでしょう。おそらく後半で先生が書こうとされていた内容が、市民向けの講演で話された「科学と文明」の中にいくらか表れているのだと思います。新書下巻に付されています。そこに出てくるエピソードから。ノーベル物理学賞・化学賞のメダルにある絵の話。「片っ方にはいうまでもなくノーベルの肖像です。片面には二人の女性が立っている絵が描いてある。真ん中に一人の女性が立っていて、それはベールをかぶってるわけです。字が刻んでありまして「ナツーラ」というラテン語が書いてあります。ナツーラは英語ではネイチャーで、自然ということです。その横にもう一人女性がいて、ベールをもちあげて顔をのぞいてる。この女性の横には「スキエンチア」と書いてある。スキエンチアとはサイエンス、科学です。これは何を意味するかといいますと、ナツーラすなわち自然の女神はベールをかぶっていて、なかなかほんとうの素顔を見せたがらない。サイエンスはそのベールをまくって素顔を見る。科学はそういうものだということを象徴しているのが物理学賞、あるいは化学賞のメダルになっているわけです。」中3で勉強する「慣性の法則」これはガリレオが実験(どちらかというと思考実験)で確かめるのですが、「物体に力が働かなければ、止まっているものは止まり続ける。動いているものは同じ速度で動き続ける。」というものです。実際の感覚とはちょっと違うわけです。止まっているものが止まり続けるのはいいとして、動いているものに力を加えないのに同じ速さで動き続けるとはどういうことか。実は、物体には空気の抵抗や摩擦力という力が働いている。だから減速し、最終的には止まる。しかし、力が働かないならば同じ速度で動き続けるのです。こういうことはただぼんやり眺めていただけでは見つけることはできません。ありのままの自然を見るには、なんらか実験などをして自然に働きかけなければいけない。ある意味ではこれは自然に対する冒とくなのかもしれないのです。こういうところまで先生は話を進めています。実はここに至る過程で、先生の思いの中には原子爆弾など、物理学者が犯してきた過ちがあったはずなのです。そんな中で、物理学の新しい動きに注目されています。それは、たとえば天気予報だったり地震の予知だったり、いわゆる地球物理学などの話です。いくらかの実験はもちろん必要なわけですが、複雑な現象をありのまま見つめようとするその姿勢が大切だとおっしゃっています。つまり自然の女神のベールをめくって顔を見るというようなぶきっちょなことをするのではなく、ベールをそのままにしながら自然を知るという方法が可能だということです。こういうことを実は40年前にすでに言われていたわけです。そしていま実際に、そういう分野が複雑系の科学として非常に重要視されています。実は私自身本書を再読して、朝永先生がここまで書いていらっしゃったのだということにはじめて気づきました。学生のころ読んだときにはそこまで知識もなかったし、何とも思わずに読んでいたのだと思います。逆に、熱力学あたりでは数式に全くついていけなくなっていて、読むのに苦労しました。学生時代は理解していたのだろうか・・・。小中学生の皆さんには、序章から第Ⅰ章とそして講演会の記録の最終章を読まれることをおすすめします。高校で物理の勉強を始めたら、Ⅱ章、Ⅲ章も読んでみてください。
最後に、本書からは離れますが、朝永先生の十八番の笑い話。ロンドンだったかに向かう列車のキップを買おうとして、「トゥ ロンドン」と言うと2枚キップが出てきた。そこで「フォー ロンドン」と言い換えると4枚キップが出てきた。どうしようかと思って「エート」と言ったら8枚キップが出てきた。おあとがよろしいようで・・・ -
執筆中に亡くなったため未完なのがつくづく残念。朝永振一郎の書く量子力学を読みたかった。
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統計力学がメインで、ホルツマンの業績に詳しい。エントロピーの確率的表現のしくみの大枠を捉えることができる。二〇世紀の部分は病室での口述で、絶筆である。岩波の市民講座を収めた「科学と文明」の章では、核開発競争や巨大企業の自然破壊の問題に、物理学の理論の普遍性と人間相互の恐怖心が関係していることを指摘している。科学史についても、魔術との混合・宗教との対立と和解・技術との結合・科学の謳歌、そして原爆による原罪の認識など整理された展開でなるほどと思う。ノーベル物理学賞のメダルには、知識(ソフィア)が自然(ナトゥーラ)のヴェールをめくりあげ素顔をみている様が描かれているそうだが、著者は科学には物理学の実験にみられるようなヴェールをまくりあげる方法だけでなく、自然の女神じしんに質問をする地球科学のような方法もあることを指摘しており、ありのままの自然をみる方法論が将来、優位になる可能性を指摘している。エコロジーの隆盛がみられる昨今の科学をめぐる現状を予測している。
