神の民俗誌 (岩波新書)

著者 : 宮田登
  • 岩波書店 (1979年9月20日発売)
3.44
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  • レビュー :7
  • Amazon.co.jp ・本 (194ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004200970

作品紹介

人の一生の折り目や自然とのかかわりの中で出会う種々の災厄に対応して、さまざまな神仏が生みだされる。産神、山の神信仰、厄払いのお詣り、さらには合格や商売繁昌の祈願、道祖神の祭り等々。日本人の日常生活の中で生きつづけてきた民俗信仰の多様な姿を描き、そこに表われてくる伝統的な宗教意識を探った民衆精神史の試み。

神の民俗誌 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • これは本書の後書きにも書かれているが、
    いまだまとまり切ってないまま研究ノートを提示されたような本だ。

    とは言っても、新書ならそういうことがむしろ挑戦として許されるのだから
    向いてる方向さえ意識できていれば問題はなかろう。

    そして、この本はケガレと血/出産の関係性、
    ハレとケ、ケガレ、この関係性の揺らぎを見つめようとしている。

    まず、ケがあり、ケガレという
    危険な状態を経てハレによってケに戻す。
    そんなサイクルが示唆されている(p.97)

    そうであるならば、ハレとケは対立概念ではなくて、
    ケとケガレの二択の状態説明があってそこに介入する要素としてのハレということになるし、
    サイクルとしてハレが定期的に用意されるのはケガレが
    遠ざけたいが避けられない出来事であることを示しているだろう。

    女性蔑視に結びついたと批難されることの多いケガレの概念だが
    少なくとも始まりは差別のために編み出されたのではないと思う。
    >>
    気は生命を持続させるエネルギーのようなものだろう。その気がとまったり、絶えたりすることも、「穢れ」だった。そしてこれは死穢に代表されるものであり、不浄だとか、汚らしいという感覚はそこにはないのである。(p.99)
    <<

    (大事なのは差別のために考えられた訳でないものが、
    差別につながることがあるということを直視するほうだろう。
    しかしこれはこの本から離れすぎている。)

    この後、山の民と平地の民の交流からどのような相互作用があったかなどの
    記述もなかなかに興味深い。
    それらをキャッチボールする中で女性の立ち位置が
    不自由なところに押し込められているようにも見えるが、
    さて、その辺は後に続く研究家もそのうち出るかな。

    研究としてのまとまりは弱いけれど
    伝承と人々の風俗にしっかり寄り添う姿勢は最後まで貫けていると思います。

  • 日本の神々について簡潔にまとめた書。とはいえ民俗学者である筆者が本書でとりあげるのは記紀に記されているような由緒正しい神でもなければ、大神社に祀られる高名な神でもない。来歴もよく分からない、霊力の大きくないような小さき神である。
    とはいえ、その数は膨大でありすべてを網羅的に体系だてて紹介することなど無謀であるので、本書は日本人の人生の節目ごとにまとめてある。すなわち、出産の際のウブ神から始まり、ウブ神と山の神の関連を指摘しケガレの説明から厄年へと論は進み、男女和合の神を語ることで結びとなる。それぞれの話題ごとに日本各地の例やさまざまな資料を紹介しており、いずれも興味深い。
    もっとも共感できた点は、著者の神への態度だ。「はじめに」や「おわりに」にはっきりと書いてあるが、著者の考えでは日本人の神観念として、神は人間の側がつくったという意識があるように思う。神の本質なぞは祈る側の求めに応じてその都度いかようにでも変わる。乱暴にいえばどうでもいいことだ。
    信心深い人には不遜と思われるだろうか。だが「はじめに」にも初めは地域の守護神だった狐がいまや航空安全まで引き受けるようになった羽田稲荷の例が紹介されている。やはり神は人のためにある。そういう肌感覚こそ日本人の民俗意識ではないだろうか。

  • ほぼ30年ぶりに再読。

    覚えてないもんだな〜。

    「古語拾遺」、本居宣長「古事記伝」を初めて知ったのは、この本だったかも。

  • [ 内容 ]
    人の一生の折り目や自然とのかかわりの中で出会う種々の災厄に対応して、さまざまな神仏が生みだされる。
    産神、山の神信仰、厄払いのお詣り、さらには合格や商売繁昌の祈願、道祖神の祭り等々。
    日本人の日常生活の中で生きつづけてきた民俗信仰の多様な姿を描き、そこに表われてくる伝統的な宗教意識を探った民衆精神史の試み。

    [ 目次 ]
    1 誕生の民俗―出産とウブ神
    2 山の神―女の力
    3 ハレとケ、ケガレ―日本人の「穢れ」観
    4 神々と厄年
    5 シラヤマ神―死と再生
    6 和合の神―ケの維持のために

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
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    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 特に新しいことは書いていなかったが、今までの説をまとめた感じ。内容は割と幅が広い。柳田の引用が多い。

  • 記録だけ  



    2009年度 13冊目  



       『神の民俗誌』



      

     宮田 登 著

     株 岩波書店

     岩波新書 黄版97

     1979年9月20日

     193ページ 320円



     今回も私の好きな宮田 登 著の『神の民俗誌』を楽しむ。

     やはり興味深い。

     

     宮田 登氏の話の中に度々出てくる「木花開耶姫(このはなさくやひめ)」の話は、好きだ。

     これは『日本書紀』巻二に記されている。



    「箒の神」は、はき出すとか 掃き寄せるとか。

     これはケガレとハレに関するのだろう。

     箒の丸く絞った形も、いかにも心霊が宿りそうで、こういったものを神に見立てる日本人の知恵には驚きと同時に、納得もする。

     こういった形は妊婦や出産にも見立てられている。

     妊娠中トイレを掃除するといい子が生まれるといった言い伝えは、こういったところから来ているとのこと。

     納得。



    『江談抄』や『諸社通用神祇服忌大成(じんぎぶっきれい)』http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/wa03/wa03_06343/index.htmlの例は興味深い。

    『諸社通用神祇服忌大成』での 「魚鳥、大社無レ憚 (魚鳥、大社にて はばかり無し) 」は、わた其の場合は 大神神社(三輪神社)の神餞(しんせん)である つるされた鯛と雉を思い浮かべる。



    『仏説目連正教血盆教』の、「血の池地獄」

     そうだったんだと変に納得。



     鍛冶屋の話は以前読みかけたままになっている柳田國男氏の『一つ目小僧』に関連性があるのだろうか・・・。

     職人の技術が呪術者としての役割も含むといった説もこの本には記され、全体を通して、非常に興味深く読んだ。

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