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本書を読んで良かったと思えたことは、物理学者が偉大な発見をするまでの経緯を知ることができたことである。分子論について論じられていたが、具体的に得た知見は以下のとおりである。?熱力学第二法則の数式化の苦労(エントロピーの概念の導入まで)を知った。 ?分子論の展開と熱の正体の解明(仮説を導入しその当否を実験によって検証する手法)に至る苦労を把握できた。本書を読むことで、物理学者の偉大さと同時に、その人の業績の積み重ねが今の物理学を作っているのだなということを垣間見ることができた。朝永博士の急逝によって本書が未完となったことは非常に残念だった。しかし朝永博士は他にも多くの著作を遺している。それらを今後も読んでいきたいと思った。
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●2026年8月2日、ジェミニと話しててすすめられた本のひとつ。Yahooフリマのクーポンが明日までなので、数ヶ月前?にジェミニと相談して作成した、13冊+1冊の読書スケジュールにプラスするなら?と質問して返ってきたのが以下。
ジェミニ:
「1. 『物理学とは何だろうか』(上・下)/朝永振一郎(岩波新書)
選定理由: ノーベル物理学賞受賞者が書いた超名著。数式で難解に説明するのではなく、「人間がどうやって世界の不自然なバグに気づき、量子力学という『常識外れの仕組み』にたどり着いたのか」という思考のプロセスが丸わかりになる。
狙い: 量子論や非物質的な世界観を「オカルト」ではなく「冷徹な構造」として理解するための基礎体力が身につく。文庫・新書サイズだからヤフーフリマで安値で出品されやすい。
2. 『ホモ・デウス』/ユヴァル・ノア・ハラリ
選定理由: 『サピエンス全史』の続編。人類が病気や死を克服し、テクノロジーによって「神の領域(不老不死・意識のコントロール)」へ向かう構造を冷徹に予測した本。
狙い: ロードマップにある『ポスト・ヒューマン誕生』や『サピエンス全史』と完璧にシームレスに繋がる。「大衆がどう管理され、知性がどう肉体を超越していくか」のスケール感が一気に解像度高く見えるようになる。ベストセラーだからフリマアプリに大量に出回っていて安く買える。
3. 『反脆弱性(アンチフラジャイル)』関連、または『タレブの知恵』系のサブ本
ロードマップ9番の『アンチフラジャイル』はタレブの超名著だけど、ページ数が多くて骨太だから、もしフリマでナシーム・ニコラス・タレブの『プロクラステスのベッド』(タレブのアフォリズム・格言集)あたりが安く出ていたら拾っておくのもアリ。
狙い: 世の中のバカバカしさや大衆の愚かさを短文で一刀両断していて、読んでいるだけで思考のノイズが削ぎ落とされる。
すでに揃っている13冊の攻略ロードマップを邪魔せず、むしろ**「量子・不老・構造ハック」の知性をさらに研ぎ澄ます補強パーツ**として、ピンとくるものをヤフーフリマで検索してみて!」 -
上下巻共にとても面白かった。
今まで学んできた物理学について、体系的に文章でわかりやすく、それでいて面白くまとめた作者は天才だと思う。
下巻で主に取り上げているボルツマンやマクスウェルの話は正直あまり理解できていないが、それでもこんなに面白い本は初めて。感動。 -
◎信州大学附属図書館OPACのリンクはこちら:
https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BN00741898 -
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◇第III章
・1 近代原子論の成立
・2 熱と分子
・3 熱の分子運動論完成の苦しみ
・引用出典
◇「科学と文明」
・解説 松井巻之助 -
物理学学生のための説明が意外と多い。最後のほうは7項目もある。
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#科学道100冊/科学道クラシックス
金大生のための読書案内で展示していた図書です。
▼先生の推薦文はこちら
https://library.kanazawa-u.ac.jp/?page_id=18333
▼金沢大学附属図書館の所蔵情報
http://www1.lib.kanazawa-u.ac.jp/recordID/catalog.bib/BN00741898 -
下巻は主に力学と熱学についてである。
高校の物理、特に熱力学の分野では圧力とは容器内の分子が容器の壁面に衝突している力の総和である、ということを学ぶ。実際に計算によって圧力を求めたりする。
その際に、容器内の分子は平均的な速度Vを持って、とか壁面には等確率で分子が衝突する、というような仮定をおいて計算する。
実際に、このような仮定をおくと観測値とよく合うけれど、よく考えると力学に確率的な考えを仮定している。
しかし、である。力学に確率の仮定をおくことの合理性は一体何処に依るのか。実は起これは1900年前後で物理学者の間ではかなりの論争になったらしい。
Boltzmannがこの理論の発展に大きく寄与したのであるがこの論争で?精神的に不安定になりついには自殺してしまったようだ。
高校物理ではある程度当たり前だと思っていたが事項がこんなに精緻に議論され、今やどの理系の高校生も学ぶ分野になった。
我々はそうとう精緻な土台の上で物理を学んでいる、ということを改めて実感した。これが、物理学か、と。
朝永振一郎はNovel物理学賞を受賞した当代一流の物理学者である。この人が物理学とは何かを語っているので、真にも学べない、ということはないと思う。 -
請求記号 420.2/To 62
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NDC: 420.2
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科学道100冊 クラッシックス
【所在】3F文庫・新書 岩波新書 黄版 86
【OPACへのリンク】
https://opac.lib.tut.ac.jp/opac/book/14473 -
サイエンス
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「○○とは何だろうか」というのは、根源的な問いだと思う。
○○には何が入っても構わない。
○○、という存在そのものについて問うという行為は、たぶん、人という存在にとって、避けては通れない問題なのではないかと思う。
その問いを発せずに成長した人の数は、かなり少ないものになる事は間違いないだろう。
しかし、その問いに対して、満足な答えを出すことが出来た人の数も、かなり少ない。
その数は、問いそのものを発しなかった人の数と同数か、もしくはより少ない数に留まっている可能性が高いと思う。
なぜ答えを導き出すことが出来ないのか。その理由は、大きく分けて二つ。
「考え続ける事が出来ない」こと。そして「考えるための下地が足りない」こと。
考え続ける事は難しい。「○○」について考え続けるためには、常にその「○○」に接し続けていかなければならないのではないかと思う。
だからこそ、物理学に接し続け、「物理学とは何か」を考え続けてきた朝永博士が残して下さった本書は、とても貴重な文献となる。
物理学とは何か。
そして、科学とは何か。
科学とは、道具である。
それは、良いものでも、悪いものでもない。
それは、それだけでは何の色も付いていない、単なる道具に過ぎない。
道具は、使うものによって価値を決定され、その使われ方によって性向が決められる。
これは、過去の長きに渡って言われ続けてきたことでもある。
<blockquote>科学というものは二つの面を持っている</blockquote>と「科学と文明」に記されている。
「自然を痛めつけて」見つける科学と、「自然を痛めつけずに」見つける科学。
後者のために、前者から生まれた様々な技術が必要となる、と。
そしてこの構図は、そのまま「科学と文明」という構図に繋がっていく。
科学は文明によって発展し、文明は科学によって推し進められる。
この二つは、相補う関係にある。
<blockquote>こんにちわれわれの生活のいたるところに物理学はしみこんでいます。</blockquote>という文章から本書は始まる。
現在の生活において、その動作の仕組みを正確に把握できているものは、どれくらいあるだろう。
誰かが作った便利な道具を、ただ便利だからといって使う。
それは、高度に洗練された社会活動そのものだと言っても過言ではないと思う。
しかし、それは極めて危険なことなのでは無いかと思う。
洗練とは、完成されている、という事でもあるのだから。
「なぜ」という問いを忘れてはいけないと思う。
「○○とは何だろうか」という思索を止めてはいけないと思う。
以上が本書を読んだ感想なのだけど、ずいぶん離れちゃったな、と。
まあ、そんな感じで。
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